狼さんと防衛
一ヶ月ぶりの更新となりました。ごめんなさい。
文章考えるのって難しいですね、今更ですが。
「囮?」
「そうだ、説明は後にさせて欲しい。」
「説明は要らんが……出来れば儂はあやつと戦いたいんじゃが。」
フラムがオグエルさんを視線で示す。
オグエルさんはフラムの火球によって燃える木々を背に俺達の会話を静かに聞いていた。
襲ってこないのは彼の役目が時間稼ぎだからだろう。
「お前オグエルさんを殺さず無力化出来るか?」
「無理じゃな、雑魚ならともかくあれほどでは生半可なことをすると逆にやられかねん。」
「なら残るのは俺だ。」
オグエルさんを殺すわけにはいかない。もし殺すとしても情報をもっと得てからだ。
それにオグエルさんが死ぬとアフェリンちゃんが、そして多分オワズさんも悲しむ。殺さずに済むならそれが一番だ。
「……まぁいいじゃろう、お主がそうしたいなら儂は止めんよ。」
少しの間の後フラムは了承してくれた。
「ありがとう、フラムは村の方を頼む。」
「分かった。」
「良いのか?竜帝。」
フラムがじりっと下がりかけた時、オグエルさんが口を開いた。
フラムが睨みつけながら言葉を返す。
「何がじゃ。」
「竜帝とは世界を守るもの。
ゆえに一つの種族に肩入れはしてはならず、俗世への過度な干渉も禁じられている。
私から仕掛けた今この場はともかく、村でその力を振るうのは竜帝としてはいかがなものか?」
オグエルさんの問いにフラムは鼻を鳴らして答えた。
「何を言うかと思えば。
くだらん、今我が友の頼みを聞いているのは竜帝ではなく一匹の竜じゃ。」
「それは詭弁であろう。」
フラムの言葉にオグエルさんは少し非難の混じらせて答えた。しかしフラムに動じる様子はない。
「知らん、詭弁で何が悪い。」
「そこらの者ならいざ知らず竜帝が規律を守らずとは――」
燃え盛る火球がオグエルさんの言葉を遮る。
今度の火球の行使者はフラムではない、俺だ。
突然の攻撃だったがオグエルさんは難なく両断した。彼の背後の炎を大きくするだけに終わる。
やはりこのぐらいなら牽制にしかならないか。
「不意打ちとはなかなか小癪だな。」
「お前が言うのか、さっきの仕返しだ。」
「あぁ、そうだったな。」
オグエルさんがククッと皮肉っぽく笑う。
こちらは全く面白くないんだがな。
「フラム、お前は早く村に行ってくれ。村で魔力が乱れている、多分魔法の行使だ、この乱れの大きさだともう戦闘になっている可能性が高い。」
「お、おう。」
「それと」
少し言葉を区切る。
「そっちに何か事情があるなら無理するな。
こうしたいのは俺なんだ、いざとなれば俺だけでやる。」
まぁ、余計なお世話なんだろうが。
「……なんじゃ、あやつの言ったことを気にしてるのか?」
「……まぁそうだな。」
俗世とか干渉がどうとか、結局なんか深刻なんだなとしか分からなかったけど。
「安心せい、竜帝としてそこらへんの言い訳は得意じゃ。お主が気にする必要はない。」
「そう、なのか?
よく分からないが大丈夫なんだな?」
「あぁ、任せておけ。」
そう言うとフラムは身を翻して村に向かって走り去っていった。
静かな夜道に俺とオグエルさんが残される。
「竜帝が他者のために動くか……。」
オグエルさんはため息をついて呟いた。
言葉は残念そうなのにその顔はどこか嬉しげである。
「嬉しそうだな。」
「いやなに、竜帝も人の心を持っていると思うとおかしくてな。」
オグエルさんがクックックッと声を殺して笑う。見た目のせいか妙な凄みがある。
まるでフラムが人でなしのような言い方だ。
確かに竜だし人ではないかもしれないが。
しかし今考えることではない。
「で、どうする、俺は話を聞きたいんだがな。」
オグエルさんは笑うのをやめ、答えた。
「話など聞かずとも妙な術で分かるのだろう?
