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狼さんと侵入者

 月光に照らされながら夜の海上を走る。


 ドラゴン肉をじっくり堪能したせいでいつもより帰るのが遅くなってしまった。

 夜になると活発になる魔物もいるので、早くドラゴン肉の安全を確保せねばならない。


 行きの五割増しの速度で走る。衝撃波が海を割り、轟音を辺りに響かせていた。


 海に住む魔物には悪いことをしたかもしれない……いや、海にはあのタコやら蛇がいるのか、じゃあいいや。


 全く遠慮せずに、むしろさらに速度を上げる。騒音で寝不足になってしまえ。

 ……魔物って寝不足になるのか?まぁいいか。





 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 現在寒空の下、洞窟の前の冷えている上に硬い地面に伏せている。

 いつも通りなら、すでに魔物の毛皮から作った俺特製の毛布にくるまって寝ているはずなのに。

 どうしてこうなった。


 洞窟内の気配を探る。そこには依然として二つの気配があった。

 ……うん、まだいる。というか洞窟の出入り口はここ一つだけなんだからいるに決まってる。





 事の始まりは十分ほど前だ。


 海上を荒らしまくり、洞窟の前に着いたおれだったが、異変に気付いた。

 洞窟前の地面に足跡があったのだ。

 時間が経ってしまったようで、形はボヤけてしまっていたが、大きさは二十センチほどだった。

 足跡の深さから判断すると、魔物ではなさそうだった。この辺には中〜大型の魔物しかいないのだ。彼らのものならもっと深い足跡になるはずである。

 それに何故だか魔物はこの周辺に寄ってこないのだ。侵入者は魔物では無いと思われるのだが、こんなところにいるのも魔物ぐらいだ。


 正体が分からなかったので、とりあえず気配を探って魔物のようだったら火でも放って蒸し焼きにしようと思い、魔力を洞窟内に飛ばしたのだが帰ってきた反応は思いもよらないものだった。


 人だ。

 魔力で構成される魔物ではありえないほど微弱な魔力の反応、瀕死の魔物かとも思ったが空中に魔力が漏れ出ている様子も無い。

 俺の知る限りこの反応は人で間違いなかった。


 何故こんな未開の地に人がいるのだと思ったが実際いるのだから仕方ない。


 反応は二人分だった。

 ますます解せない、未開の地にたった二人で来るものだろうか。


 どうするべきかと考えたがとりあえず接触を図ることにした。こんな所にいるということは恐らく訳ありだろう。さっさと立ち退いてもらうには対話が一番だ。


 と考え、洞窟に入ろうとすると


「誰だ!」


 ヒュンという風切り音と共に矢が飛んできた。

 慌てて矢を避け、洞窟近くの岩陰に隠れる。


 一分ほど隠れていると、洞窟から弓を構えた男が現れた。


 男は肘当てや胸当てなど軽い装備をしていた、いかにも冒険者といった出で立ちだ。しかし装備が少し古そうなのでおさがりを貰った初心者冒険者といったところだろう。

 髪は薄い緑色で、整った顔立ちの美青年だった。

 しかしそれだけではない。

 青年の耳は長く尖っていた。間違いない、妖精族(エルフ)だ。

 手には朱い弓を持っている、恐らく俺を射ってきたのはこいつだろう。


 青年は弓を構えたまま周囲を警戒した後、ゆっくりと洞窟の中に戻っていった。


 さらにわけがわからなくなった。妖精族(エルフ)は南の森に引きこもっている種族である。

 たまに人族や獣人族の国で冒険者となる変わり者もいるそうだが、こんな所とは無関係な者達である。

 直接話を聞きたいのだがさっきの様子だと対話も難しそうだ、どうしたものか。





 そして、そのままどうするか決まらず現在に至る。待っていればそのうち出て行くとかそんな事はなかった。


 勝手に出て行ってくれるのが一番なのだが、このまま野宿はしたくないので、面倒だがこちらから動く事にする。ドラゴン肉もまだ持ったままだし、さっさと住処に入りたい。


 気配を探って洞窟の中の二人を捕捉し、長らく使ってなかった技能を発動する。

 正直この技能は魔物以外に使いたくなかったのだが背に腹は変えられない。俺の睡眠と肉の安全の方が重要だ。


 気配へ向けて思念を飛ばす。


『おい、聞こえるか?』


 つないだパスを通して動揺の念が帰ってきた。いきなり話しかけるのはマズかったか。


 これが俺の技能の一つ、精神感応(テレパシー)だ。

 始めは狩りをするうちに得た勘程度の行動予測だったのだが、長らく使っているうちに筋肉の動きまで読めるようになり、最終的には相手の思考を読み取り、自分の思念を送れるようになった。


