その171.君だけのヒーローになりたくて
「……君は言ったよね」
覚えてるかな。
「……」
俯いてなにも言わない縁。
僕は続ける。
「僕が『逃げた』ことが何か教えて欲しいって」
縁が始めて僕の家に来て、騒いでいた事だ。
今思うと懐かしい出来事。
君は、前の彼氏から『逃げてきた』事が自分の逃げなんだと言っていた。
それにどんな理由があるかなんて知らない。
……それ以外に逃げた事が無い、と君は言ったよね。
だったら今回は『2度目』だ。
君は自分が貫き通す正義の信念を『逃げ』に使ったのが許せないで居るんだ。
だから正義を侮蔑する、自分を侮蔑する。
君はたったの2度目の『逃げ』で、そこまで弱くなるのかよ。
ならば僕はどうだ。
『逃げ』続けた男は、どうなる。
……僕の逃げはね。
「……僕の本名は朝倉 坪侍って言うんだ」
まだ俯いている縁に、僕は淡々と続ける。
名前を伏せて暫く、人に名乗ったのはこれが初めてだ。
「僕はね、自分の苗字が嫌いだ、嫌いだからずっと隠してた。 死んだ家族と向き合うのが怖かった」
そこで区切りをつけて、一呼吸空けてから、続ける。
「でもね、それが間違いであるのを教えたのは君だ」
正義を誇示する大馬鹿女。
「誰も見ない正義を繰り返している君を見ていて、僕が求めていた者が解った……君みたいな、正義の味方をずっと待っていたんだ」
小さな頃は正義に憧れた。
君の様な正義の味方が駆けつけてくれるのを待っていた。
待っているだけで、来る事を願うなんて。
自らが動かない只の我侭に過ぎない。
もう一度、
手をさし伸ばす
あの日、病院で彼女が僕にした様に。
「正義を教えてくれると君は言った、僕は……その手を取らなかった、だけど、今度は君の手を取りたい」
まだ俯く君に、僕は声を張り上げる。
「正義を教えてくれるんだろ? ヒーロー!」
「あたしは……ヒーローなんかじゃ……」
やっと喋った。
「君が何と言おうと、僕のヒーローは変わらない」
「わた、しは……」
縁はそこで口を噤んでしまう。
まだ、君は。
それでも正義を否定するか。
自分の信念を、見捨てるか。
たった一度の失敗で堕落する程に、君の信念は弱いのか。
縁は、それでも顔を挙げなかった。
……僕は小さく溜息を付いてみせる。
別に呆れたわけじゃない。
子供みたいだな、って思っただけだ。
縁は、傷付いた僕よりも正義に走った自分が許せないでいる。
そんなの気にしないのに。
律儀な子だ。
「怒ってないよ」
優しく、そう言った。
縁は顔を挙げた。
驚いた表情で大きな瞳が僕を見つめる。
まるで見透かされた事に戸惑っている様に。
「手を取れ、縁」
ヒーローに憧れた大馬鹿女、だけどね、僕はその大馬鹿女に憧れた大馬鹿野郎なんだ。
君がいなきゃ、始まらない。
僕の手と、僕の顔を恐る恐る見た後、ゆっくりと僕の手に向けて、手を伸ばす。
僕の手に触るか触らないかで手は止まる。
まるで、触ったら壊れてしまう幻想だと思ったかの様に。
……僕は壊れない。
絶対に君を一人にしない。
縁の手は、震えていた。
前に決めたはずだ。
君が躊躇したら、無理矢理取ってやるってな。
僕は躊躇っている縁の手を掴むと思いっきり引っ張った。
驚いたか細い声を挙げながら、縁の体は簡単に持ち上がった。
やはり、馬鹿力が在っても女の子には変わらない様だ。
勢い余ってそのまま縁を抱き締める形になってしまった。
ここまでするつもりは無かったのだが……。
まぁいいや。
両腕で思いっきり抱き締めた。
ドクン、ドクン、ドクン。
心臓の跳ねる音が伝わる。
これは僕の音かな。
それとも、縁の音かな。
……どっちでもいいや。
更にぎゅっと強く抱き締めた。
銀行でやられた右腕が痛いが、そんなの気にしない。
「縁」
名前を呼ぶと、鼓動がより大きくなった気がした。
僕の腕の中で、抵抗せずに縮こまる縁は、ビクッと体を揺らした。
……何か、妙に熱い様な気がするけど……これも僕かも知れない。
「頑張ったね」
ただ、一言。
耳元でそう囁いた。
その一言に、色々な意味を込めた。
全部伝われば、それでも良い、たった一つだけ伝わっていても、それだけでも良い。
「う……うぇぇ〜……」
縁が再び泣き出してしまった。
案外、泣き虫なんだね。
服に暖かい雫が染みる。
……泣けば良い。
好きなだけ泣けば良い。
誰にも胸を貸さなかった君だ。
僕が全てを受け止めてやる。
僕が君の支えになる。
沢山の人を助けてきた君だけど、じゃあ君は誰が助けるんだ?
君のヒーローが誰もいないなら、誰も君を助けるものがいないなら。
僕が君を助ける。
僕は君みたいに沢山の人を助けようとはしない。
僕は君『だけ』を助ける。
君は正義を貫け、それが自分の運命だと思うなら。
またイヤになったら、泣きにおいで。
空を見上げた。
雨は去り、チラホラと雪が降り出していた。
君に会ったのも、こんな雪の日だった。
……あ、駄目だ。
目が霞んで来た。
間空きましたすいまっせんーん(−−;)
そして今回、何度やり直しても内容を上手くまとめられなくて……(汗
へーじの気持ち、理解していただけただろうか?
全てひっくるめて短縮すると、タイトルの一言のみでございます。
今回のやり直し数8回
今回ぶっちゃけ途中で力尽きましたw
サーセンorz