私が囮と気づいたのはそれを使っていたからではないのか?」
「あぁお前らが何を企んでいるか、いや、誰を狙っているかも分かっている。」
誰を、という部分でオグエルさんが顔をしかめる。
「やはり分かっていたのか。」
「俺が聞きたいのは動機だ、何故――アフェリンを攫おうとする。」
名前を出すとオグエルさんは一層顔をしかめた。
俺が切られる一瞬で見えたもの、それは昨日俺が山で遭遇した集団と密かに接触するオグエルさんの記憶だった。
断片的に聞こえたのは、姫、確保、そして――囮、だ。
あの村で姫と言ったら最近魔王の娘だと分かったアフェリンちゃんぐらいしか思いつかなかったが正解のようだ。
「それが話せればこんなことはしておらんさ、それに話さない方がそちらのためでもある。」
はっきりしないな、逆に気になる。
「さて、他に聞きたいことはないのか?答えられる範囲でなら受け付けよう。」
オグエルさんはおどけたように手を広げる。
余裕そうなのは俺とこのまま話していれば囮としての役割は果たせるからだろう。
だがこちらは早いとこ終わらせて村に向かわねばならない。
「いいや、もういい。
どうせこれ以上話す気はないだろうからな。」
そう言って全身にゆっくり魔力を巡らせる。
体の外に漏れないように丁寧に。【ジンカ】状態で身体強化するのは初めてだが同じように出来た。
「……そうか、それは残念だ。」
俺が戦闘態勢に入ったのを察したのかオグエルさんも押し黙り半身になって刀身を隠すように構えた。
双方相手を睨みつけ静かに気を高めていく。
世界が止まったかのような沈黙。山全体が俺達の一挙手一投足を息を殺して見つめているようだった。
何分か、いやもしかしたら数秒だったのかもしれない。
集中からか意識がフッと目の前から遠くなり、自然と口が動いた。
「いくぞ。」
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
フラムは村の門を目指して森の中を疾走していた。
もうすでに村の防壁は目の前だが門まではまだまだ距離があった。
(さて、引き受けたはいいがどうするか。)
フラムは友人の狼のように大規模な索敵は出来ない。
村が襲われていると友人は言っていたが敵の人数も布陣もさっぱり分からない。
(空から見れれば良いのだが……腕のいい魔法使いがいると狙い撃ちにされかねんな。)
竜帝の鱗がそこらの魔法使いの攻撃で傷つくなどあり得ないが不意を打てるならそれに越したことはない。
(こそこそ行くのは性に合わんしなぁ、やはり一気に侵入して手当たり次第に殴り倒すのが一番早いか。)
方針を決めていると村の門が見えてきた。
(うむ、今から考えても仕方ない。とりあえずオワズの家を目指すとしよう。)
そう決心するとさらに加速する。
村の門は閉ざされていたがフラムは全く速度を緩めない。
自身の右肩を前に出すと門に向けてショルダーチャージを叩き込んだ。
柵のような門が耐えれるはずもなく、紙切れのように吹き飛ぶ。
バラバラになった門の残骸が宙を舞った。
(!、あれじゃな。)
残骸の向こうに黒一色で統一された装備を身につけた魔族の部隊が見えた。
数は三、門が吹き飛んだ音に反応したのかこちらを振り向いた姿勢で背中を向けている。
振り向いた顔は目元までマスクで覆われていた。明らかにこの村の住民ではない風貌である。
「まず三つ!」
フラムはその姿を認めると門を壊した勢いのまま魔族達に向けて突進しながら、両手から火球を撃ち放った。
火球は若干山なりの軌道を描きながら魔族達の足元に着弾した。
火球は爆発し爆炎が夜の村を照らしだす。
魔族達は咄嗟に飛び退いたが爆風に吹き飛ばされ地面に叩きつけられた。
そして少し呻いた後、ぐったりと動かなくなる。
フラムは一定の距離まで近づくとゆっくりと倒れている魔族の一人に接近した。
魔族はピクリとも動かない。
「なんじゃ、気絶したのか。」
フラムは一人呟くと、魔族が着ていた黒いローブのような布を剥ぎ取った。
(む?火傷しておらんな。)
ローブの下はやはり黒一色だった。
動きやすそうな短い袖から覗く腕には火傷は見られない。
(これは……水の魔法が付与されておるのか。)
フラムが手に炎を纏わせてローブに触れると青く光る薄い膜のようなものが炎を弾いてきた。
余波だとしても竜帝の魔法を受けて火傷一つ負わせないとはかなり強力な魔法のようだ。
(水属性ということは大方儂への対策か?この程度とは舐められたものじゃの。)
軽い苛立ちをぶつけるようにフラムは手に握ったローブを焼き尽くした。
(まぁ良いか、多少加減が雑でも死にはしないということじゃ。)
友人の性格からしてうっかり無駄に殺すと面倒なことになりそうだ、とフラムは思ったのだ。
気が済んだフラムは炭化してボロボロになったローブを投げ捨て跳躍した。
村の家屋の上に着地すると村の中心、オワズの家の方向を観察する。
その方向には魔法と思われる炎の光が見えた。さらに微かにだが人々が争うような喧騒も聞こえてくる。
まず間違いなく戦闘が起こっている。
(よし、やはりあそこに行けば良さそうじゃな。)
そう判断したフラムは屋根の上を走り出す。そして屋根を少し砕きながら跳んだ。
隣り合う屋根から屋根へと飛び移りながら村の中心へ向けて走る。
竜の脚力故かあっという間にオワズの家から十メートルほど家の屋根まで到着した。
炎の明かりは強くなり怒鳴るような喧騒ははっきりと聞こえるようになった。
屋根の上で伏せて端から覗き込んで様子を伺う。
当然というか、すでにそこは戦場と化していた。
オワズの家の中から魔法や矢が放たれており、家を取り囲むようにしている黒ずくめの集団に向けて飛び交っている。
特に強力かつ多く魔法を撃っているのはオワズだった。ただの村長ではなく、なかなかやり手の魔法使いのようだ。
しかし集団の動きは素早くなかなか当たっていない。
黒ずくめ達も家に侵入しようとしているが、窓や玄関などには剣を持った村の男達が待ち構えていて上手くいっていない。
さらに男数人と友人が連れてきたあのブアが家の外で暴れまわっているせいで連携が取れず攻勢に出れていない。
戦況は激しく動いているようで膠着していた。
(しかし時間が経てば籠城戦というのは不利になる、このまま続けば負けるのはオワズ達じゃろう。
というかあのアフェリンとかいうのがおらんの、家の中か?)
