その162.お前はお前のお姫様の為に、頑張れよ
頭を右側に動かすと、腹の立つ事に再び煙を掛けてきやがる。
雨の中なのに傘も差していない男は、僕から守ったであろう相手の拳を振り払う。
たたらを踏んで男は数歩後ろに下がった。
「な、なんだテメー!」
男は驚いた表情のまま、お約束の言葉を吐く。
僕を守った男は、その言葉を見越していたかのようにニヤッと笑う。
暗い雨の中、タバコの火が目立つ。
「俺か?」
白い煙を吐き出した後、ガラの悪い男共の疑問に答える事にしたらしい。
「ある時は真面目で生徒に愛される聖職者!」
芝居の掛かった言い方に僕は心の中で呆れる。
いつも授業もしないクセに何言ってんだ。
「ある時はイケメンを仮面で隠し、颯爽とリングを掛けるスーパーヒーロー!(副職)」
最早突っ込む気にもならない……。
本当は教師は副職は持ってはいけないのだが、ここはスルーして置こう。
「教師レスラーとは、俺の事だ!!」
カッコ付けたつもりか知らないが、ビシィ! っと親指で自らを指す。
しばしの沈黙の後、ガラの悪い男達が一斉に口を開いた。
「意味ワカンネーよ!」
「馬鹿じゃねーかコイツ!?」
「別にカッコよくねーよ!!」
突っ込む必要が無くて助かるよ。
ここだけガラの悪い男達に心の中で礼を言う。
っというか。
「アンタなんでココにいんだよ」
まるで、見計らったかのようなタイミングだ。
そして僕は別にコイツの事が好きじゃないわけで。
「お前助けて貰っといて礼はねーのかよコラ」
駄目教師はガラの悪い男達の罵声を無視して僕の方を向く。
僕にワザと煙たい煙を吐き掛けながら駄目教師は呆れた様に肩を竦める仕草を見せる。
その仕草も煙を掛けられたのにもムッとする。
「助けて貰う覚えは無いんだけど」
助けて貰ったのに皮肉っぽく言ってやる。
あ、今のは何時も通りの僕っぽい。
駄目教師は暫し黙った後、口を開く。
「……少し前に、お前の姉に頼まれたんだよ、お前が危なくなったら助けてやれってよ」
姉貴が……!?
「電話が在ったんだよ、何があったか知らないが……傷だらけで飛び出した弟を追って欲しいってよ」
じゃあ……あれは夢じゃ無かったのか!
呆然としている僕に、駄目教師は背を向けながら言う。
「おら、助けてやるからサッサと行けよ」
駄目教師は、躊躇う僕を見る事無く言う。
「俺のお姫様の頼みだからな、仕方無く、守ってやるよ『義弟』(ぎてい)」
仕方なく、と、義弟を強調したのに悪意を感じた気がする。
やはりこの駄目教師は腹立つ……。
しかし姉貴の事をお姫様とは、駄目教師がこちらを向かないので一人うぇっ……と吐く様な素振りをしてしまう。
「お前は、お前のお姫様の所に行けよ」
駄目教師はそう言うと、横目で僕を見た。
優しく微笑むその目は、始めて僕が見る教師らしい瞳だった。
駄目教師のクセに……僕は小さくそう零す。
僕は直ぐ横の路地に向けて走り出した。
後ろからガラの悪い男共の罵声が聞こえた気がしたが、気にせず前だけを見て走る。
今出せる限界の速度だが、痛みで足を止める事はせずに前だけを見て走る。
開いた傷口が、塞がったわけでは無い。
だけど。
今度こそ足を止める事はしない。
走りながら、駄目教師の言葉を思い出す。
あの馬鹿をお姫様だなんて言うのも、合わないな。
そんな事を考えて、小さく笑ってしまう。
お姫様はお姫様でも、とんだじゃじゃ馬姫だ。
横目でへーじが走り去ったのを見送る。
最初に会った時は、只のガキだと思ってたんだけどな。
「ああ! ガキ待ちやがれ!!」
横の路地に入っていったへーじを追おうと、男共が走り出そうとする。
が、俺はその路地の前に立ちはだかる。
手の骨を軽く鳴らして見せ、この先を行かせない事を表現してみせる。
俺を睨みつける男共。
「邪魔すンならテメェから殺すぞコラァ!!!」
っは、脅してるつもりか? 『ガキ共が』
口々に『殺す』等等の野蛮な言葉を吐き散らす『ガキ共』
お前らに、その度胸も無いクセにそんな言葉出すなよ。
もっと自分が出来る範囲の言葉を出せ。
こんな風にな。
「お前ら」
突然言葉を出した俺を合図にガキ共は口を閉ざした。
「俺の『弟』に手を出しやがって……」
最初はこんなのが義弟と思うのはゴメンだったが、今なら中々悪くないと思っておいてやる。
流石は俺の惚れた女の弟だ、って所か?
「『半殺し』にしてやるよ」
殺しちゃ流石にマズイからな、取り合えず、『あいつら』の邪魔にならない位で済ましてやるよ。
あいつら、とは当然へーじと縁の事だ。
「「……」」
ガキ共は暫しの無言の後、
「ふざけんなよコラァ!!!」
怒りに任せて俺に殴りかかろうと一斉に走り出す。
人数に任せて確実に勝てると踏んだのだろう。
相手の力量も読めないとは……ガキ通り越してクズか? あ?
小さく溜息をついてみせる。
ああ〜、メンドクセェ。
俺は教師様だぞ? 本当なら暴力なんて振るえないってのに……。
そう思いつつリングの上で名を隠し暴れまわってるわけだが。
仕方無い、今回はこのガキ共の教育兼正当防衛兼……大事な弟の為って所で。
手を打つか。
殴りかかってくる男共に恐れを成す事も無く、へーじが消えていった路地を横目で見やる。
自分の大切なお姫様ぐらい守って見ろよ、貧弱な王子様よ……。
心の中で応援してから、少しだけ笑ってしまう。
あいつが王子様? っは、似合わねーな。
雨の中、敏感な俺の耳に激しい殴りあう音を聞いた気がした。
微かに聞こえたその音は、俺以外にもこんな夜中に喧嘩をしている奴が居る事を理解する。
その音はへーじが行った路地の先から聞こえた。
普通なら雨音で消える程に微かな音だったが、直ぐに何処の馬鹿共の音かは理解した。
へーじ……頑張れよ。
心の中で、もう一度はっきりと応援した。
どうやら俺は。
あの皮肉や嫌味しか言わないガキの事が嫌いでは無いらしい。
最近更新だらしないですね、ごめんなさい(−−;)
そして返信も遅くてごめんなさい(泣)
どうでもいいですが納豆と炭酸飲料を一緒にしたら大変な事になります(笑)【良い子も悪い子もしてはいけません】