その164.私は最低で卑劣で最悪の嘘吐き少女
不安に駆られながら、前に進む彼を少し離れた所で見ていた。
その時、彼が派手に転び水しぶきを上げた。
私は反射的に彼に駆け寄ろうと走りだした。
靴に水が入る事も気にせず、水溜まりを踏み付けて彼に駆け寄った。
彼は立ち上がろうと壁に手をかけるが、再び転んでしまっていた。
私は彼に傘をさしながら、慌て目を逸らした。
自分の情けない姿を見られたく無いだろうという私の精一杯の配慮だった。
しかし、その配慮が無駄な事に、すぐに気付く。
彼は、私が傘をさしている事にすら気付いていないようだったからだ。
ボロボロの姿とは裏腹に、決意に秘めた様に力強い目をしている。
その顔を間近で見て、へーじである事を再確認する事になる。
私の考えも空しく、やはり彼はへーじで在った。
ようやく気付いたのか、へーじが私の方をゆっくりと向いた。
私の事に気づかない程に必死だったの。
へーじは、特に驚いたよ様子も見せず、私を確認する様に見つめてから口を開いた。
「ミホ……」
私の名前を呼ぶ声はあまりにも。
弱弱しかった。
へーじは自分の声に驚いた様に眼を見開いた後、薄く……皮肉めいた様な笑みを浮かべた。
自分が弱さを見せたのが許せなかったのかもしれない。
それを隠すように笑う表情が、あまりにも辛く思えた。
私はへーじに肩を貸すと立ち上がらせる。
濡れたへーじの染みた水が私にも浸透する。
私はそんなのを気にする事は毛頭無いが、少し触れただけでここまで濡れる程に雨に打たれていたのか、と考えてしまう。
へーじは意識が無かった筈だ。
……なのに、何で。
ここまで弱って居るのに、動けるの?
何でここに居るの?
何で……。
ううん……解ってる。
縁ちゃんを追って来たんだ、縁ちゃんの為にここまで必死になってるんだ。
縁ちゃんの為に怪我を省みずに……。
全部縁ちゃんの為に。
…………。
良いな。
ふと、そんな風に考えていた。
女性として、ここまで男性に必死になって貰えるのなんて、羨ましい程だ。
……それも、あのへーじに、だ。
「良いな……」
無意識に、声に出てしまった。
だって、本当に。
羨ましかった。
「え……何……?」
弱っているへーじには私が小さく零した声は聞こえなかったらしい。
少しホッとする。
なんでも、と、適当に言葉を返し、横目でへーじを見た。
へーじを見れば見る程に動いて良い状態とは思えない。
本当は今直ぐにでもへーじを病院に戻る様にしたかった。
……もう良いじゃない、ここまで頑張ったんだから、もう、良いよ。
でも、そんな事を言っても無駄なのは解っている。
今のへーじに、何を言っても無駄に終わるだろう。
「あ、りがとう……もう、大丈、夫……だから、さ」
掠れた声で礼を言うと、へーじは私から離れようとする。
一人で立てるから、大丈夫だから。
そんな意地っ張りな所が見え隠れしていた。
……へーじの、バカ。
「ヤダ」
私は一言で否定を示す。
その一言でへーじが呆然とした表情を見せる。
「何が、ヤダ、だよ……」
弱弱しくも、少しムッとした言い方だ。
そんな体で、何処に行こうってのよ、本当馬鹿?
『今』の状態で、『今』の縁ちゃんに会って、殴られれば死ぬんじゃない?
そんなの絶対に……『ヤダ』
「どーせ偶然会ったんだし、これも何かの運命ってね?」
はぐらかす様に笑いながらそう言うと、離れようとするへーじの肩をしっかりと掴んだ。
驚いた表情をするへーじを無視して、へーじに肩を貸したまま前に進む。
路地を出る後ろ、では無く、へーじが向かっていた暗がりの広がる前に、だ。
先程のフラフラで進んでいたへーじよりもずっと早く進めてると思う。
私は耳元で、そっと小さく囁く。
ちょっとは頼りなさいよ、馬鹿。
へーじは私の横顔を、不思議そうにジッと見つめてくる。
私は目を合わせない様に前だけを向く。
今、目を見られたら、考えが読み取られるような気がした。
「ミホ……」
へーじは私の名を呼ぶけど、業と無視して前に進む。
何してんだろう、私は。
本当は直ぐにでも病院に。
……いや、それを口実にして縁ちゃんの所に行かせない事だって出来る。
なのに、私は態々(わざわざ)縁ちゃんに合わせようとしている。
本当は、本当はね、へーじ。
私……へーじと縁ちゃんをこれ以上関わらせたくない。
関わらせたのは私だけど、今は……自分の気持ちに正直になりたいの。
そう、自分の気持ちに正直に……。
その自分の気持ちが、縁ちゃんとへーじを合わせなきゃ行けないって。
なんかモヤモヤする感じだけどね。
……私は、やっぱり。
最低な人間だ…………。
「ミホ……ありがとう」
へーじの何気無い言葉が、私の暗い心を暖めてくれる。
その言葉だけで、私はどれほど助かるか……。
罪の意識で押しつぶされそうになる私を、へーじは助ける様に言葉を繰り返す。
「ありがとう」
御礼を言うのはこっちの筈なのに、もう一人の意地っ張りな私がそれを許さない。
いつもの小馬鹿にした様な笑みを私は浮かべる。
御礼も言えない私は何処までも
『嘘つき』なんだと自覚する。
「どーいたしま……」
冗談臭く、『どーいたしまして』と言うつもりだった。
だけど言葉は途中で途切れてしまった。
喉が詰まった様に、途中から声が出なかったのだ。
何故こうなったのか解らない、自分の最低さに? 純粋に悲しくて? 意地を張ってしまう自分に嫌気が指して?
……私にまで、優しさを向けるへーじに心を打たれた、とか?
もしかしたら、考えた全てかもしれない。
必死に涙を押し殺しながら前に進む。
へーじには、一番涙を見られたく無かった。
へーじは、そんな私が直ぐ横にいるのに、何も言わなかった。
それが私には助かった。
何も見て無いよ、って言われているみたいで少し嬉しかった。
へーじ、今は口じゃ言えないけど、いつかはちゃんと言いたいなァ。
へーじありがとう……。
明日試合に行ってきます!
そして数日間居ません。
試合&テストがこれでひと段落出来るので、更新を早く出来る様に出来ると思います。(?)
ミホ視点は良く入れる方ですが、結構苦手な描写だったり(汗)
女性で無い、というのもあるかもしれないですけどミホは比較的不思議ちゃんな所が在るので、不思議ちゃんの考えって結構読み難いですよね(−−;)
まぁようするにまだまだ勉強が足りない、ってことですよね〜^^
これからもどうぞ宜しく!