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とある青年の話

青年視点です。

 振り下ろされる巨大な掌をかい潜り、喉元に渾身の一矢を射る。

 放たれた矢は見事狙い通りの箇所に突き刺さった。

 苦悶の表情を浮かべるビッググリズリーの喉から鮮血が溢れ、巨体がズズーンと音を立てて地面に倒れこむ。


 近くに敵意のある気配がないことを確認して、俺――アルカルは大きく息をついた。


「お兄様、大丈夫でしたか?」


「あぁ、あの程度の魔物ならわけないさ。

 ファルンの方こそ大丈夫か?連戦だったが。」


「大丈夫です、魔力にもまだ余裕があります。お兄様が守ってくれるおかげです。」


 そう言って妹は微笑んだ。俺も思わず笑みを返す。


 俺たちは海へ向かい森を横断している。

 概ね順調なのだが、森の魔物が予想より強く、一度の戦闘が長引いてしまっている。

 さっき倒した熊の魔物はBランク冒険者パーティー二個に相当するだろう。未開の地となっている理由を痛感した。

 冒険者として活動してきた俺は問題ないのだが、今まで勉学や魔法を鍛えてきたファルンの体力がもつか心配だ。


「今日はもう遅い、ここら辺で野営することにしよう。」


「分かりました、結界を張っておきますね。」


 ファルンは、魔力を込めた札を張った杭を四角形となるように打ち込んだ。


「【不可侵の聖域】」


 呪文を唱えると杭から光が伸び、四隅で繋がりあって壁を形成した。


 本来この結界のような複雑な魔法は詠唱が必要なのだが、ファルンはどうやら魔法の才能があったらしく最後の発動のトリガーとなる呪文のみで発動させることが可能だった。


「ありがとう、ファルン。」


「いえ、これくらいしか出来ませんから。」


 ファルンは戦闘では支援魔法と目眩し程度の妨害しかできないが、その分様々な場面でのサポートをしてくれる。

 特に夜の見張りが必要無くなる結界は非常に助かる。


 枯れ木を集め、火魔法【灯火】で火をつけた。

 火の上に小さな鍋を吊るし、水と干し肉と野菜くずを入れてコトコトと煮る。

 これが旅の基本的な食事だ、妖精族(エルフ)は肉をあまり食べないが、旅では食べれる時に食べるのが基本だ。


 十分ほど煮込んだ後、器によそい、神への感謝を込めてから食べ始める。


 あの狼の家を出てから三日経った。

 当初の予定では一ヶ月強で着く予定だった、そしてあの洞窟に着くまでに一ヶ月ほどかかったので、早ければ明日、海に着けるだろう。

 それはすなわちファルンが生贄となるまで後わずかということだ。

 俺に出来ることはほぼないだろう、だがただ見ているつもりもない。里の連中の思い通りにさせてたまるか。


 俺がそう考えていると、ファルンが焚き火を見つめながら話しかけてきた。


「お兄様、ありがとうございます。」


「突然どうしたんだ、俺は何もしていないぞ。」


「いいえ、こうして私を助けてくれる事が嬉しいのです。」


 ファルンは俺を見て微笑んだ。


「私にとってお兄様は憧れです。

 亡くなったお父様やお母様の代わりに私を守ってくださいました。それでいて自身は冒険者として大成なさっています。」


 それは買いかぶりだ。俺はファルンより冒険者としての仕事を優先して長く留守にした挙句、こうしてファルンを死地へと送っている。

 これのどこが憧れなのだろうか。


「俺はそんな立派な人間ではないさ。」


「お兄様は謙虚なのですね、私はお兄様のような方の妹になれて嬉しいですよ?」


「やけに褒めるな、何も出ないぞ?」


 冗談めかして言うとファルンは面白そうに笑った。

 こんな会話をするのはいつぶりだろうか、冒険者として活動してろくにファルンに会っていなかった。この旅の始めも憤りでファルンのことを考えていなかった。


 冒険者になったことは後悔していない、だが、もっと良いやり方があったのではないかとは思う。たまにはファルンに会いに帰っていればこんなことにはならなかったのではないか。


