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狼さんと苛立ち

 誰かが頭を撫でる感覚がする。

 俺はゆっくりと目を開けた。


「おはようございます狼さん。」


 撫でていたのは少女だった。どうやらもう朝のようだ。

 大きなあくびが出る。青年に起こされたせいかあまり寝れなかった。


『おはよう、お兄さんはどこへ行ったんだ?』


「お兄様は出発の準備をしています。」


『そうか、もう出るのか。』


「私ももう少し居たかったです。

 でもやるべき事があるのです、終わったらまた狼さんに会いにきますね!」


 それは恐らく無理だろう。

 昨日話のことを考えながら思う。


「どうかしましたか?」


『いや、なんでもない。』


 心配そうに見てくる少女から目をそらす。

 朝から嫌な気分だ。

 あまり深入りしない方が良かったか。


『俺は狩りに出る。

 出てないくなら勝手に出て行ってくれ。』


「分かりました、お気をつけて。」


 気をつけるのはお前の方だと言いそうになったが、この娘は巫女となった者の務めだと思ってここに来ているのだ。


 少女の視線を背中に感じながら、俺は沈んだ気分を吹き飛ばすように駆け出した。





 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 荷物を纏めて洞窟に戻るとあの狼の姿はなかった。

 妹に聞くと狩りに行ったという。出ていくなら勝手に出ていけだそうだ。

 不思議なやつだった。

 Sランク冒険者の俺を歯牙にもかけない強さもそうだが、俺たちを拒まずにいた。

 俺の威嚇なぞ気にもならなかっただろう、警戒しないわけにも行かなかったが、俺がどうしようと無駄だった気がする。

 結局聞き出せなかったがあいつはなんなのだろう。


「すぐに出る。

 身支度を済ませておいてくれ。」


「支度ならもう済ませましたお兄様。」


「ならいい……なぁ、その荷物のふくらみ具合はなんだ?」


「これは……狼さんから許可を貰っているので大丈夫です。

 お兄様がいない間に聞いたら頷いてくれました。」


「あいつ寝てなかったか……?」


 妹の唯一の荷物、背中に背負ったカバンには洞窟にあった毛布が詰まっていた。

 確かあの狼が寝るときに使っていたような気がするか大丈夫だろうか。


「……まぁいいか、それなら出発するとしよう。

 ここの森を抜ければ海はもうすぐだ。明日には着くだろう。」


「はい。海なんて初めて行きます、楽しみですねお兄様。」


「……あぁそうだな。」


 海に着けば妹は生贄として連れて行かれるだろう。

 何が起こるかは分からないが、残念なことに里のクソババアの占いは外れたことがない。海に行けば必ず何かが起こる。


 だが絶対に妹は守ってみせる。少なくとも得体の知れない存在には渡さない。渡してなるものか。

 呪いに関しては心配はない。目標座標を里に設定した転移魔法を封じたスクロールがあるので里には一瞬で帰れる。

 しかし、ただ帰っただけではクソババアの占いでまだ邪悪な存在がいることが分かってしまうだろう。そうすれば奴らは呪いを解かない、最悪俺が護衛から外されるかもしれない。それだけは絶対に避けたい。


