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その9.名前を知ると、他人としての境界が薄れる事に気づきました

「じじし実はプリンは好物ですぅぅ!!」

 慌てて、ビニール袋からちっこいプッチンプリンを取り出した。

 女の子はフン!と不満気に鼻を鳴らす。

 こ……この子疲れる……。

 まぁ、さっき言ったのは嘘なのだが、僕は甘いものが別に好きでは無い。

 反射的に、恐怖で勝手に口に出たのだ。

 女の子の視線を無視してビニールを再び弄る。


「あれ?」

 スプーンが入っていない。

「あのー……」

 怖いが食いようがない、仕方無い。

「何?」

 まだご機嫌斜めですか、ゴリラ女。


「スプーンは?」

 一瞬の間。


「無しで食え」

 それは無いだろ。

「無理でしょ」

 馬鹿ですか?

「無理じゃないでしょ、プッチンなんだからそのままいけるでしょ」


 は?

「意味がわかんないんですけド……」

 あ、今イラッて顔した。

 無言で僕の手に持つプッチンを奪った。

 え? それ僕の為に買ったんじゃ。

「見ててよ」

 そういうとニヤッと笑った。

 プリンの蓋を開ける。

 口を上に向けて、右手に持つプリンを逆さにして口の真上に。

 左手でプリンの裏の取っ手?を倒した。

 丸々プリンが落下する。

 女の子の口に吸い寄せられるように落ちていく。

 パクッという擬音が聞こえそうな程にタイミング良く。女の子の口が閉じた。

 口を膨らましながら、僕に向かって目を光らせた。

 嫌、どうよ?って顔されてもさ。

 馬鹿だよ、馬鹿のやる行動だよ。

 何で自慢げにしてんのさ。

ハムスターのように頬を膨らました状態でどや顔されても……


 ンクッという小さな音と共に口の膨らみが消えた。




「どうよ?」

 口に出して言いやがった。


「馬鹿だね」

 即答。


 そして即答と同時に出された顔面グーパンチ。


「へぶ!?」

 また変な声が出た。何かホントどうでもよくなってきた。

 女の子がその場で溜息を付く。


 溜息を付くのは僕の方ですが……。


「普通さぁ、女の子に馬鹿とか言う?」


「じゃぁ言うけど女の子はそんな豪快なプリンの食い方しないから」


「ここに居るじゃん」


「黙れゴリラ」


 顔面にワンツーパンチ。

「あべし!?」

 またやってしまった。

 何故口に出るんだ僕。

「あんた変ってるね、貧弱男」


「……君もね、暴力女」

 

 拳は飛んでこなかった。


 言い合いの後に沈黙が続いた。

 暴力女は正に上の空と言う風に宙を見ている。

 何気無く、女の子が最初に口を開いた。

「アタシ、『縁』(ゆかり)」


「は?何?」

 突然何だ?



「名前、こーゆー字で書いて、ゆかりって読むんだ」

 ゆかりと名乗った女の子は空中で縁の字を書いて見せた。

 上の空だった少女は僕の方を見る。

 促すように。

「……『へーじ』」

 縁の様に字を書いてみせたりはしない。

 名前を何で教えあわなきゃならない?

 友達ごっこかい?

 僕は立ち上がった。

 下から見上げる縁の目線を感じた。


 縁に背を向けて歩き出す。

 病院の出口に向かって。


「待ってよ、へーじ」

 いきなり呼び捨てですか。

 めんどくさいけど一応振り向く。

 縁も立ち上がっていた。


「帰るの?」


「当たり前でしょーが、もう用も無いしね」

 そこで思い出した。

「君ももう起きてんだし、帰っていいでしょ?」

 また理不尽な暴力が来ると思い、目を瞑って慌ててしゃがみ込んだ。

 だが幾らたっても暴力は来なかった。

 恐る恐る目を開ける。

 縁は怒った顔をしてはいなかった、代わりに何処か複雑な表情をしていた。

 縁は口を開いて、そして閉じた。

 それを何度か繰り返していた。




 よく解らない動作に咄嗟にマイナス的なことを考えてしまう。

 まさか、本当に家まで送れ!とか言わないよね。

「あのさ」

 縁は一直線に僕を見た。


「正義ってどう思う?」


 ……、またガキな発言を。何を思ってそんな発言したかは知らないが……

僕の嫌いなフレーズをどう思うかと言われてもな……


「君はどう思うのさ」


 僕の発言に縁は嬉しそうに笑った。

 なんか腹立つ。

「人として大切な事だね!大切な事!」


「違うね、唯の人間の自己満足だろ」

 自分でも驚くほどに素早く即答していた。

 縁も息の詰まった様な驚いた顔をしてみせた。


まさかそんな事を言われるとは思っていなかった。

というような表情だ。

 その表情に、僕の中のイライラを高めた。



「『そうだね』とでも言って欲しかったかい?馬鹿馬鹿しい」

 縁は驚いた形で固まっている。

 何故、驚いているか理解に苦しむ。

理解する気も無いけどな。

 そこで、ッハ、と我に返った。

 何を熱くなってるんだ? 僕は。

 僕は固まっている縁をそのままにして背を向けた。


帰ろう。


何かこの子にあってから僕は妙におかしい。


これ以上自分が変になる前に帰ろう。

 もう会うことも無いだろう。

 バイバイ暴力女。


「違う!」


 廊下内に暴力女の声が響き渡った。

 後ろを向いていたので、当然僕のマイハートはドッキンコ。


 慌てて振り向いた先に、当然縁が居る。


 怒っていると思っていた縁の表情は、以外に怒ってはいなかった。

 一直線に僕を見据える2つの瞳。


 ……。 その瞳は汚れを知っているのだろうか?

 君は汚いものを見たことが無いのかい? それとも、見ない様にしてきたとか?


