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その125.二人に大切な物がある場合……両方共大切な物を守れるとは限らない

 ガリガリと壁を削る音がイヤでも耳に入る。

 その音が背筋を寒くさせる。

 

「い〜物があって良かったよ」


 子供のあどけない声が暗闇の中に響く。


「ここはなんかの倉庫なのかな? 鉄パイプなんて物があるんだし」


 彼の持っているそれが何かわかった。

 解ってしまった。

 容易に硬い鉄パイプが想像出来てしまう。


 彼が壁に鉄パイプを当てながら歩いている姿が目に浮かぶ。



「良い武器だよね〜……」


 彼の声が、楽しそうに聞こえた。

 武器……つまりは、それを俺に振り下ろすのだ。

 子供と言っても、ある程度は成長している。

 多少の力で振り下ろせば、簡単に骨は折れるだろう。


 唇が震える。

 寒くも無いのに歯がガチガチと音を鳴らした。

 怖い……何十と年が違うであろう子供が怖い。


 子供もクソも無い。

 震えながら、ポケットの拳銃を取り出した。

 構えながら暗闇を見渡す。


「拳銃? 何処にいるかも解らない人間に当てれると思ってんの?」

 完全に見えている口調で、嘲笑うかのように。


 唇を震わせながら、悲痛のような声を漏らす。


「お、俺は君に危害を加える気はない! 大人しく捕まってくれればいいんだ!」


「……」

 俺の言葉に、闇の中で沈黙が流れた。

 もしかしたら考えてくれているのかもしれない。

 追い討ちの様に言葉を繋ぐ。

「命は保障する! 今ならまだ間に合う!!」

 

 彼はきっと降伏する言葉を考えているんだ。

 そう思うとホッと安心した。

 だが、暗闇から返って来た言葉は違った。



「ふざけるな」



 明らかに怒りを込めた言い方。

 殺気を感じた気がした。


「お前等が僕に何をした?」


 淡々とした言い方に、怯んでしまう。

 怯みつつも慌てて言葉を返す。


「だ……大体! 大人しくしていればいいのに君が行動を起こすから!!」


 ……やってしまっただろうか、慌てて言い返した言葉は、まずかったかもしれない。


「……確かに、そうだよ」

 しかし、暗闇から帰ってきた言葉は違った。

 否定では無く、俺の言葉を肯定した。

 少し予想外だった。

 子供だったら感情的に言葉をぶつけてくると思っていた。

 だが、この子は大人の様な物言いだ。


「そうだ、僕にした行為は仕方が無いかもしれない」

 何か落ち込んだように声のトーンが落ちた気がする。


「……だけど」

 そこで一度子供は区切った。


「お前等は……あの子に何をした」

 怒りを込めた様な物言いに変わっていた。

 先程までとは違い、今度こそ子供の様に感情を込めて。




「あの子に何をした!! 僕はユルサナイ!!! あの子を汚そうとしたお前等をゆるさない!!!」

 叫ぶ様な怒りの言葉。

 俺の心にその言葉は突き刺さる。

 

 『あの子』


 あのストレートな髪の綺麗な女の子の事だろう。

 彼女はきっとこの子供と親しいのだ。

 親しい人間が目の前で汚されそうになった。


 拳銃を頭に押し当てて叫んだ、あの時の彼の姿を思い出す。


 俺は何をしている。

 この子は、こんなにも必死なのに……。

 無意識に、構えていた拳銃がゆっくりと落ちていく。


 

 しかし慌てて頭を振る。

 そうだ、俺には子供が居るんだ。

 育てなきゃ行けない子供が居るんだ。


 仕方が無い……仕方が無いんだ。

 自分に言い聞かせて、おろしかけていた拳銃を再び構える。


「……それで良いよ」

 暗闇から聞こえる子供の声は、元の大人びた声に戻っていた。


「変に偽善なんかするなよ、アンタは悪党の行いをしたんだ……だったら悪党を貫けよ」

 言い返す言葉が無い。

 子供だからという理由で、助ける事を考えてしまっていた。

 あの子供は……覚悟を決めていたのだ。

 

 なんで、その年で覚悟を決められる。



 俺だって好きで悪党をしているわけでは無い。

 お前に、何が解る。


 沸々と沸く怒りを抑えつつ足を一歩前に出した。

 その時、ズルッという擬音が聞こえそうな程に、足が滑った。


 「うっわ!?」


 間抜けな声と共に派手に転んだ。

 腰を思いっきり床に打ち付ける。

 この年で腰を痛めるのはキツイ。


 床が異常なまでに滑るのだ。

 手を付こうとしても、その手が滑って再び床にぶつける。

 それを何度も繰り返し、完全に困惑していた。

 

 滑る度に、体に何かが巻きついていく事に気づいた。

 体の身動きが取れなくなって行く。

 もがけばもがく程、体に何かが巻き付く。

「な、なんだコレ!?」

 

 冷静でいられないでいた。

 暗闇の中、必死で手足をバタつかせた。


 慌てている時、ふと冷静に戻った。

 今、子供にとっては絶好の機会だろう。


 身動きの取れない俺の頭に、鉄パイプを振り下ろせば良いだけなのだから。


 顔が真っ青になったのが自分でも解った。


 死ぬ。

 

 先程の子供の『許さない』と言った言葉を思い出した。

 あの怒りを込めた言葉を。


 殺される。


 そう思った時、突然光が目に入ってきた。

 電気が付いたのだ。

 突然の眩しさに、強く目を瞑った。

 数秒後にゆっくりと目を開く。


 暗闇になれてしまった目を凝らして真っ白な世界を見つめる。

 時期に慣れてきた目にまず映ったのは、俺を見下ろす子供だった。


 無表情に、俺を見つめていた。


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