狼さんと事情
人影の正体は可憐な美少女だった。
青年と同じ緑の髪と目、妖精族は美形が多いが、俺が見た妖精族の中でも特に美しい。
少女は眠そうに目元をこすっていたが、俺の存在に気がつき、目を合わせてこちらをジーッと見てきた。
「お兄様、この狼さんは?」
「魔物だ、俺の弓が通じない。危険だから離れていろ。」
「お兄様の弓が……?」
驚いたように眠そうだった目を見開いている。
『そいつはお前の妹か?』
「……ああ、そうだ。それがどうし――」
「狼さんは話せるのですか⁈」
青年に話しかけたら少女が目を輝かせて話に割り込んできた。
そしてこちらをに近づいてくる、青年が慌てているが気づいていないのだろうか。
『話しているのではなくて、思念を送っている。』
「そんなことが出来るんですか!狼さんは凄い狼さんなんですね!
あとそのお肉はなんですか?」
『狩りの成果だ。』
「こんなに大きいお肉を取れるのですね!凄いです!」
少女は手を胸の前で握って、キャッキャとはしゃぎ始めた。元気な娘だな。
どうしようかと青年を見ると少女を心配そうに見ているが俺を警戒して近づいてこない、弓も少女が盾になって狙えないようだ。
これ幸いとはしゃぐ少女に話しかける。
『俺が話せるのは置いといてだな、俺の話を聞いてくれるか?』
それを聞いた少女はぴたりと動きを止めこちらを見た。よしよし。
『単刀直入に言えばここ俺の家だから出て行ってくれないか?』
「おい!」
青年が何か言ってくるが無視する。こっちの少女の方が話がしやすそうだ。
それを聞いて少女は少し驚いた後に申し訳なさそうに言った。
「それは申し訳ありません。狼さんの家とは知りませんでした。ですが私達には行く先が無いのです、おこがましい限りですが一晩だけ泊めていただけないでしょうか。」
丁寧に頭を下げられて少し呆気にとられた。
さっきまでの子供のようなはしゃぎようは鳴りを潜め、まるで別人のようだ。なんだこの娘。
しかし話がスムーズに進むのは好都合だ。
『あ、あぁ俺に危害を加えないと約束するなら泊まってもいいぞ。』
「本当ですか!ありがとうございます!」
花が咲くような笑顔を浮かべ再び頭を下げてきた。さっきとのギャップがすごいのだが。
いや御礼をキチンと言えるのはいいことだな、うん。
おや、青年がこちらへやってきた、警戒は解けたのだろうか。
「おいファルン!正気か⁈相手は魔物だぞ!」
「だってお兄様、この狼さん悪い狼さんではなさそうですよ?」
「悪くなくても魔物は魔物だ、寝てる間に食われるぞ⁈」
「あら、それなら私はもうとっくに食べられてます、お兄様だって今無事じゃないですか。」
全然解けてなかった。
面倒なので青年の相手はこの娘に任せて、俺はずっと傍に浮かせていた肉を倉庫に入れにいこう。
倉庫から戻ってくると少女が俺特製毛布の上でニコニコと微笑みながら座っていた。青年は壁際に胡座をかき俺を睨んでいる。
さっきの言い合いは青年が折れたようだ。しかしなんで少女は未だ毛布を手放さないのだ、それは俺のなんだが。
そう思いながら少女に近寄る。青年の視線が痛い。
毛布まで来ると少女と目があった。
自分の隣をポンポンと叩いている。
……まさか一緒に寝る気か?いくらなんでも無警戒すぎやしないか。
ちらりと青年の様子を伺うと、射殺さんばかりの眼力で睨んできた。
うわぁ、顔が凄いことになってイケメンが台無しになっている。
ザクザク刺さる視線に耐えながら少女の横に寝転がる。人肌に温まった毛布が気持ちいい。
ようやく返ってきた毛布を堪能していると少女が抱きついてきた。俺の毛に顔を埋めてモフモフしている。
くすぐったい、あと青年の顔が直視出来ないことになっているのだが。
「ふふふ、狼さんはモフモフして暖かいです。」
少女はそう言いながらだらしない笑みを浮かべている。
「これならいい夢が見れそうです……おやすみなさい……。」
しかもそのまま寝息を立て始めた。
軽く揺さぶっても起きない、どうしたものか。
青年のいる方からとてつもなく暗いオーラが溢れてきている、気づかなかったことにしよう。
少女を起こすのを諦め俺は目を閉じた。
「おい、まだ起きているだろう。」
声をかけられ目をさます。
いやガッツリ寝ていたのだが。
ちょっとイラっとしながら青年の方を見る。さっきの放送禁止な感じの顔ではなくイケメンに戻っていた。
チッ。
「本当にお前は何者なんだ?【セイントエンチャント】を付与した矢を受けてなんともないとは。」
【セイントエンチャント】とはあの眩しいやつだろうか。
そんな感じのスキルを見たことあるな、確かいつかの勇者だかが使っていたような気がする。
あれ、勇者が使うようなスキルをなんでこいつが持ってるんだ?