 容易く正義を口に出来る君が何をしっている?


 違う、と叫んだ縁に向かって言い知れない憎悪が立ち込めた。





 敵意を向けているというのに、縁は真正面から僕を見据えていた。

 僕も、縁を見据えた。

 縁と違うのは、一直線に、睨んだ。


 僕はハッキリと敵意を向けていた。

 自分でも驚く程に自分の気持ちが解った。

 僕はこの女が嫌いだ。

 正義だとか、馬鹿みたいな事をほざくガキが。


 これ程までに敵意を向けているというのに、縁は笑った。

 笑顔を向けながら、やれやれ、といった具合に首を左右に振った。

 僕の方がやれやれなんですが。

「あんたは正義を知らないんだね」


 何を言い出すんだ、この女は。

 僕の思いも知らずか、縁は笑顔を向けていた。

 僕はというと、未だに睨んでいた。

 この女は僕が敵意を向けているのに気づいていないのか?

 気づいているのなら、そんな笑顔を僕に向けれるはずが無い。


 やっぱり馬鹿なのか?


 軽く頭でそんな事を考えていると。

 縁が、僕に向けて手を伸ばした。


 その手は指し伸ばす様に向けられていた。


「何のつもりだよ……」

 自分の声に憎しみの様なものが込められている気がした。

 しかし、正義と発言をしただけで何故にこんなにもイラつくんだ?

 正義という言葉は確かに嫌いだが、いつもの冷静さを無くす程の事は無い。


自分でもいまいち解っていなかった。


「あたしが教えてあげようか?」

「何をさ」


素っ気なく返したのに嫌な顔一つせず、それどころかニコッと可愛らしく笑いかけて見せた。

…ムカつく筈




 馬鹿馬鹿しい。

 差し伸べる手を無視して踵を返した。

 無言で廊下を再び歩き出す。

 

 突然、後頭部に衝撃が走った。

「ッブ!?」

 噴出しながら前のめりにぶっ倒れてしまった。

 い、痛い!

 油断していたァァァ……!!

 ビニールで包まれた2リットルのアクエリアスが目の前に転がっていた。

 凹んでる、頭の衝撃はこれか。

「忘れもん」

 後ろから声がした。

 だったら手で渡して下さい。

 下手したら死にますから。

 ビニール袋を掴むと、振り返らず再び歩き出した。

 数歩歩き出したところでまた声がした。


『……またね』


 何処かで聞いた事のある言葉。

 僕は返事をする事無く、歩き続けた。





 病院の玄関から外に出た。

 冷たい空気が頬を触れる。

 空を見上げると、黒かった夜空は青みを帯びていた。


 ……え゛?


 いくら2回気絶したつっても、そんなに寝てましたか?

 冬は、早朝でも夜と解らないぐらいに暗かったりする。

 つまり、青みが掛かっているという事は、2時3時では無い。

 慌てて、ポケットから携帯を取り出す。


5時50分


「どないしよう」

 等と関西弁で零して見る。

 再び携帯の画面を見ると、端っこに封筒のマークが在った。

「……?」

 誰かからメールが来ていた様だ。

 新着メールを開いてみる。

 4件も来ている。

 多い。




2:10

Re;姉より

[連絡をよこす事]


2:50

Re;・・・。

[喧嘩を売っていますか?]


3:30

Re;(怒)

[5分以内に連絡をよこさない場合、それなりの対処を覚悟する様に]


5:10

Re;無題

[殺す]


「……どないしよう」

 もう一度関西弁。

 そういえばこんな身近にもゴリラ女が。

 少し前に死ぬ一歩手前だったのに、再びですか。

 しかも一日で続けて「殺す」と言われるとは……。

 不幸の連鎖は続く様だ。

 大きく、大きく溜息を吐く。


 誰も居ない町をゆっくりと歩き出す。

 右手に持つビニール袋が重い。

 そういえば、

 あの女の子はこんな遅くまで僕を待っていたのか。

 ビニール袋に入っている2リットルのアクエリがチャポチャポと揺れている。

 メロンとプリン(プリンはあまり意味無いけど)が無くなったせいか、先程よりかは少し軽くなっていた。


 薄明るい夜空を見上げながら、ふと思う。

 縁の手を握れば何かが変わっていたのだろうか。


 縁が僕に何を教えようとしたかは知らない。知りたくもない。


 だけど。


 少しぐらいお礼を言っておいても良かったかな。

 久しぶりに感じた罪悪感という感覚。

 あの子は何なんだ?

 何時もどおりの僕じゃない気がする。

 だが、もう会う事もないだろう。


 あの子は赤の他人だ。


 『またね』と言った縁が再び頭の中に浮かんだ。



 だが、僕の考えは甘かった。

 これから、あの子と再び出会い、様々なトラブルに巻き込まれていくとは、夢にも思わなかった。


 僕とあの子は、再び出会う。

 肌寒い夜空に身震いしつつも、僕は心の何処かで願っていたのかもしれない。

 あの変わった女の子に出会うことを。




ここまで読んでくださった方、ありがとうございます。

突然ですが、私はもう一つの小説、アウトサイダーを書いておりまして、

アウトサイダーは本文が無駄に長かったりする事がよくあるわけで、

その度に更新の遅さが半端じゃなかったりします。

ですので休載状態というわけでは無いのですが、やはりそう見えてしまうので休載で無い様にする為に『暴力熱血女と貧弱毒舌男』を書かせて頂きました。

こちらの小説は1,2日に一度は短くても更新したいな。と、思っておりますので、ちゃんと居るよ〜というアピールみたいな違うような…

そういうわけで、よろしければこれからもお願い致します。


どうでもいいですが、作者は1週間に一度は轢かれます。

本当にどうでもいいな…



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