狼さんと決意?
フラムが腕を組み、見下ろしてくる。
「そのような瑣末なことを気にやむ者などお主ぐらいじゃ。」
いや、かなり重要なことだと思うのだが、人生を変えてしまうようなことだぞ?本人の意思が一番重要じゃないか。
「だいたいこの若造は元から妹を助けに行くつもりだったのだろう?
そんなやつに良いかと聞いて返ってくる答えなど分かりきったことじゃろうに。」
「あぁ、俺は里の連中のことはどうでも良い。ファルンを助ける、そのためならどんなやつの手だって借りるさ。」
……そういえばさっき、我先にと助けに行こうとしてたな、こいつに聞いても意味がないじゃないか。
『そうだな……じゃあ、あの娘は助けてほしいと思っているだろうか?できれば兄としての意見を――』
「ええい、本当に面倒なやつじゃ!やると決めたのだからさっさとやらんか!
何故ここまで来てぐだぐだ言い始めるのじゃ!」
フラムが地団駄で地面がグラグラと揺れる。
青年が青い顔でフラムに話しかける。
「りゅ、竜帝様、どうか怒りをお鎮めください。」
「別に怒っとるわけじゃない、ただこやつの煮え切らなさが癪に触っただけじゃ。」
『怒ってるじゃないか。』
「誰のせいだと思っとるんじゃまったく……まさかとは思うが、お主助けに行った先で女子にもそれを聞きはせぬよな?」
『……ダメか?』
「ダメに決まっとるわい!」
そうか……ダメなのか……。
いや、確かにそんなこと聞く暇はないと思うが、やはり始めてこんなことをするとなると色々と緊張とかがすごい。
「お主言う割に随分と余裕あるの……。」
『そうか?だいぶ緊張しているのだが。』
「感情が薄いやつじゃの……。」
『顔に出づらいだけだ。』
「確かに狼の表情の違いは分からんの。
いや、今はそんなこと考えとる場合ではない。
お主のよく分からぬ考えは置いておいておいて、その女子の連れ去られた場所は分かるのか?もう随分遠くに行ってしまったのじゃろ?」
『それに関しては大丈夫だ、海の向こうと言っても大まかな位置や状況は分かる。
ちなみに今はまだ海の上を移動しているようだ。』
「まだファルンはまだ生きているんだろうな⁈」
『あぁ、反応があるのだから生きているだろう、弱まった感じもしない。
行き先は……島に向かってるな。』
「島と言うと大陸を囲っとるあれじゃな、結構な数があったと思うがどれだか分かるのかの?」
『まっすぐ向かってるようだからどの島かは分かる。』
というか俺のよく知っている島だ、ワイバーンがたくさんいるあの島である。
『問題は移動手段だが……俺とフラムは行けると思うが、お前はどうするんだ?』
青年に聞いてみる。
俺らが運んでもいいのだが俺は人を乗せたことなどないし、フラムも多分同じだろう、途中で落としたらシャレにならない。
「……お、」
「『お?』」
「お、泳ぐ?」
真面目な顔で何を言っているんだこいつは。
『何キロあると思ってんだ。』
「仕方ないだろう!本来ならファルンが連れ去られる前にどうにかするつもりだったんだ!」
『じゃあ残るか?』
「いや、ファルンを助けるというのに俺が行かないわけには行かない。」
『じゃあ、俺かフラムの背中に乗るか?』
「ちなみに安全性なら儂の方が上じゃと思うぞ。」
俺の背中は危険だというのか。
確かに背に乗った人を気にかける自信はないが。
「竜帝様の背中に乗るなど……。」
『じゃあ俺の背中になるが。』
青年は疑わしげ視線を飛ばしてくる。
まぁ俺の見た目は普通の狼だし、それの背中に乗って海を渡るとなれば不安だろう。
「ふむ、我が友の背中では不安か。
よかろう、儂が許可する、儂の背中に乗るといいのじゃ。」
「えっ⁈」
『いいのか?』
「別に儂は良い、不敬だとも思わぬしの。
むしろお主の背中に乗せるのは不憫すぎる。」
『不憫とはなんだ。』
「言葉通りの意味じゃ。
で、どうする?乗るならさっさとせい。」
青年は少し逡巡していたが、意を決したように首を縦に振った。
「……お願いします。」
「よし、ならばさっさと乗るのじゃ。
友よ、お主は先に行って良いぞ、儂らは後から追いつくからの。」
『分かった。
まっすぐ向かうから、その方向にきてくれ。』
「うむ、承知した。
それとな、儂らのことは気にするでないぞ、お主は生贄の女子を助けることだけ考えておれ。」
『分かったよ、そいつのことは頼むぞ。』
フラムは俺が知る中でもだいぶ強い方だ。青年一人ぐらいなら任せてもいいだろう。
「……なぁ、聞きそびれていたんだが。」
走り出そうとしたら青年が声をかけてきた。
『なんだ?やっぱ助けは要らないとか言うなよ?』
「そんな今更なこと……お主じゃあるまいし……。」
フラムが何か言っているが分からない。
「違う。だけどそうだな、その助けについてかもな。
……なんで俺たちにそこまでしてくれるんだ?」
『フラムに説得されたからじゃダメか?』
「そう言ってる時点で違うんだろ……正直なところ俺はお前信用出来ないんだ。
本来魔物は人を害するものなのにお前はまるで逆のことをする、それが逆に信用出来ない、もしかしたらファルンを食いたいと考えているとかな。」
く、食いたいって……俺の心証はそんなにひどいのか……?
……いや、今の魔物に対するイメージはそんなものなのかもしれない。今の世の中はだいぶ殺伐なのかもな。
理由……理由か……。
『ちょうど良かったから……か?