……まぁいいか、別に勇者専用スキルというわけでもないし偶々だろう。
『【セイントエンチャント】って武器に聖属性を付与するあれか?』
「あぁ、そうだ。魔物は聖属性の魔力が弱点だろう。」
『?、違うな。魔物には聖属性を持っていてむしろ聖属性の攻撃で回復するようなやつもいる、俺は違うが。』
青年は何を言っているんだこいつと言いたげな顔をしている。何か間違ったことを言っただろうか。
「馬鹿を言うな、魔物は邪神達が作りあげた尖兵だ。聖属性を持つはずがないだろう。
それに【セイントエンチャント】は神々に祝福されたスキルだ、魔物には猛毒となる。」
『へー……。』
今魔物ってそんな風に思われていたのか……みんながみんな邪悪なやつでもないのに。
例えば、ドラゴンは魔物だが地域によっては祀られていたりするし、国に協力して他の魔物を倒したりするやつもいた。
魔物は魔力で作られただけで別に邪悪だとかそんなことはない。ちゃんといいやつだっている。
というか俺だって魔物なのだが。邪神の尖兵らしく襲いかかってやろうか。
寝転がったまま魔力の刃でも飛ばしてやろうと思っていると青年が再び話始めた。
「いや、今はそんなことを話そうとしているんじゃない。
もっと具体的に言おう、お前の正体はなんだ?まさか邪神なんて言わないだろうな。」
何を言っているんだこいつは。
『始めにただの狼の魔物と言ったはずだが。』
「そんなはずがないだろう。ただの魔物にしては強すぎる、俺の弓を片手で弾くだなんて。」
『あー、言い方が悪いが、お前の自意識過剰なんじゃないか?
確かに俺は結構強いと思うが俺より強い魔物なんて世界中にいるだろう。』
「俺の弓はドラゴンの鱗をも貫くんだ、ドラゴンと言ったら魔物の最上位種だぞ?」
『当たりどころが良かったんじゃないか?』
実際俺でもドラゴンは倒せる。というか今日も倒してきた。
それに魔物の最上位とか言ってるがドラゴンの強さは幅が大きい。それに強い個体は滅多に人前に出てこない。青年が貫いたのはそんなに強くない個体だったのだろう。
青年はため息をついて、
「話す気はないか……もういい、ファルンに妙なことをするなよ。」
と言い、壁際で寝っ転がった。
忠告だけとは一応少しは信頼してくれたのだろうか、いやそうじゃなくて。
『ちょっと待て、俺からもお前に聞きたいことがある。』
青年がこちらを向く。
「なんだ。」
『お前らは何故こんなところに来た。』
「それは聞かないんじゃなかったのか?」
『そのつもりだったがこの娘を見て気が変わった。』
「ファルンを見て……?」
『あぁ、この娘はあまりにも警戒心を持たなすぎだ。言葉が通じるからって普通あんなに無警戒に近寄ってこない。
ただの箱入り娘かとも思ったがそれにしては礼儀作法がしっかりしていた、別人に見えるほどにな。
あそこまで完璧な作法を習えるとなると普通の身分じゃないだろう。』
「……それがどうした。」
『いくら妹と言っても、そんな娘を連れて一人で未開の地を訪れるなんて普通じゃない、何か事情があるんじゃないかと思ってな。』
青年は少しの間黙考し、口を開いた。
「……旅だよ、お前の予想通り箱入り娘なんでな、見聞を広めさせようと思ったんだ。
お前は信じてないがこれでも俺は高ランク冒険者だ。そこらへんの魔物に遅れはとらない。」
『俺に遅れをとってたが。』
「うるさい、お前が異常なんだ。」
失礼なやつだ。
俺眉を顰めていると青年はこちらに背を向けてしまった。もう話す気がないようだ。
気になるな……旅というのは確実に嘘だろう。
見聞を広めたいなら大陸中央の国々を回ればいい。
魔物を実際に見るとかにしても、ここは大陸西側のど真ん中だ、安全を考えればこんなところまで来る必要はない。
……こいつ嘘下手くそすぎないか、もう少しバレにくい嘘にすればいいのに。
しかし嘘だと言っても認めないだろうしここは強行手段を取らせてもらおう。
目を閉じて集中する。
青年の心を覗き、過去の記憶を読み取っていく。
すると青年が誰かに掴みかかっているのが見えた。