 俺はファルンを本当に助けたいのだろうか、ファルンを放置していた罪悪感を拭いたいだけなのかもしれない。まったくひどい兄だ。


 そう自嘲していると、ファルンが立ち上がった。


「ではお兄様、お先に失礼いたします。おやすみなさい。」


 ファルンはテントの中へ消えていった。

 恐らくあの狼から貰った毛布にくるまって寝るのだろう、随分と気に入ったようだ。


 静かになり枯れ木の燃える音がやけに大きく感じる。


 ファルンのような娘には明るい未来が似合う、決して生贄にされてはずがない。そしてこうなるまで放っておいた俺には阻止する義務がある。例えそれが俺の逃避だとしても。


 俺は自分の意志を再確認してテントに戻った。





 朝日が昇り、目がさめる。

 ひんやりとした空気が心地よい、とりあえず今日も天候は心配ないようだ。


 昨夜ファルンが張った結界は未だ健在だ、あの結界は、札に込めた魔力で動くので術者が魔力を送ったり制御しなくていい。

 夜にぴったりの魔法だったのでファルンに頼み札を多めに作ってもらっていた。


 別のテントがもぞもぞと動く。

 どうやらファルンも起きたようだ。


「おはようございます、お兄様。」


「あぁ、おはよう。

 朝食は作っておくから近くの川で顔を洗ってこい、魔物がいたらすぐに知らせるんだぞ。」


「分かりました、お願いしますね。」


 ファルンは結界を超えてすぐそこの川に向かった。

 近くでも魔物がいる危険はあるが、ファルンも障壁魔法などは習得している。心配はないだろう。


 一応川の方に気を配りながら朝食を作る。

 とは言っても卵と水で戻した干し肉をフライパンで焼くだけだ。

 卵は昨日見つけたものを使う。魔力は感じないのでただの鳥の卵だろう、卵の大きさからして中型の鳥のようだ。


 卵と肉を焼いているとファルンが戻ってきた。

 顔を洗った時に付いたのだろうか、エメラルド色の髪に水滴が付き、キラキラと輝いている。


「お帰り、もう出来てるぞ。」


「ありがとうございます、食べたらすぐに出発ですか?」


「あぁ、今日には海に着けるかもしれない。」


「そうですか……。」


 朝食を食べながらファルンは一言も喋らなかった。俯き、どこか思いつめたような表情をしていた。


「どうしたさっきから沈んだ顔をして。気分でも悪いか?」


「いえ、大丈夫です。

 あと少しで神様に会うと思うと緊張してきていまって。」


 ファルンからしてみればこれは巫女の仕事と思っているのだ、仕方ないかもしれない。


「あまり気負うな、ちゃんと努力してきたのだろう?」


「ええ……でもいざ本番となると緊張します。」


「きっと上手くいくさ。ファルンなら出来る。」


 ファルンに気取られてはならない。

 彼女は巫女としてここにいるのだ、そう思い込む。


「ありがとうございます……そうですよね、きっと上手くいきます。」


 言葉とは裏腹にファルンの表情はまだ固かった。ファルンは責任感はある方だが、ここまで思いつめるとはどうしたのだろうか。


 疑問に思ったが今は何よりも彼女を生贄にさせないことが重要だ。

 それにそんな神様はいない、彼女の心配は杞憂に終わるだろう。


「先のことを考えても仕方ない、そろそろ出発しよう。

 大丈夫、ファルンならやれるさ。」


 フライパンやコンロを片付けて立ち上がる。

 ファルンも頷いて自分のテントをたたみ始めた。





 背の高い木が多く、鬱蒼としている森の中を警戒しながら歩いていく。

 ここの魔物は強いが、索敵能力が低いのかこちらが先に発見して回避することができた。


「ファルン後ろはどうだ?」


「大丈夫です、魔物は見えません。」


 始めは俺が周囲を警戒していたのだが、念のため途中からファルンにも索敵をしてもらっていた。

