その126.悪を出来ないなら最初からしなければいい
彼の手には何も持たれていない。
無様に転がっている俺の目の前に座り込むと、只一言だけ言った。
「負け犬の気分はどう?」
嫌味とか、そんなのでは無く、本心からの一言だった。
……不思議だな、ここは憤怒する所なのに、怒りが湧いて来ないよ……。
暗闇の中、床に撒いたのは油。
1リットル丸々を撒いたのはやり過ぎだっただろうか。
これも買い物袋から拝借させて貰った物の一つだ。
銀行のコンピューターの管理が主と思われる部屋だ。
幾つか配置されているコンピューターを何に使うかまでは知らない。
大量のコードを適当に抜き取り、油の上に適当に置く。
多分大事なデータとかあっただろうけど気にしない。
全部覆面共の仕業です、僕は知りません。
倉庫、パイプ、僕の言った言葉は全て嘘でしか無い。
まともに考える時間を与えれば、この部屋も、僕が直ぐ近くに居たという事も簡単にばれる。
少しでも、理性を持たせない為だ。
壁を削っていたのは当然鉄パイプなんぞでは無く、机にあったペンを借りただけ。
近くで振ってみた空気を切る音は、子供用の縄飛びを近くで振っただけ。
床を叩いたのも、鉄パイプでは無く、タイミングを合わせて近くのパソコンを床に落としただけ。
運良く当たらなくて良かったねー(棒読み)
様々な手間は、位置感覚を失わせ為でもあった。
実際に覆面が居た位置は殆どドアから離れていない。
だが覆面はドアの場所を探した時、近くに有るのに気づかなかった。
上手いこと混乱させれたわけだ。
拳銃を抜いた時は流石に焦ったが……。
抜いただけで良かったよ、マジで。
もし錯乱して適当に撃っていたら、近くをウロチョロしていた僕はズドンッで、はいサヨナラだったわけで。
冷静な感じで言ってたけど冷や汗もんだったからね、ちょっと泣きそうでしたから。
喋りながら、気づかれないように油撒くのは結構苦労した。
流石に全部思い通りには行かないか。
まぁ……うん。
今、コードまみれ油まみれの覆面を見て、取り合えずは成功というわけだ。
電気を付けてももう大丈夫だろう。
暗闇だが、この部屋の位置は人目で頭に入れた。
こういう時って天才は便利だよねー(笑)
電気を付けると、よりハッキリと覆面の間抜け姿が見れた。
油を踏まないギリギリまで近づいて座り込む。
「負け犬の気分はどう?」
僕の言葉を聞いても男は何も答えない。
ま、別に良いけど。
他の奴等が来る前に退散した方が良いかな……?
一応デカイ音出したし、何も準備してない状態で来られるのはキツイな。
そう考え、立ち上がろうとした瞬間。
「なんで」
覆面が声を出した。
それに釣られて再び座りなおしてしまった。
「俺を殺さない……?」
……何言ってんだコイツ。
「悪いけど、この年で人殺しになりたくないし」
僕の言葉に、覆面は目を点にした。
「俺を許さないって言っただろ……」
……ああ。
そういえば、言ったね。
全部演技だっての。
多分。
「許さないよ」
只短くそれだけ。
これは本当だ。
そして繋げる。
「けどゲスの血が付くのが嫌だからね」
そこには心底嫌味を込めて見た。
そこで、覆面は見上げる様に視線を向けて、睨み付けてきた。
「お、俺は好きでこんな事してるんじゃない!」
「じゃーやるなよ」
即答で返す。
一瞬、覆面は戸惑って見せたが直ぐに再び睨んでくる。
「仕事が無くて、子供の為に仕方無く……」
は?
「仕方無いなんて言葉使ったら何でも許されると思うなよ?」
ピシャリと言ってのける。
あまりにも馬鹿馬鹿しい。
覆面の言葉で大体を予想した。
有りがちだな、て笑えばいいの?
「なんだと!」
僕の言い方に、腹を立てたようだ。
……ほんとに馬鹿馬鹿しい。
「うるさいよ、オッサン、あんた解ってる? ガキの為にとか言ってるけど、その汚い金で飯を食わせる気? 学校に行かせる気? 服を着せる気? それでガキがアンタを見て笑ったら、アンタ心から喜べるか!? ああ!?」
言葉を繋ぐ度に感情が強くなっていくのが解る。
止められない。
「ふざけるな、ふざけるなふざけるなふざけるな!!!」
ポカンッ、としている覆面なぞ気にせず、声を荒げる。
『自分と、この覆面のガキが被さった』
僕の親は、僕を汚い金で育てて、勝手に死んだ。
汚い金で育った僕はどうする?
