その160.俺が兄として出来る事
街中を走り周り、あの馬鹿を探す。
あの馬鹿の事だ。
大体予想は付く!
俺は路地の中を駆け回る。
所々にガラの悪そうな男共を確認した。
今のアイツにとっちゃ取って置きの場所ってわけだ。
進む内に暗い路地は更に薄暗くなっていく。
そして血だらけで倒れている男達が見えた。
直ぐに縁の仕業だと直感する。
昔、ヘンゼルとグレーテル。という絵本を読んだのを覚えている。
何度も子を捨てようとする親と子の話だ。
その話では、捨てられる子供が持っているパンを千切って、捨てられても帰れるように道しるべにしていく所が在る。
それを思わせた。
俺は、その路地を走り出す。
パンがガラの悪い人間だというのだから笑える。
だが、意味は似たようなもんだろう。
誰かに追いかけて欲しくて、こんな解り易い道しるべを残していったんだろーが。
走りながら舌打ちをする。
馬鹿野郎が……!
テメェの追っかけて来て欲しい奴は、テメェのせいで動けないんだろうが!
それもわからねーくれェにオカシクなってんのかよ?
路地を進み続けていると、暗い世界に、立ち尽くす馬鹿を見つけた。
俺はそこで走るのを止めた。
空を見上げ立ち尽くすその馬鹿は、血だらけだった。
綺麗だったんだろう服は血だらけで、一目見るとゾッとしてしまう。
「何やってんだテメー」
俺の言葉に、馬鹿……基縁が俺の方を向いた。
ッ……! なんつー目してやがる。
いつもの無駄に輝いてる目はそこには無かった。
死んだ様な瞳、という言葉がしっくりと来る気までする。
俺を見ても驚く事はしなかった。
寧ろ俺を見て落胆した様にも見える。
……へーじじゃ無くて、悪かったな。
口で言わなくても顔がそう言っていた。
「…………何の用」
縁がぼそっと小さく零す。
その言い方の裏に、俺に向かって『消えろ』と言って居るのが解る。
っへ、本当は俺だってテメーなんざどうだって良いんだよ。
縁が俺を威嚇する様に睨みつける。
「何を馬鹿みたいに暴れてやがる、あ? 気でも狂ったかコラ」
縁の殺意に答える様に俺も睨みつける。
俺の言葉の何が面白かったのか、縁が薄く笑う。
「ね、凄いでしょ? いっぱい悪人を倒したんだよ」
そう言って縁は嬉しそうに両手を広げていた。
縁の足元には、多くのガラの悪そうな男達が倒れていた。
そこらへんに転がるバットや鉄パイプを見て、何があったのか簡単に推測出来る。
「っへ、知るかよ」
悪いが、俺はお前を『褒め』に来たんじゃねーんだよ。
動けないアイツの変わりに止めに来たんだ。
俺の言葉に縁の顔から笑顔が消える。
「ガキが、家帰ってクソしてサッサと寝ろや」
吐き捨てる様に俺は言い切る。
縁は驚いた表情を浮かべていた。
「何で褒めてくれないの? いっぱい悪を倒したのに……」
時折、純粋という言葉が光を持たない時もある。
それが今だ。
子供の様にキョトンとする縁の瞳は何処までも純粋だ。
しかし、その瞳に光は灯っていない。
タチの悪いガキを相手にしてる気分だ……。
「……お前はソレが正しいと思ってんのかよ」
何で俺がこんなに必死にならにゃきゃならねーんだ。
ガキの頃を思い出す。
縁を何とかしようと必死だった頃を。
まぁ……俺も馬鹿ばっかやってたけどよ。
縁の表情が曇る、だが直ぐに再び表情を輝かせる。
「……あ、悪人を倒してるんだもん、これで、これで許して貰うの! 褒めて貰うの!」
その一瞬の困惑した表情を俺は見逃さなかった。
コイツはやっぱり解ってんじゃねーか。
自分が意味のねー事してるって事をよ。
「いい加減にしろ馬鹿」
俺の声は無意識に強くなる。
縁が少し驚いた様に後ろへ一歩退いた。
「テメーの行動で、誰が喜ぶんだよ、それともへーじが怒ってるとでも……本気で思ってんのかよ」
「そ、それは……」
縁が顔を下げる。
口に出せないのかよ、何で動揺してんだよ、解ってるくせに認めたがらない、それも無意識に、ああ! メンドクセー!。
いい加減気づけよ、ばっかやろう!!
「何が正義だクソヤローが!」
俺の言葉に怒りを感じたのか、縁は瞬時に顔を挙げると、再び俺に殺意の表情を向ける。
正義を侮辱された事に怒ったのか、言い返せないギャク切れか、両方かは知らないが。縁の今の表情は怒りに燃えている。
「あ? 怒ったのかよ? 弱虫の偽善者野郎が!!」
「黙れ!!」
俺の言葉に、怒りの大声を返す。
そう、それで良い。
「黙ってほしけりゃテメーの拳で黙らせてみろ! ご自慢の正義の鉄拳を振るえよ!!」
縁の握り占める拳は怒りで震えている。
俺の方に音が聞こえそうな程に人差し指を力いっぱい向けた。
そして宣言する。
「言われなくても! そのつもりよ! この悪人め!!」
それだけでは収まらないのか、叫び声を挙げる。
「悪人は嫌い!! 嫌いだ!! 嫌いだァーーーーーーーー!!!!」
目を思いっきり瞑り、駄々っ子の様にブンブンと頭を横に振る。
路地の中で縁の叫び声が響き渡る。
その大声に一瞬気圧される。
だが、俺も歯を食い縛って縁を睨みつける。
っへ、脅されようが、怖かなんてねーよ。
「今迄!! 一度もアタシに勝った事無いクセに!!!」
吐き捨てるように縁は叫んだ。
……あ? そうだったか? そんなの知らねぇな!!!
俺は縁を馬鹿にするように思いっきり笑い声を挙げる・
勝てる勝てないを考えるのは頭の良い奴に任しておけよ。
俺たち馬鹿が考える必要なんてねーんだよ!!!
十分に挑発できたと思ったら笑うのを止めた。
「御託は良いんだよボケが…… サッサとかかってこいよ!!」
親指を下に向けて完全なる敵意を向けて見せる。
「お仕置きの時間だ」
兄として、テメーを教育してやるよ。
俺がテメーに唯一出来る……兄としての行動だからな。