「お兄様顔が怖いですよ?どうかなされましたか?」


「なんでもない、さぁ早く海に行こう。」


 妹はジーッとこちらを見ていたが俺が歩くペースを上げると慌ててついてきた。


 絶対に守ってみせる、何があっても。





 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 くそ、これで四体目だ。


 目の前に出来たクレーターと飛び散ったワイバーンの破片を見て俺は内心舌打ちした。


 今日は全く集中出来ない。少女のことが頭にちらついて離れないのだ。

 イライラしていたせいか、力加減を間違え、すでに四体のワイバーンをミンチにしてしまった。これでは食べれない。

 もったいないというのもあるが俺は狩りとして殺しているのだ、これではただの虐殺である。


 と考えていると背中に衝撃が走った。

 振り向くと俺の背中に両足を乗せ呆然としているワイバーンがいた。恐らく爪を突きたてようとしたのだろう、両足の爪にヒビが入っていた。

 どうやらイラついて索敵もおろそかになっていたようだ。なんでザマだ、さすがにひどすぎる。


 俺は軽く深呼吸して気持ちを落ち着かせた。

 そして振り向きざまに前足を一閃しワイバーンの首を落とす。


 今度はミンチにならなかったワイバーンを見て一息つく。

 我ながら情けない、放っておくと決めておいていつまで引きずっているのか。






 その後四日間も同じような日が続いた。

 腹は満たされないしイラつきは晴れないしで散々な日々だ。


 今日も満足に狩れず、とぼとぼと洞窟のある森の中を歩いていると、小さな影とすれ違った。

 あれはキラーラビットとかいう魔物だったか、好戦的で動きが素早いやつだ。何やら急いだ様子で俺には目もくれず走り去っていった。

 おかしいな、いつもなら飛びかかってくるのに。


 首を傾げているとさらに向こうから走ってくる影があった。


 ビッググリズリー、熊の魔物で非常に獰猛なことで知られている。

 森で出会うと木々をなぎ倒しながら襲ってくるという様に、トラウマを刻まれた冒険者が多いという魔物だ。


 あぁ、さっきのキラーラビットはこいつから逃げていたのか。


 襲いかかってくると思い身構えた……がなぜかこいつも襲ってこない。一目散に逃げていく。

 よく見るとこいつだけじゃない。向こうの、俺の住処がある方向から魔物や動物が逃げてくる。


 俺の家に何かあったのだろうか、と思い魔力を放ち気配を探ると巨大な反応が返ってきた。昨日倒した黒いドラゴン以上の反応だ。

 しかし俺にはこの感じは覚えがある。恐らくだが知り合いだ。


 逃げる者たちの波をかき分け洞窟に着く。

 そこには紅い体躯の大きなドラゴンがいた。


『何やってるんだフラム。』


「おお、帰ってきたか。いやなに、訪ねてみれば留守だったのでな、待たせてもらった。」


『待つならもっと静かに待てないのか……。』


「ハッハッハッ、無理じゃな!儂の性に合わん!」


 地に響くような声で答えてくる。森の生き物が逃げてたのはこいつのせいか、相変わらず魔力を抑えていないようだ。


 こいつの名前はフラム。本名は覚え辛かったので覚えてない。

 種族は見た目通りドラゴンでその中でも炎竜という種類らしい。文字通り火を司るドラゴンだ。

 十数世紀ほど前に突然喧嘩をふっかけてきたのでボコったら度々会いに来るようになった。会いに来るのは構わないのだが、魔力を抑えず周囲を威圧しまくるのは正直やめてほしい。


 一人称は、出会った当初は「我」だったのだがボコした後は「儂」になった。厨二病でも患っていたのだろうか。

 性格は基本のんびりだがなかなか自分の意思を曲げない頑固者だ、おかげで何度魔力を抑えるよう言っても聞きやしない。

 しかも好戦的で、ことあるごとに殴り合いとなるので相手するには非常に疲れるやつだ。


 しかし、こんなやつだが俺が知っている中ではかなり強い。

 というのも俺はこいつとの戦い以上に本気を出した覚えがない――強者は避けるといった方針で生きてきたので当然といえば当然だが――その時の戦闘は一週間ぐらい続いた。


 好戦的で頑固者。

 正直今会いたくはなかった、イラついている時にこいつの相手をしたくない。来てしまったものは仕方ないが。


『それで?何の用だ?』


「おお、そうじゃそうじゃ、お主最近人と接触したか?」


『あぁ、昨日妖精族(エルフ)兄妹(きょうだい)が来たな。』


「ふむ、妖精族(エルフ)か、ならば良いだろう。」


『良いって何がだ?』


「ずうっと引きこもりっぱなしのお主が人族やら魔族やらに見つかれば面倒なことになると思ったのじゃがな。まぁ妖精族(エルフ)なら大丈夫じゃろう、奴らは臆病で欲がないからのう。」


 なんだ、心配してくれていたのか。

 すまん、会いたくないとか思っていたよ。


『そうか、確かに会った時は驚きはしたが特に何もなかったよ、心配してくれてありがとう。』


「阿呆、誰が自分より強い者の心配せねばならんのじゃ。

 儂が案じたのは世間知らずのお主が利用されて暴れ始めないかということじゃ。そんなことになったら取り返しがつかんわ。」


『…………。』


 前言撤回、会わなければよかった。

 あと世間知らずとは納得がいかないのだが。あの青年も言っていたが、そんなに俺は世間知らずだろうか?


『そうかい、それじゃあ特に何もなかったからさっさと帰れ。お前に構える気分じゃないんだ。』


「つれないやつじゃの、いつもなら肉とか奢ってくれるではないか。」


『だからそういう気分じゃないって言ってるだろ。叩きだすぞ。』


「ピリピリしとるなぁ、なんじゃ、気に入らぬことでもあったか?」


『何もないよ。ちょっと自己嫌悪しているだけだ。』


「何もなく自分を嫌う者などおるまい、ほれ意地を張らず話してみよ。」


 面倒なことに気を引いてしまったらしい。こうなるとこいつはなかなか諦めない。

 ため息を吐きながら、仕方なく昨日の兄妹(きょうだい)について話した。


 知らぬままに生贄になった少女の事。

 どうしようもなくて悔しんでいる青年の事。

 命を惜しんで同胞を見捨てた妖精族(エルフ)の里の人々の事。

 そしてその人々と同じように何もしない俺の事。

 話しているうちにさらに自分への嫌悪感が募っていったが、全て話しきった。


『そういうわけでな、結局何もしない自分が嫌になってたんだよ。』


 話を聞いたフラムはしばらく腕を組み目を閉じていたが、一つ大きなため息をつくと、


「なんというか、お主、本っ当に面倒なやつじゃの。」


 思いっきり呆れた顔をした。

お読みいただきありがとうございました。

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