その152.過去と今が、変わった所も、変わらなかった所も、良い所も悪い所も
映像は再び変わった。
……いや、違った。
殆ど変わっていない。
幻が消え去り、本当の過去が流れ出したのだ。
この時、あの子が居る筈が無い。
いつもの様に、多人数で僕を殴り、蹴りを繰り返す。
そう、あのお人よしの彼女はいないんだ。
曖昧な考えが無くなった僕は、この瞬間に。
キレた。
冷静にキレた。
人間、キレて暴走するよりも、冷静に計画を立ててキレる方がどれだけ危ないかを、イジメのカス共は知らなかった。
思い知らせてやる。
貴様達が誰に何をしたのか、今迄僕が我慢してやったんだ。
あまりにも僕の心は荒んでいた。
悪いのはお前たちだ。
小さな僕が、それ以上に小さな心が最低な考えを生んだ。
バット、薬、消火器、カッター、窓ガラス、学校内に在る物は使える物を全て使った。
まずは……僕を苛めていた主犯の五人を殺す気で向かった。
映像では、死んだ瞳と、何も感情を出さない表情の僕が居た。
五人を夜の学校に誘き寄せて暗い世界で奇襲を行った。
全員をバラバラにした後、行動を開始する。
一人は後ろからバットで殴った。
頭から血を流し、泣き声を挙げながら逃げていく後姿を呆然と見つめながら、
この逃げた男が、助けを呼ぶ時間を無意識に計算していた。
僕は直ぐに行動に出る。
次の男は屋上から吊るしあげた。
ロープを首に掛けて吊るす予定だったのだが、腕が絡まってソレは免れた。
代わりに腕は脱臼していた様で、自分の体重で苦しみ、叫び声を挙げた直ぐに気絶した。
次は薬物で充満した部屋に閉じ込めた。
薬物は理科室から適当に取ってきた物。
酸素が無くなり、泣きながらドアを叩く姿に笑い声を挙げている僕が居た。
この時から既に僕の頭は完全に狂っていた。
四人目は女だった。
泣きながら侘びを入れる女に容赦等せずに、バットで顔を重点的に殴り続けた。
その子の顔がクラス内でも綺麗な子で、それを解った高飛車な子だと解って居てワザと顔を狙っていた。
金属バットがボコボコになって使い物にならなくなった後、
理科室から持ってき硫酸を躊躇わずにかけた。
叫び声を挙げながら焼け爛れる少女を見て、僕は笑っていた。
死んだ様な目で。
何が楽しいのか、高笑いを挙げている。
過去を見ている『今』の僕は目を背けた。
僕は何をやって居るんだ。
とんでも無い事をしてしまったと思っている。
「おあ゛ざん……」
焼け爛れた少女が床を転がり回りながら零す。
「おがーさん……おがぁさぁぁん……」
助けを求める声は、自分の母を呼んで居た。
そこで僕の笑いの表情が消える。
今更、自分が何をしたのか、と我に返ったのだ。
今、目の前で転げ回っているのは、僕をキモいと提げずんだ少女か?
涙を流し、必死に助けを求める姿は、僕と同じじゃないのか?
「う、あ、あ、あ、ウワアアアアアア!!」
自分の行動に気づいた小さな僕は、叫び声を挙げながら走り出した。
屋上で吊るし上げた人間を、引っ張り上げた。
次に酸素の無くなった部屋を開けて失神している人間を助け出し、緊急用に置いてあった酸素ボンベを使った。
泣きながら、僕は仕返しをした奴等を助けていた。
仕返しをしたのに、何故心が晴れない。
何故こんなにも不快感が残る。
この時の僕の耳には、少女の母を呼ぶ声が聞こえ続けていた。
求めていた開放感とは違った。
僕をイジメた奴等には親が居る、きっとこの姿を見たら泣くだろう。
暗がりの中、最初の一人が呼んだ助けに僕は抑えられた。
僕は抵抗を示さなかった。
呆然としながらも、結局は、
僕は自分の親と一緒なんだと、最低な人間なんだと、僕は思っていた。
あれから少し経ち、僕に対してのイジメもあり、義務教育という事もあり、退学は免れた。
苛めは無くなったが、誰もが僕を見ようとしなくなった。
僕の行った行為は露見している。
一人は転校し、一人は部屋から出なくなり、最後の少女は病院に入院し、そのまま精神病院の世話になっているらしい。
最後の一人が何処かに行く事は無かった。
だが、学校で会うとバケモノを見る様に僕を見て逃げ出す。
そんな事の繰り返しだった。
周りの人間達が、僕をイジメる事は無くなった。
僕に対しての視線は軽蔑から恐怖の眼に変わっていた。
求めていたのとは違った。
イジメられて居た時とはまた番う悲しみがそこにあった。
そのまま中学を卒業した。
姉の配慮か、
高校は遠くに引越し、誰も知る人がいない高校に来た。
『君の過去はここで終わりだ』
世界は再び灰色の世界に、目の前に輝く人間。
『……変わったろ?』
変わったね。
第三者から見ると、こんなにも、僕は哀れだったんだね。
空回りして、馬鹿みたいだ。
本当はね、僕はもう誰にも関わらないつもりだったんだよ……。
僕は最低な人間なんだ。
もう、誰とも関わってはいけない。
僕みたいな人間は、不幸しかもたらさない様な……疫病神でしか無いんだ。
そう思ってた。
高校生になって名前を出す気は無かった。
下の名前で『へーじ』と名乗った。
一年の最初に先生に頼み、苗字を伏せさせて貰った。
教師は話の解る人で、僕の事情を知ってか知らずか、快く受け取ってくれた。
僕は名前を捨てた。
もう過去を見たくなかったから。
この苗字でまた苦しむのがイヤだった。
あの子は、始めて会った時、僕が逃げたと言ったっけ。
逃げた理由を教えて欲しいと言った。
何で解ったんだろう……。
そう、逃げたんだ。
この名前を捨てる事で僕は逃げた。
本当は気づいている人間は居たかもしれない。
だけど、そこには何も無かった。
誰もが悩み、苦しむ年だから、かもしれない。
誰とも関わらないつもりだったのに、何故かいきなりサクが関わってきた。
次にミホが、同級生の奴等が、ダメ教師が……。
そして2年になって、志保ちゃんや縁とも関わった。
今なら思えるよ。
皆に会って良かったって。
変わったのは君達のお陰だ。
だけど……。
それでも僕の心の闇は消えなかった。
心に染み付いた何処までも黒いソレは、いつまでも消えなかった。
無意識に死を考える程に、無理に悪いほうに考える程に。
でも、縁に会ってから、少しずつ、心に染み付いたソレが薄れて行っていた。
自分でも気づかない程に少しずつだったけど。
僕のヒーロー。
『少し遅くなったけど、ヒーローは、来てくれたね』
本当に遅いよ……。
でも。
手遅れじゃ無かった。
『もう一人のへーじ』が何者かは、その104を参照でございます。