そんな感じだよなフラム。』
「いや、儂に聞くでない。」
「ちょうど良かった……?何がだ?」
『引きこもり脱却のかな。』
「はぁ?」
『あるだろう、このままじゃダメだと思ってもなかなか止められないということ。
俺の場合それが引きこもり脱却で、お前らがちょうど良くピンチで、尻込みしているのを友達に押されて……といった感じだな、お前らを助ける理由は。』
「そんなことで命をかけるのか?」
『俺にとっては重要なことだったんだよ。』
青年は明らかに納得していない。
本当に重要なんだけどな、死因:退屈で死ぬぐらいには深刻だったのだが。
「うむ、信用出来ぬとは思うが我が友の言っとることは本心じゃよ。
なんせこいつは儂よりも、遥かに歳食っとるしのう。」
フラムが言うと青年は目を見張る。無理もないか、俺だって自分の年齢が信じられない。
数百世紀生きる生物ってなんだ、細胞の寿命どうなってるんだ、ファンタジーなこの世界で言っても仕方ないが。
『まぁそんなわけだ、信用出来ないのは分かるがひとまず任せてくれないか?』
「……分かった、任せる。
だがファルンに危害を加えるようだったら容赦なく射るからな。」
『構わない、害するつもりはないしな。』
「終わったかの?ならばさっさと出発じゃ、長居しすぎとるわ。」
確かに話しすぎた、ここまで言っておいて間に合いませんでしたなんて間抜けすぎる。
『じゃあ後でな。』
二人にそう告げて走り始める。
結界を突き破り、森の中を走っていく。
あの娘の居場所はなんとなく分かる、某龍の玉を集める漫画のレーダーみたいな感覚だ。
……実は青年に言っていなかったが、助けに行く理由はもう一つだけある。
俺が今まで期待していたが無かったこと。
訳ありの兄妹と出会い、攫われた少女を助けに行く。
(この状況、まさにテンプレといった感じだ。)
人様の命がかかっているというのに不謹慎だが、俺の心は高鳴っていた。
あっという間に走り去った狼を見て青年がつぶやく。
「ファルンの結界を突き破った……?」
「ほれ、惚けてないで行くぞ、いちいち驚いておったら疲れる。」
「……竜帝様、あいつは何者なのですか?
竜帝様より長く生きているとおっしゃっていましたが。」
「言葉のままじゃよ、それと引きこもっていたというのも本当じゃ。
ただ我が友はちょいとばかり自信がなくての、それを解消するのにこの騒ぎはうってつけだったというわけじゃよ。
ほれ、早く乗れ。」
フラムが身をかがめる。
青年は羽に手をかけ、一瞬躊躇ったのち背中に登った。
「よし、振り落とされるなよ、その辺の鱗でも掴んでおれ。」
「は、はいっ、失礼します。」
背中の鱗が掴まれたのを確認してフラムは飛び立った。
友の狼の姿はもう見えない。しかし遠くに見える海の上の雲を割って一本の道が伸びている、友が向かった先はあの方向で間違いないだろう。
左右を雲の壁に挟まれながら飛んでいると背中から声がかかった。
「竜帝様、一つ聞いても良いでしょうか。」
「良いぞ、儂もただ飛んでいるのは退屈じゃからの。」
「ありがとうございます。
竜帝様はあの狼が何者か知っておられるのですか?」
「うーむ、それがなぁ、儂にもよく分からぬのじゃ。
我が友の存在を知ったのは十世紀ほど前なんじゃが、その時すでにあのような感じじゃったからのう。」
「そうなのですか……。」
それだけ言って青年は無言になった。
飛びながら友との思い出に思いを馳せていたフラムはふと思い出したように言った。
「そういえばやつに酒を飲ませた時に何かいっとうたのう、確か転生とかなんとか。」
「転生……?するとあの狼はフェニックスのようなものなのでしょうか?」
フェニックスとは高い山の頂上などに巣を作る魔物で、寿命が来ると自らの身を発火させ、灰から復活するという特殊な生態がある。
「いや、違うじゃろうな。
儂は一度も友が発火する、ましてや灰から復活するなどという現場に遭遇したことはないからの。フェニックスの寿命は長くて一〜二世紀じゃ、いくらなんでも十世紀も生き続けることはなかろう。」
「そうですか……ますます分からなくなってきたな……。」
後半の言葉を小声で言いながら青年は呻いた。
元からよく分からない存在だったのに、転生という言葉でますます怪しく思えてきているようだ。
「まぁ生い立ちが気になるのなら聞けばよかろう、我が友なら教えてくれるじゃろうしな。」
「……竜帝様はお気になさらないのですか?」
「別にあいつが何者であろうと気にはせぬよ、我が友であることには変わりないからの。
安心せい、少なくともお主の妹をどうこうしようというやつではない、儂の名に誓ってな。」
竜にとって誓いは非常に厳格なものだ、例え口約束でも己の誓いに反することは最大の恥とされる。
まして竜の頂点に立つ竜帝が誓うなど滅多にない。
「それほどまでに……信頼、なさっているのですね。」
「他はともかく強さは底知れないやつじゃ、儂など足元にも及ばん。」
「竜帝様がですか⁈」
「うむ、当の本人はそこそこ強いなどと抜かしているがな。
さて、話はここまでじゃ。少し速度を上げるぞ、舌を噛まぬようにな。」
フラムが翼から魔力を放出すると、巨体が急加速する。
そして少し狭まった空の道を雲を引きながら飛び去って行った。
お読みいただきありがとうございました。
とりあえず書いたのはここまでです、次の話が書けたら投稿します。
*1/1 少し修正しました。
*1/3 修正しました。