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その165 思いを乗せていないから軽い拳、思いは、重いになって

 暗い路地内。

 賑やかな町の光が薄く差し込む以外に、この暗闇を光が照らす事は無い。

 町の賑やかさとは裏腹に闇が立ち込める世界には、固い物を打ち付ける音のみが響き渡っていた。





 振りかぶった拳を容赦無く、兄であるこの男に叩き付ける。

 何も怪我をしていない筈のアタシの顔は、苦痛に歪んでいた。


 その苦痛は、どちらかと云えば怯えている様に見えていたかもしれない。


 手応えのある感触と共に、兄が後方へ飛ぶ。

 しかし、途中で足を踏ん張らせ、倒れる事はしなかった。


 それを見てアタシの表情は更に歪む。


 殴り続けてどれくらいになるだろうか。

 兄は決して攻撃をする事は無かった。

 攻撃をして来ないからといって容赦をする気は無かったし、先程のガラの悪い男達と同じ様に眠らせてしまうつもりだった。

 しかし、何度殴りつけても倒れる事をしなかった。



 手応えは確実に在った。

 なのに、この男は倒れない。

 次第に、怒りよりも恐怖が上回ったのだ。

 

 何故倒れない!?


 渾身を込めた私の拳は、何人もの意識を断ち切ってきた。


 それを、何発も食らっているのに、何故……!?


 兄の目蓋は腫れあがり、自らの目を殆ど隠す程に腫れていた。

 それを見て、確かに自分の拳がダメージを与えている事が解る。

 なのに。


 薄っすらと見える目からは、消える事の無い堂々とした光が宿っていた。


 兄が、前に一歩足を出す。


 アタシはそれに合わせるかのように無意識に足を下げていた。


 足を下げた事に気づくと、慌てて下げた足を元の前に出そうとする。

 しかし、アタシの足は言う事を聞いてくれず、それ所か震えてさえいた。


 な、何でこんな奴に……!


 今迄に兄に負けた事なんて無い。

 足が震える様な相手じゃない! 既に見た目は倒れてもおかしくないじゃない……!

 なのに、何で震えるの!?


 歯を食い縛る私を他所に、兄は再び一歩前進してきた。

 私の意志とは関係無く足は再び後ろに下がろうとする。


「な、何で倒れないのよ!!」

 慌てて声を張り上げていた。

 近付いて欲しくないからという理由から、焦って出た言葉は心の底からの疑問だった。


 アタシの願いが届いたのか、足を止めた。

 変わりに眉を顰めると、口を開く。


「……こんな軽いパンチが効くわけねーだろーが」


 ……は?

 一瞬、兄が何を言ったのか理解できなかった。


 それは以外な理由だったから。

 倒れないのは、兄に何かがあるのだと思っていた。

 だがそうでは無く、アタシの拳が?


 言うに事欠いてアタシの拳が……。


 ……軽い?

 アタシの拳が軽い!?


 これまでに、沢山の人数をこの拳が打ちのめしてきた。

 自惚れるつもりは無いが、決してこの拳が軽いとは思えなかった。

 思わず自分の握り締めた拳を見てしまった。

 

 そこで気づく。


 自分の拳が、血で真っ赤になっている事に。


 ゾッと寒気が走った。

 自らが作り上げた筈の血の拳から目を逸らす。

 


「逸らすなよ」


 兄の鋭い言葉に顔を挙げた。

 私の顔は、きっと苦痛に歪んでいる。


「ソレが、今のお前の拳だ」

 聞きたくも無い言葉が兄から放たれる。

 まるで今の自分を見てみろ、と、言われているように聞こえた。


「まだ……正義を語ってる時の方が痛かったぜ」

 吐き捨てる様に兄は言う。

 兄の言い方が妙な事には直ぐに気づく。

 その言葉に大して反論しようと口を開く。

 しかし、強気で言う事が出来ず、知らず知らずに声が震えてしまう。


「ア、アタシは今も正義の為に戦ってる……!」

 そうだ、正義の為だ、正義の為、正義の為に仕方無く……。


 心の中で、自分に言い聞かせるように繰り返す。

 そうだと思っているのに。

 堂々と口に出すのを躊躇っていた。


 そんなアタシを兄は呆れたように見つめ、そして大きく溜息を吐いた。


「何が正義だ、テメーは正義って言葉をたてまえにしてるだけだろーが!」



「そ、そんな事……」

 言葉はそこで詰まる。

 只何も考えずに、正義だからと言って理由をつけて、ひたすらに突き進んでいれば良かったのに、アタシは考える事をしてしまっていた。

 それが、心に迷いを生む。


「正義だ正義だつって目を輝かしてる時の拳の方がずっと痛かったぜ、だけどな……今のお前は正義の為に拳を振りかぶってるんじゃねーんだよ、どーしていいか解んねーから『良い事』をしようとして紛らわそうとしてんだよ」


 紛らわす? 何を?


 ……解ってる。

 へーじを、だ。


 兄の言葉が、心に突き刺さる。

 アタシは、顔を挙げられなかった。

 それがあまりにも的を射ていて、何も言えなかった。

 

 追い討ちの様に降り注ぐ雨が、自分を惨めに思わせて更に追い詰められている気がした。


 五月蝿い雨音の筈なのに、兄の声は耳に吸い付く様に聞こえた。




「……お前はそこらへんのゴロツキとかわんねーよ、適当に口実作ってぶん殴ってよ、何が正義だ」

 それは先程とは違った冷めた様な、冷静な言い方になっていた。


「中途半端に拳を作りやがって……そんなんで俺が倒れるかよ」


 


 アタシは俯くしか出来ない。

 何も、言えない。

 

 

 雨は容赦無く降り続く。



 今、この暗い路地内で、アタシを守ってくれる人なんていない。

 へーじの顔がふと頭に浮かんだ。

 だけどアタシの気持ちは更に沈むだけ。


 誰も守ってなんかくれない。


 だから拳を握り締める。


 もう、正義とか、そんなんじゃ、ない。


 もうヤダ。


 もう……イヤ。

長らくお待たせ致しました。

今回の話は、縁の気持ちをいかに読者に読み取って頂けるかを悩みに悩んだ末に書き出しました。

縁の気持ちを読み取っていただければありがたく思います。

今回はタイトルにご注目を。


っていうか、実は2話掲載の予定だったんですが、パソコンのバグ? かは不明ですが2、3話分の溜め込んで書いてた分が全部消え去りました……

取り合えず泣きに泣いた後、慌ててもう一度書き出しました。

 遅くなった裏にはこんな理由があったんですね〜(言い訳)

 


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