その113.賭けた物は僕自身の命
手が震える、汗が顎を伝って落ちるのを感じた。
銃口は今も僕の頭越しに突きつけられている。
「答えろ、ガキ、お前は何をしている」
男の冷たい声が、僕の身体を縛り付ける。
震えるしか出来ない弱い僕の様な人間は、ひたすらに震えるのみ。
手に持つ針を落とさない様に必死で指と指で掴む。
落ち着け、考えろ。
非力な僕が出来る唯一の武器だろうが!
考えろ!
目を閉じる、そして、2度3度息を吐いてから前を見る。
僕の後ろを睨みつける縁が居た。
歯を食い縛り、今にも掴みかかりそうな程に。
だが、縁は動かない。
彼女は『我慢』をしている。
僕の言った言葉を理解してくれたから。
他に犠牲が出るのを嫌ったから。
……ならば、僕も『我慢』だ。
恐怖なんざ所詮人間の本能の一つ。
『我慢』すれば良い。
僕も縁を見習う様に歯を食い縛る。
震えは……弱くはなった。
全ての恐怖を我慢する事は、流石に無理そうだが。
口を開ければ問題無い。
縁を見ていると、不思議と勇気を貰っている様な感覚になるのは気のせいかな……
イヤ、気のせいなんかじゃ無いんだろうさ。
「見て解らない? この人を助けてるんだ」
挑発する様に、出来るだけ敵意を見せる。
この男の注目を全て僕に捧げるんだ。
助かる見込みが有ると解れば、この中年男性に止めを刺す可能性だってある。
死に掛けの人間程、人質達の見せしめになる。
そして、殺し易い。
男が後ろで、鼻で笑った気がした。
「なんだ、ソイツはお前の親父か? 友人かぁ? 他人の筈のどこぞの中年を助ける気か?」
……? なんだ? この男は? 楽しんでんのか?
「五月蝿い(うるさい)……アンタには知ったこっちゃ無い、僕がやりたいからやってんだよ」
素早く、短決に言ってみせる。
「おいおいおい、お前さ、頭吹っ飛びたいの? 吹っ飛びたいなら良いけどよ」
銃口が更に僕の頭に強く押し当てられた。
……怖くない、怖くない、怖くない!
「良いの? 人質が死ねば、警察が特攻する可能性は高いんじゃない? 出来るだけ人質は丁重に扱えよ、そんなのも解らない低脳? アンタの頭ん中こそ一回吹っ飛んだ方が良いんじゃない?」
周りの空気が凍ったのが解った。
銃を突きつけられている状況で、
ここまで敵意を向けていれば周りからすれば見ているだけで末恐ろしいだろうさ。
だが、僕は見ているだけで無く、その状態なのだ。
恐ろしいなんて物じゃない。
これは賭けだ。
この男は明らかに、覆面の銀行強盗共と違う。
リーダーと思われる男。
コイツは頭が良い、筈だ。
瞬時な対応が素早かった。
覆面の男たちだけで無く、僕達人質達に対してもすぐに命令を放っていた。
この男は、頭の回転が速い。
だから絶対に撃たない。
無駄に弾を減らす事、人質が減る事にメリットが無い事が解ってるなら絶対に撃たない。
脅しで撃つ事はあっても、それは中年男性を撃った事でこと足りる。
よって、僕が撃たれる事は無い……筈。
撃たれる可能性が低いのならば、確実に僕だけを標的にさせる。
撃たれた中年男性を標的にさせない様にする。
だが、周りに対する脅しの扱いとして僕が殺される可能性だって捨て切れない。
これは、僕自身の命を賭けている。
僕としては……これ以上のチップは出せないんでね。
「……クク」
男の微かな笑い声が後ろからした。
「この状況で良くもまぁ、舌が周るなぁ……ああ!?」
その言葉と共に、僕の頭に衝撃が走った。
「へーじ!?」
縁の悲痛な声が耳に入る。
君は絶対に動かないでくれよ?
頭に強烈な痛みが走る。
何か硬い物で殴られたのが解った。
銃のグリップの下の部分だろうか? 成る程、そりゃ痛い。
だが僕はそこで倒れる事はしない。
未だに糸を全て通しきっていない。
ここで針を離すわけには行かない。
「へぇ? 痛くないのか?」
男の楽しそうな声が後ろから聞こえる。
クッソ……強がれ、弱い所を見せるな……!
「あ……生憎こちとら、この程度で痛がってたら何処ぞの馬鹿に付き合ってらんないんでね……」
震えが強くなる。
痛みで恐怖が一気に増えたのが解った。
唇を噛み締める。
額から熱いものが流れたのが解った。
血……。
目に入らない様に袖で拭う。
ッチ……どんだけおもいっきり殴りやがったんだよ。
「取り合えずよォ……そいつがジワジワと死ぬ所を他の奴らに見せつけるつもりだったんだぜ?」
クソが、やはり人質たちの脅しも兼ねてたか。
「そいつが助かったら意味ねーんだよ、だから今すぐやめろ、それともお前が見せしめになるか?」
後ろでカチャリッという金属音が聞こえた。
僕の背筋に寒気が走る。
拳銃のトリガーを引きやがった……。
後は引き金を引けば僕の頭は簡単に吹っ飛ぶ。
落ち着け……落ち着け!
「こ……この男性を生かせば、アンタ達のメリットにもなるんだけど、それでもこの男性や僕を殺すか?」
その言葉で、後ろの男の空気が変わったのが解った。
「っは! 俺達にもメリットだぁ?」
「ああ……」
しばしの沈黙が流れる。
「何だよ、言ってみろ」
食い付いた!!
スルーされるかと不安だったが、食いついてくれた。
自分たちに有利になる条件を期待している。
これが賭けである事には変わらない
言葉の選択を見誤れば、今度見せしめになるのは僕だ。
他人の命の為に自分の命をチップにするなんざ……本来の僕ならしないんだがな。
文系が、理系になるのがこんなにシンドイとは……orz
高校文系なのに大学は理系(TT)
なんでこうなったんだァァ。。。