 これ、一見凄そうな技能だが、最近は全然使ってない。

 人は俺を見ると魔物だと思い、――いや実際魔物なのだが――襲ってくるか逃げてしまう。

 格上か同等の相手と戦う時は思考を読む余裕なんてなく、読めてもそれを対処できるかは別の話だ。そもそも最近は格下相手の一方的な狩りしかしてない。


 そんなわけで持て余していた技能なのだが、やろうと思えば深層心理まで読めるので交渉とかには便利そうだ。する機会がないが。


 そんな事を考えていると、ようやく向こうから返事が帰ってきた。


『何者だ、どこから話しかけている!』


 この感じはさっきの青年だろう。


『洞窟の外から思念を飛ばしている。とりあえず話がしたいくて声をかけた。』


『思念を飛ばす……?そのような術は聞いたことがない、名を名乗れ!姿を見せろ!』


『姿を見せるのはいいが弓で打つなよ。』


 そう答えて、横に肉を携えたまま洞窟の中へと入る。矢が飛んでくる様子はない。しかし殺気は飛んできてる、警戒しているのだろう。

 俺の住処は寝床と倉庫だけなのでそんなに広くはない。すぐに奥にいる人影が二つ見えてきた。洞窟の中は暗いが、俺は夜目が利くのでちゃんと見えている。

 一人はあの青年で、弓を構えてこちらを睨んでいる。

 その奥にもう一人いるが、俺特製毛布にくるまって横たわっていて顔がよく見えない。

 というか何で勝手に使ってんだ、いや誰のだが分からないのだろうが。


「止まれ!」


 手前の立っている人影が叫んできた。

 素直に止まる。もし弓を打たれても、見えているので問題はない。


「魔物……?使い魔か?いやだとしたらさっきの声は……?そしてあの肉塊はなんだ……?」


 青年は肉を見て目を逸らし、俺を見て困惑している。恐らくさっきの精神感応(テレパシー)から相手は高位の魔法使いか何かだと思ったのだろう。


 精神感応(テレパシー)のようなスキルや魔法は使い手がほとんどいない。人々の間では伝説となっていて、存在そのものも怪しまれている。

 俺がこの技能を使いたくないのはこのせいである。


 だいぶ前――数世紀ほど前――に魔物相手に劣勢となっていた冒険者を助けた時に使ったことがあるのだが、その後噂が広まり、珍しい魔物だと思ったり、研究しようと思ったやつらが毎日襲撃してきた。

 何度叩きのめしてもやつらは尽きず、最終的に興味を持ったある国の王様が軍隊を向けてきた。

 今でもトラウマである。世界の滅びとかに比べればだいぶ軽いが。


 世界の滅びは本当にやばい、何も知らなかった初回の時は思い出すだけで吐き気を催すレベルのトラウマだ。

 裂ける大地、落ちてくる星で埋め尽くされる空、気が狂った動物や人々……うっぷ、嫌なことを思い出してしまった……。

 なんで技能の話からトラウマ掘り起こしているんだ俺は……。


『……使い魔じゃない、野良の魔物だ。』


 気を取り直して思念を送ると青年が目を丸くした。


「さ、さっきの声はお前か?」


『そうだ、ついでに言うとさっきお前が矢を射ったのも俺だ。』


 青年は信じられないとつぶやき絶句していたが、唾を飲み込み再び話し始めた。


「お前は何者だ、話とはなんだ。」


『何者……と言われても何者でもないな、ただの狼の魔物だ。ちょっと長生きしているがな。それで話だが……。』


 少し語気を強めて問う。


『話というより質問だ、お前らは俺の住処で何をしている?』


 青年は答える。


「俺たちは一夜を明かす場所を探してここを見つけただけだ、お前の巣とは知らなかった、申し訳ない。」


 謝りながらも青年は弓を下ろさない。まぁ魔物相手では当然だろう、むしろ謝ったことに驚きだ。


『まぁ、過ぎたことだし、勝手に入ったことはいい。こんな所にいるのも聞かないからさっさと出て行ってくれ。』


 正直に言えばこんな辺境にいる理由は気になる、しかしそれよりも早く住処を返してほしい。具体的に言うと毛布を返せ。


「……それはできない、ここを出たら俺たちの行くあてがなくなる。」


『お前らの事情なんて知らんよ、俺が寝るのを邪魔しないというなら別にいてもいいが、魔物と寝る気はないだろう?』


「ああ、その通りだ。そんな危険に妹を晒せない。」


 妹とは後ろで俺の毛布にくるまっているやつのことだろうか?この状況でまだ起きてないのだが。


「とにかく俺たちはここを出る気はない、まだ追い出す気なら少々物騒なことになるぞ。」


 どうやらやる気らしい、初心者冒険者にしては肝が据わっているが不法侵入はお前らだぞ、言っても仕方ないが。


『やめとけ、初心者の冒険者が無理をすると死ぬぞ?』


 その言葉を聞くと青年はこめかみに青筋を浮かべた。

 しまった、一応忠告したつもりなのだが気に障ったのだろうか。


「力の差も分からぬ愚か者が!俺を侮辱したことをあの世で悔やむがいい!」


 青年が叫び、光り輝く矢を飛ばしてきた。

 洞窟の壁が照らされ、暗さに慣れていた目には少し眩しい。


 まっすぐ眉間に飛んできた矢を前足ではたき落す。

 やはりそんなに威力はなかったが、発動までの時間も短く、威力もワイバーンぐらいは通用しそうだったので、初心者にしてはなかなかの力量だろう。

 そう脳内で評価し、青年を見ると矢を放った体勢で固まっていた。


『おい、次は俺の番でいいのか?』


 そう声をかけるとビクリと肩を震わせた後再び矢を番えようとした。

 待ってやる義理もないので気絶していて貰おう。


 そう思い青年の腹にタックルでもしようとしたその時、


「お兄様、どうかなされましたか?」


 奥で毛布にくるまった人影が起き上がった。

お読みいただきありがとうございました。


※1/31 誤字を訂正しました。

※3/27 誤字を訂正しました。

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