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その145.今の縁ちゃんに正義も輝きも……無い

 あまりにも現実離れした破裂音が響き渡る。

 私を含め、野次馬達全員が固まっていた、

 へーじが縁ちゃんに向けて走り出したのも突然の事で何がしたいのか解らなかった。

 しかし、縁ちゃんを突き飛ばした瞬間に、リアルな破裂音と共にへーじが後ろに吹っ飛んだ。

 遠くからでも胸から血が流れているのが解る。

 破裂音が、発砲音だと気づくのに時間はいらなかった。


「イ、イヤァ……」

 私の隣で悲痛な声が聞こえた。

 志保も、状況を理解した様だ。


 その瞬間、私に寒気が走った。

 志保とは逆の方を向いた。

 そこにいるのはサク。

 固まった表情で、目を見開いていた。

 

 まずい。


 サクはへーじを助けようと何も考えずに銀行に飛び込もうとした人間だ。

 そのサクが、目の前でへーじを撃たれて黙っている分けが無い。

 私にはサクが我を忘れて撃った人間に掴み掛かりに行くのでは無いかと思った。

 

 サクにとってへーじの存在はとても大きいらしい。


「サク」


 私は不安な声でサクを呼んでいた。


 しかし、 サクは私の声に反応を示さない。


 見開いた瞳が、ただ一点を見つめる。


「……縁」

 サクの言葉から出たのは思いがけず、自分の妹の名前。

 思っていたよりも冷静な声だ。

 私はサクの視線を追って、再びへーじの方に目線を向けた。

 


 へーじを見下ろす縁ちゃん。

 その瞳に、いつもの熱い感情は無い。

 何も解らない子供の様に。

 へーじを見つめる。




 響き渡るは少女の声。


 悲痛の悲鳴か、怒りの叫びか、恐怖の絶叫か。


 少女は叫ぶ。

 大声を張り上げ。


 空気が凍る。

 野次馬達も、警官達も、一歩も動かない。




 その姿に恐怖を覚える。

 その姿に、私の好きな光は無かった。

 太陽の様に輝く少女は居ない。


 憎しみを込めた表情と、大きな瞳が流れる一筋の涙。



 縁ちゃん。



 私の好きな光は、そんなのじゃないのよ。



 完全にキレた縁ちゃんを、私は始めて目の当たりにした。

 サクが飛び出す、私も慌てて後を追った。

 志保を見る余裕は無かったが、志保は賢い子だ。

 無理に追わずに、待ってくれているだろう。


 野次馬達のせいで中々先に進めない。



 サクは何処まで行ったのだろうか。

 野次馬達にまみれてサクは見えない。

 力で無理矢理押し進んで行ったみたいで、サクの力がこんな時だけ羨ましい。



 だが、縁ちゃんの行動だけは遠くからでもハッキリと見えた。



 「ヒィィィ!」

 悲鳴を挙げながら覆面を被った男が銀行内を飛び出してきていた。

 縁ちゃんの視線は確実にその男を追っていた。

 あの男が撃ったのだと理解した。


 憎憎しげに睨みつけ、縁ちゃんは男に向かって走る。

 

 背中を向けている相手に、卑怯もクソも無いと行った飛び蹴り。

 男はコンクリートの地面に派手に転がった。

 慌てて立ち上がる男に、縁ちゃんは狙いを定めていた。

 悲鳴を挙げる男等気にせず、着地と共に立ち上がった男の顔面にストレートが叩き付けられた。


 パギャ。


 折れた音だ。

 騒がしい野次馬達の音でもハッキリと聞こえる程に強烈な音だった。

 顔の真ん中を殴ったのだ、鼻が折れたのだろう。


 「ヒ、ヒィィ……!」

 顔を守ろうと体を屈める男。

 しかし、縁ちゃんは、お構いなしに顔面に下から掬うように。

 アッパーカット。

 男の顔面ごと体が跳ね上がる。

 その拍子に、男の鼻血が縁ちゃんの顔に降りかかるのが見えた。

 血を被るも縁ちゃんは気にせずに追撃を続けた。

 覆面の腹に思いっきり蹴りを入れていた。

 躊躇いの無さに、寒気を覚えた。


 ベキッ。


 再び折れるような音。

 横からの蹴り、アバラが折れたのだろう。

 男は呻き声を挙げながら崩れるように座り込んだ。

 男は縁ちゃんを見上げて居た。

 その瞳には、恐怖と怯えが見えるだろう。

 

 それでも、縁ちゃんはやめない。


 見上げた男の顔面を、蹴り上げたのだ。

 

 男の血が縁ちゃんに降りかかる。

 縁ちゃんの綺麗な顔は更に鮮血に染まっていく。


 男はそのままの勢いで頭を地面に打ち付けた。

 覆面から覗く目が白目へと変わる。

 失神している。


 それでも。

 

 縁ちゃんは。


 

 止めない。




 倒れた男に馬乗りになると、グチャグチャになった顔面を。

 

 殴る、殴る、殴る。


 ッガ! ッガ! という生々しい音が響き渡る。


「ひぃぃぃ!」

 野次馬達の中から悲鳴が挙がった。

 返り血が飛んできたのだ。

 騒いでいた野次馬達が騒ぐのを止めた。

 完全に、全体が引いているのが解る。

 血だらけになっても、相手が失神していても殴り続ける縁ちゃんに、

 異常を覚えたのだろう。

 

 それ程、縁ちゃんの行動には恐ろしい物があった。


 野次馬達が大人しくなったので、大分通りやすくなったのは助かるが……。



 呆然としていた警察達は、我に返ると慌てて動き出した。

 女の子が大人の男を殴り殺す。

 普通は想像も出来ない状況が、目の前にあった。

 殺す勢いで在る程に、縁ちゃんの勢いはすざまじい物が在ったのだ。


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