偉そうな人物の胸ぐらを掴み、言い募っていたが、すぐに周りの妖精族に抑えつけられている。
……記憶が薄れているのか会話はところどころしか分からない。しかし大方の内容は知れた、犠牲にするとか仕方ないとか言ってるところからすると……
『生贄か、もしくは人柱か?』
青年の肩がビクリと動き、飛び起きて弓を構えてきた。
鬼のような形相でこちらを睨んでいる。
「何故分かった‼︎」
『声が大きい、妹さんが起きるぞ。
それとその言葉は肯定と取っていいのか?』
青年はフーッと息を荒げていたが、しばらくするとゆっくりと弓を下ろした。
「……そうだ、半年ほど前にな、里のクソバb…占い師が西の地に俺たちを滅ぼす邪悪な存在が現れたと言ったんだ。
それを鎮めるには高い魔力を持つ少女が生贄として必要だと言い始めた。」
邪悪な存在……そんな胡散臭いやつこの辺にいただろうか。
「村には条件に合う少女はファルンと里の長老達の娘ぐらいしかいなかった。
里の長老達は自分達の娘を出さず冒険者の仕事で俺がいなかったのをいいことに妹を生贄にすることを決めやがったんだ……。」
『生贄って話は本人は知らないようだな、でなければこんなに明るく振る舞えないだろう。』
「あぁ、妹は西に現れた神の巫女任命されたと伝えられている。礼儀作法は巫女として必要なこととして習わせたらしい。」
青年が拳を握る、顔は悔しそうに歪んでいた。
『なるほど、それでここに来たのか。
邪悪な存在とやらはどこにいるか分かるのか?』
「クソババア曰く大陸最西端の海辺に行けば分かるだとよ。
始めはお前がそうかと思ったんだがな、それにしては害意が無さすぎる、侮辱も世間知らずなだけだと分かったしな。」
『俺ほどこの世界を理解しているやつもいないと思うが。』
なんせ数百世紀この世界を生きてきたのだ、だいたいのことは知っている、はずだ。
青年は苦笑した。
「どうだかな……妹には時間が経つと五体が破裂する呪いがかけられている。里の呪術師が施したんだろう。
期限はあと一週間といったところだ。」
エゲツない事をするものだ、生贄になるか爆発するかとは。
『お前は生贄を届けるまでの護衛か。』
「そうだ……戦う勇気のない臆病者どもめ!戦いもせず己の保身のために同胞を差し出すとは誇りがないのか!」
青年はダンッと拳を地面に叩きつけた。
誇り云々は俺が特になにも思わないが、仲間を差し出しあまつさえその兄に護衛をさせるのはどうかと思う。
『これからどうするんだ、時間はないんだろう。』
「明日すぐに海へ向かうさ……笑ってくれ、妹が死ぬというのに俺は何もできないんだ……。」
青年は力なく笑い、俺に背を向けた。
「話は終わりだ、初対面で矢を射ってすまなかったな。」
なんとも今更な謝罪だ。
まぁ実の妹が死にに行くというのに何もできなかったのだ、色々と溜め込んでいたのだろう。
側で幸せそうに眠る少女を見る。
なんとかしてやりたいが簡単に首を突っ込んでもいいのだろうか。
呪いは解けるだろうが生贄にならねば少女が里に帰れないことには変わりない。
邪悪な存在を倒せればいいのだろうがどんな強さかも分からない。
俺の最後の技能が決まれば倒せるだろうが、まずそれが効くのかすら分からない。効果がなければ俺の命が危ないだろう……それに切れるカードが一枚というのは心細い。
――考えた末に俺は放っておくことに決めた。
知り合ってすぐの人物に命をかけれるほど俺は立派ではない。
そもそも邪悪な存在とやらがいない可能性もある。希望的観測だが俺が関わらないでいれるならそれが一番だ。
俺はため息をついた。
自分が嫌になる。
日常に変化があったかと思えば、我が身かわいさに深入りするのを踏みとどまっている。これでは青年が憤った妖精族の里の連中達と大差ないではないか。
俺は少女に身を寄せて、毛皮に通す魔力を極限まで薄くし柔らかくした。
あまり変わるとは思わないが、少しでも安らかに眠ってほしい。これで見捨てることが許されるとは思わないが。
心の中で自嘲しながら俺は瞼を閉じた。
お読みいただきありがとうございました。