その110. 力の有る君が出来なくて、力の無い僕が出来る事
「この……クズが……」
低い声が直ぐ隣でした。
見なくても解る。
縁が怒り狂っているのだ。
縁の方を見ると、血走った目をしていた。
立ち上がろうとする、縁の腕を再び取る。
縁がまたも腕を払った。
「何で止めるのよ……」
低く、小さくそう言う。
縁の大きな瞳が僕を睨み付ける。
まるで、裏切られた様な顔だ。
裏切ったつもりは無いけどさ。
「アタシが全員やっつけたら良い話じゃない!」
小声だが、縁はハッキリと僕に向けてそう言う。
確かに、縁なら銃が相手でも勝てる可能性は、あくまでも、であるが、存在する。
彼女の潜在能力は計り知れない。
だが、違う。
僕が言いたいのは、
『そうじゃない』
「止めないでよ! 悪は目の前にあるのよ!」
その言葉で、僕の中で、何かが切れた気がした。
……この、馬鹿女。
僕は思いっきり彼女の胸倉を掴むと顔の近くまで引き寄せた。
縁は、先程の強気な表情から、驚いた表情へと変わる。
貧弱男の僕が、突然胸倉を掴んできたのだ。
そんな事をするとは思わなかったか?
目の前にある、驚いた表情で目を見開く縁を睨みつける。
「おい、ヒーロー(正義の味方)……」
自然と僕の声も低くなっていた。
自分でも驚く程に、声色が変わっていた。
縁の喉元が小さく動く。
唾を飲み込んだのが解った。
「君は、悪役を倒す為のヒーローか? それ共守る為のヒーローか?」
縁は目をパチパチと動かす。
理解出来ないか?
僕は促すように視線を周りに向けた。
縁も、それに答えるかのように周りに視線を向ける。
周りには、すすり泣く子供、年老いた老人。
恐怖で嗚咽を漏らす女性も居る。
泣いている友人を慰めている制服姿の女子高生。
大勢の、僕たちと同じ一般人は不安の表情を見せている。
強盗の数は五人とは云え、全員が銃を持っている。
縁が強盗を倒しに行けば、銃は必ず使われる。
これだけの人数だ。
その銃の流れ弾が、大勢の一般人に当たらない保障は無い。
周りに向けた視線を再び縁に向ける。
「理解出来たか」
再び低い声で縁に同意を求める。
僕の言葉に、同じ様に視線を戻した縁は、俯いたまま、「うん……」と小さく答える。
理解してくれたようだ。
僕は、そっと手を離す。
縁の服に薄くシワが残ったのを見て、悪い事をしたか、と、そんな言葉が脳裏に過ぎった。
縁は暗い顔で、俯いたままペタンっと小さく座りなおした。
怒りを込めていた表情は、今度は悲しそうな、辛そうな顔になっていた。
自分の力で今の状況を打破出来ないのが、そこまで辛いか。
縁の視線が、チラッと撃たれた中年男性の方を向いた。
すすり泣く周りの人達を見て、慌てて視線を逸らす。
キュッと唇を悔しそうに噛み締める。
この子は……この子なりに助けようとしてたのだ。
今迄の様に力で助ける事が出来ないのだ。
そら悔しいだろうさ。
しかし、大分落ち込ませてしまった……。
だが、流石にこればっかりは仕方が無い。
目先で突っ走る彼女を、僕は止めなくては行けない。
彼女を守る、と、僕は決意したのだから。
貧弱で、対した事は出来ないけれど、
取り合えず、これ以上この馬鹿女が落ち込まないように……。
助けれるのは助けておくか。
君に出来なくても、僕に出来る事が今ある。
僕は血を流している中年男性へと近づく。
顔色が悪い……大分血を流しているな。
僕は上着を脱ぐと、中年男性の血を流している部分に押し当てた。
出血が続いている。
血が出ない様に無理矢理抑える苦肉の策だ。
「っぐぅ……!」
痛みが走ったのだろう。
眠っていながらも苦しそうな声を漏らす。
「何をするんだ!!」
一人の銀行員の男性が声を荒げた。
何も知らないのだからそう言うのは無理も無い。
だが、知らないのなら説明するしかない。
「この人を助けたきゃ、僕の言う通りにして欲しい」
僕の言葉に、全員が困惑した表情を見せた。
僕は尚も続ける。
「客の中から医療系の物や、包帯になる物とか何でも良いから持ってきて」
そこで一旦区切って、中年男性の傷口を見る。
弾が、中に残ってる……。
貫通していない。
「針と、消毒薬、ライター、簡単なナイフみたいな物があったらそれも欲しい、こんだけ居るんだ、直ぐに揃うと思う」
未だ困惑する銀行員達。
僕はその場で大きく溜息を付いてみせる。
「この人を助けたいなら一分一秒が命取りになるよ」
その言葉で、やっと銀行員達は散り散りに動き出した。
そんな銀行員達を目で追っていると、偶然こちらを見ている縁と目があった。
ポカンっとアホ面を見せている。
「何?」
取り合えず、聞いてみる。
「え、あ? 別に……」
慌てて視線を逸らす縁。
なんだ? まぁいいや。
「縁」
僕は小さな声で彼女の名前を呼ぶ。
「え、あ、は、はい!?」
何をそんなに驚いてるんだ……君は。
しかも何か敬語になってるぞ、まぁ良いけど。
「こっちを抑えて」
君の馬鹿力が役に立つ時が来るとはね……。
力ででもいいから無理矢理血を止める。
このままじゃこの人は確実に死ぬ。
「は、はい」
だからなんでいきなり敬語?
慌てて縁は近づくと、僕と対峙する形で中年男性の胸を服の上から押さえた。
「良し……そのままで居て」
抑えている傷口を離す、一旦そこは縁に任せる。
中年男性の顔色を確かめる為だ。
瞑っている目を開いて瞳孔を確認する。
再び、ポカンっと口を空けている縁と目が合う。
だから何?
僕の訝しそうな視線で、縁は慌てて口を開いた。
「な、なんでそんなこと出来るの?」
そんな事、っと言うのは、多分僕の今の行動だろう。
まぁ……普通の人はこんな事しないわな。
というか言ってなかったっけ?
「一応……医者の息子だしね」
ヤブ医者だったけど。
学校の帰り道。
車に轢かれました。
怒られました。
自転車が壊れました。
涙が出ました。
500円拾いました。
喜びました。
壊れた自転車を引っ張りながら帰ろうとしました。
前から人が。
「ここらへんで500円落ちてませんでしたか!?」
涙を呑みつつ500円を返しました。
「ありがとうございます!」
お礼を言ったかと思うと速攻で走り去っていきました。
手の中に500円玉の感触が残ってました。
悲しみつつ壊れた自転車をひきづって帰ろうとしました。
信号に気づきませんでした。
車に轢かれました。
怒られました。
自転車が唯のガラクタになりました。
泣きながら徒歩で帰りました。
そんな日常。
悲しいけど……これって実話なのよね。
だけど、轢かれてもピンピンしてる私は丈夫に生んでくれた親に感謝。