その159.狂ったヒーロー
ああ……腕が重い。
どれだけ戦い続けただろう……。
体の疲労具合はピークに達しているのが解る。
服に付く大量の赤い血は全て返り血。
両の拳にも赤い血がべったりとこびり付いていた。
私は何をしているんだろう……?
暗い路地裏の中で、空を仰ぐ。
路地の暗さに負けない暗がりが空には広がっている。
だが、暗がりには無い、小さな光達が煌いていた。
綺麗なその光に少しの間、目を奪われていた。
光に憧れ、光になろうとしていた自分が脳裏を過ぎる。
しかし、今の路地にあの星のような煌き等ある筈が無い。
私自身までもが暗がりの一つ。
暗い世界に、私は溶け込んでいた。
私には、こっちの方が似合ってるのかな……。
私の耳に呻き声が届く。
それは足元に転がっている男達が漏らした声。
ああ、まだ意識が在るんだ。
アタシはそう言おうとした、しかし、アタシの口からは似て非なる言葉を出していた。
『ああ、まだ息が在るんだ』
それは生きている事を否定する言い方。
私はどうしてしまったのだろう……?
ううん……もう考えるのも億劫でしか無い。
体に身を任せよう。
そう、相手は『悪人』なんだ。
もうどうだって良い。
後……何人?
何人『悪人』を倒せばいいの?
誰も褒めてくれない。誰も許してくれない。
だったらもっともっと倒さなきゃ。
子供の様な心躍る衝動は抑えきれない。
自分は今正義の行いをしているんだ。
自己満足な考えが、アタシを更に縛り上げる。
これを見たら、へーじは褒めてくれるかな? 褒めてくれるかなァ?
黒い高揚は抑えきれない。
罪の衝動から動いていた体は、今度は自らを満たす為だけに動こうとしている。
へーじが倒れた時に、アタシの中の積み上げてきた物が崩れた。
へーじと出会ってから積み上げてきた大切な物が、
壊れたのだ。
もう何も考えない、考えられない。
「テメェかコラァ!!」
声は後ろから聞こえた。
振り向いた先に、大勢のガラの悪い男達が立っていた。
どの男の手にも武器が握られ、どの男の目にも怒りが存在していた。
「ここら辺一帯を暴れまわってるガキってのはテメーかァ!? ふざけやがって!!」
大勢の人数の先頭の男がドスの利いた声をアタシにぶつけてくる。
しかし、アタシの耳に言葉は届いていない。
恐怖で縮こまる筈の行動等せず、男達を値踏みする。
その容姿は一般的に見れば『善人』には見えないだろう。
それを察すると共に、アタシは薄く笑う。
ああ、とっても悪そう。
笑える様な状況では無い筈なのに。
「アア!? 何笑ってやがるガキィ!!」
アタシの行動にイラ立ちを覚えたのか、先頭の男がアタシに向かってくる。
アタシの眼の前に来た瞬間。
右腕のストレートを決め込んだ。
吸い付く様に男の顔面へと減り込む。
パキャ、という潰れる音。
これを聞くのも何度目だろう。
顔面に食い込んだ拳を引き抜くと、拳に赤い血が糸を引く。
男はもう喋る事はしない。
操り人形の糸が切れたかのように、地面へと崩れ落ちる。
それを合図にしたかのように、後ろの大勢の『悪人』達がアタシに向けて走り出す。
ああ、獲物が来たぞ、悪人が来たぞ。
コイツラ殺シテ、後何人?
アタシは、割れる様な笑みを浮かべていた。
疲れている筈の体は、嬉々として動き出す。
そう、アタシは狂っている。
自身の罪を認めたくなくて、考える事をしたくなくて。
誰かに止めて欲しくて。
先程まで晴れていた夜空に、ゆっくりと暗雲が訪れてようとしていた。
暗がりの中、強く輝く綺麗な星が、ドス黒い雲に、覆われて行く。
アタシの心を示すかのように、暗雲が広がろうとしていた。
善人と悪人に境界線はあるのでしょうか?