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短編集 冬花火

天への切符と愚者の罪

作者: 春風 月葉

 罪を犯した愚者は、地に繋ぎとめられ天国に行くことができなくなってしまうらしい。

 だから私は残り少ない命を燃やし、一つの罪を犯した。


 妻と私の平凡で幸せな生活に終止符を打ったのは私の抱えた肺の病だった。

 病の発見が遅く、助かる見込みはないそうだ。

 自宅の布団で眠りたいなどと私が病院の白いベッドの上で思っている間も、妻は私のために尽くしてくれた。

 医師が私と妻に私の余命を告げた。

 多く見積もっても一か月程度だそうだ。

 妻は涙を流した。

 私は彼女を抱きしめた。

 強く、優しく抱きしめた。

 妻はよく私のもとを訪れてくれた。

 彼女は替えの服や果物なんかを度々持ってきては外の話をしてくれた。

 私は彼女を見るたびに、彼女を置いて逝きたくはないと、そう思った。

 死の宣告より二週間が過ぎた。

 妻が私のもとを訪れる回数は少なくなり、医師も私を診にくることが減った。

 私は病院の白いベッドを抜け出し、薬臭い白い建物を抜け出した。

 病院から少し歩いた先の小さな公園、滑り台に座る一人の少女、他に人の気配はなかった。

 私は彼女の手を力の限り引っ張り、公園のトイレの裏にあった茂みの木の一本に羽織っていたシャツで縛りつけた。

 私は罪を犯したのだ。

 私は己の身にきたる死を感じ、罪を犯した。

 私はこうすることで死んでもこの地に残り、妻を見守りたかったのだ。

 たとえそれが天国への切符を捨てることになろうとも、妻を置いて空へは逝けなかったのだ。

 少女には悪いことをしたと思っている。

 しかし、私には罪が必要だったのだ。

 私は死んだ。

 少女を縛りつけた後、力尽きたように肺が動きを止め、その場で死んだのだった。

 私は晴れて地に繋ぎとめられた。

 そして私は見ることになる。

 私が消えた後の妻の生を。

 病室に妻は来なかった。

 私の罪と死が発覚したことを妻が知ったのは私以外の男の家のベッドの上にいるときのことだった。

 彼女は別段悲しそうな表情を浮かべるわけでもなく、まるで人事のように電話をしていた。

 その口元は笑っていた。

 しかし、私の罪の話を聞くと急に青ざめてカチカチと口元を震わせた。

 そのとき私は、彼女の中の私という存在がどれだけ薄っぺらいものなのかを知った。

 そしてそれからも私は見続けた。

 妻の一生を…、壊れ、痩せ細り、心をも失った哀れな女の一生を…。

 私は見続けるのだ、もう天には逝けない。

 こんなもののためにその切符を捨ててしまったのだから。

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