 ファルンは特別目がいいわけではないが、魔力を放ち、周囲の地形や生き物を把握出来るらしい。

 魔力消費が大きいらしいのであまり使わせたくはないのだが、魔物に挟まれでもしたら取り返しがつかない。休憩を挟みつつやってもらっていた。


 しばらく歩くと、開けた場所に小さな泉が見えてきた。

 日も頂上まで登っている、そろそろ休憩した方がいいかもしれない。


「ファルン、あそこに泉で休憩しないか?ちょうど昼時だ。」


「そうですね、お昼にしましょう。」


 泉のある広場の縁から魔物がいないか確認する。見える限りではいないようだ。


 ファルンに待つように言い、ゆっくりと広場に入り、泉に近寄る。

 覗き込んでみたが何も起こらなかった、水棲の魔物などもいないようだ。


「大丈夫そうだ、入ってきていいぞ。」


 ファルンに声をかけると小走りで近寄ってきた。


「とても気持ちの良い場所ですね、森の中ですが日の光が入ってきています。」


 ファルンの言う通り、広場には木がないおかげで日の光が存分に大地を照らしていた。

 暗くて鬱蒼とした景色にはうんざりだったので、精神的にも癒されそうだ。


「では結界を張りますね、「【不可侵の聖域】」


 いつものように杭を打ち、結界を張り終えて一息つく。


「昼食は私が作ります、お兄様はお休みになっていてください。」


「いいのか?お前の方が疲れていると思うが。」


「大丈夫です、料理も気分転換になりますしね。」


「そうか、なら頼む。」


 ファルンに調理器具や具材を預けてそこらへんに寝転がった。

 職業柄、どんな時でも寝ようと思えば寝れる。

 仮眠は冒険者にとって必須のスキルだ。もちろんステータス上のスキルではないが。


 暖かい日差しが眠気を誘う。

 俺は眠りの誘惑に抗わず瞼を落とした。





「お兄様、出来ましたよ。起きてください、お兄様。」


 体を揺すられる感覚に瞼を開ける。すると目の前にファルンの顔があった。

 周囲の明るさからして、あまり時間は経っていないようだが幾分か疲れがとれた。この後の行程も問題なく行けそうだ。


 ファルンが手を差し出す。

 礼を言って手を取り、起き上がった。

 泉の側に敷かれた緑のシートの上には出来立ての昼食が湯気を立てている。

 メニューはパンと昨日の夕食と同じスープ、サラダだ。


「野菜なんてどこにあったんだ?」


「実は少しだけ持ってきていたのです、非常用でしたが明日には着くようなので使ってしまいました。」


 ……?

 ファルンの言葉に違和感を覚える。しかしそれがなんなのかが分からない。


「そうか、到着の前祝いみたいだな。」


 違和感を拭えないまま食べ始める。


 ファルンは何も話さない。

 流石におかしい、ファルンはこんなに無口な性格ではない。むしろ食事中はいつも談笑しながら食べる。


「おいファルン、どうか――」


「お兄様、先に謝っておきますね。」


 瞼が重い。

 おかしい、さっき寝たばかりじゃないか。


「これは里の長様に言われたことではありません。私自身の決断です。」


 ファルンが立ち上がる、俺も立ち上がろうとしたが逆に崩れ落ちた。

 思考がまとまらなくなり、視界が黒く染まっていく。

 体が動かない、ファルンに声をかけれない。


「結界はあと一日は保つのでご安心ください。

 そしてここまで守ってきてくれてありがとうございます。

 ――どうか私のことはお忘れください。」


 悲しそうに笑うファルンの顔がボヤけていく。

 そして俺の意識は闇に落ちた。

お読みいただきありがとうございました。


※ステータスと揃えるために火属性魔法→火魔法に変更しました。

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