流れる血は、誰かの不幸で流れているなんて思うと、寒気がする。
大人の偽善なんて知った事か、ガキの気持ちなんて考えずに、それで良いなんて勝手に決められた方はどうすれば良いんだよ。
「俺は! ただ大事な物が守りたかっただけだ!!」
覆面の悔しそうな言葉で、僕は口を閉ざした。
そうだ、何も解っちゃいない。
僕は自分を落ち着かせると、さとす様に、小さく。
「それで、捕まったら……その子供は、悲しむだろうね」
僕の言葉で、覆面は僕から視線を外した。
辛そうに。
それは解ってるんだ……。
本当に辛いなら、やらなきゃ良いのに、
そんなリスクまで背負って守りたい物があったのか?
……この男と同じ様に、僕にも、今は覚悟がある。
「今なら……アンタの気持ちが解らないわけじゃないよ、守りたい物って言うんじゃないけどさ……その」
言葉にしようとすると、何かこそばゆいな……。
もどかしくしている僕にオッサンが冷静な声で話しかけた。
「……君は行動を起こすようなタイプには見えないが」
今は光で僕をはっきりと見る事が出来る。
やはり、傍から見ても、僕は自分から行動するタイプには見えないらしい。
まー、僕も行動したかったわけじゃないけど。
しかし、ホントに知らないのか?
「アンタは教えられてないみたいだけど、人質は全員殺すらしいから」
なんで教えられてないんだ?
……僕を助けようとした人間なんだから
反対されない為にあえて教えてないと予想。
「な!?」
素で驚いてるなこりゃ……。
良い人、ではあるみたいだ。
覆面は少し考える素振りを見せると、再び僕と視線を合わせた。
今度の視線は、睨むという物では無かった。
「……交渉に行った男の名前は八木、残りの奴等の名前は知らない、
しかし今は分散して君を探している、俺達が持っている拳銃には7発しか入っていない、他に弾は持たされていない」
……何をいきなり?
突然味方の情報を喋りだしたこの男に困惑してしまった。
男はそこで口を閉じた。
「なんで教えてくれんのかな」
覆面が口を閉ざしたタイミングで、感情を見せないように覆面に言った。
「君には……助けたい子がいるんだろ」
その言葉で、この覆面が、何故喋ったのか解ってしまった。
……悪党になりきれってば。
最後までなりきれよ。
道を外したこの大人は、きっと道を正してくれる気がした。
僕の言った言葉を理解してくれたなら……。
「じゃー行くよ」
それだけ言って、立ち上がる。
覆面は、もう何も言わなかった。
覆面に背を向けてサッサと歩く事にした。
そのつもりだった。
だが、直ぐに立ち止まった。
……僕は、あの暴力女のせいで、少し変わったのかもしれない。
後書きへ続く→
子供が立ち上がった。
ここに長居する必要は無いのだ。
当然だな。
……俺は何をしている。
無性に、自分の大切な子供を抱き締めたくなってきた。
俺は何をしている。
何が子供の為だ。
何が……。
彼の言った通りじゃ無いか。
俺は、大量殺人に加担した人間になるのか。
最低な親父になるのか。
もう、
もう戻れないのか、俺は、元の正しい道に戻れないのか。
唇を噛み締める。
そんな時、カチャンッと金属音が目の前でした。
それはハサミだった。
既に移動をして、少し先に居た子供がつまらなそうにコチラを見ていた。
「この銀行さ、裏側は直ぐ家になってるみたいだよ、その家と銀行の間に狭い空間があるみたいでさ」
……? 何が言いたいんだ?
「……警察も、人の自宅に入り込んでまで見張っているとは考えにくいし、今なら逃げれるんじゃない?」
俺を、逃がすつもりか!?
目の前のハサミも彼が投げた物だ。コードを切れば、ここから抜け出せる。
我が家に帰れる!!
「あ、有難う!!」
俺は元の道に戻れるのか!? やり直すことが出来るのか!?
俺の感謝の言葉に彼は反応せずにサッサと歩を進める。
ありがとう……ありがとう。