考えながらフラムは出るタイミングを伺う。
ただ飛び出ては場を混乱させる。混乱した戦場では思わぬ被害も起きるものだ。
今は竜帝の力は使えない、無茶は避けるべきだろう。
そこでフラムはオワズが魔法で照準している黒ずくめに狙いをつけた。
こっそりと最小限の威力の小さな火球を放つ。
黒ずくめの魔族は正面のオワズの魔法しか見ておらず火球の直撃をくらい倒れ込んだ。
周りの黒ずくめ達は倒れ込んだ味方がオワズの魔法にやられたと思い気にも留めない。
しかしオワズは第三者の介入に気づき、火球の飛んできた方向に視線を飛ばした。
そこには屋根の上にこっそりと隠れる竜帝の姿があった。
こちらに向けて手で何かを押さえ込むようなジャスチャーをしている。
その口は閉じられていたが、口の端から炎が漏れ、口内に魔力が急速に集まっていっている。
「みんな伏せなさい!」
ジャスチャーの意味が分かったオワズが叫ぶ。
声を聞いた村人達は反射的に頭を守り床に伏せた。
外で暴れていた別働隊は敵の前で伏せるわけにもいかず咄嗟に家の壁に張り付いた。
村人達が伏せた瞬間、家の周囲が真っ赤に燃え上がった。
フラムの口から放たれた青白い火炎が器用に家を避けながら周囲を焼き払ったのだ。
炎の川が村の大通りに流れ込み家々を妖しく照らす。
凄まじい熱気が家の中に吹き込み、床に貼りつく村人達を炙った。
熱気が収まりゆっくりと村人達が顔を上げる。
窓の外は一変していた。
地面は大きく抉られ少し溶けている、周囲の家々は木造のものは焼け焦げ、石造りのものも壁が溶け崩れ見るも無残な姿だった。
「すごい……。」
思わず溢れたような呟きは全員の思いを代弁している。
皆呆然と変わり果てた光景を眺めるばかりだった。
そんな彼らの目の前にフラムが降り立つ。
「オワズはどこじゃ?」
「こ、ここにいます竜帝様。」
村人達が道を開け、オワズが現れた。
「村人に死人は出たか?」
「いえ、負傷したものはおりますが死者は出ておりません。」
「そうか、ここにいるので全員か?
儂の知っているやつだとアフェリンがおらんが。」
「はい、人数もあっています。アフェリンはリビングにいますのでここにはいません。」
「うむ、無事なら良し。」
村を守れというのがどこまでなのか言われていないが全員生きていれば大丈夫だろう、と思うフラム。
その頭にはほぼ全壊した家々のことはすっぽりと抜けていた。
「問いただしたいことは多いが一つだけ聞くぞ、お主らあやつらについて心当たりはあるのか?」
フラムが言うあいつらがあの黒ずくめ達だろうということは全員がすぐに分かった。
「……えぇ、心当たりはあります、ありますが……。」
代表するようにオワズが歯切れが悪い。
フラムが不機嫌そうに眉間に皺を寄せる。それを見たオワズは顔を俯けてどんどん縮こまっていった。
「儂に言えんか。
では聞くが、小娘、それと魔王に関係があるか?」
ビクリとオワズの肩がはね、のろのろと顔を上げた。その目は大きく見開かれている。
「何故……」
「何故知っているのかというのは愚問じゃぞ、是か否かで答えよ。」
フラムがまっすぐとオワズを見る。
「……はい、その通りでございます。」
諦めたのようにオワズが答えた。
「そうか。」
半ば予想していたのかフラムは短く無感情な返事を返した。
(これは我が友の言っていたのは正しいと見て良さそうじゃな。あの黒ずくめもおそらく友が山で遭遇したのと同じか。
……友の話で仲間だったはずなんじゃが。)
あいつたまに馬鹿になるからのー、と本人が聞いたら「お前もだろ!」と叫びそうな事を考えていると、オワズが恐る恐ると声をかけてきた。
「り、竜帝様、魔王様もアフェリン様も決してあなた様に敵対しようとは」
「あぁ、分かっとる分かっとる。そんな事は考えとらんから安心せい。」
その言葉にオワズがホッと息をつく。
竜帝は世界を守る存在、それも武力によって世界を守る者だ。
裏を返せば竜帝に反逆したものは武力的に排除される。邪神とも渡り合う武力によって。
たとえ魔王であっても竜帝の敵となれば無事では済まないのだ。
「当人がどう思っていようと儂の気に障ったのは変わらぬからの。」
その言葉にオワズの顔が真っ青になった。
鳥の顔であってもよく分かるほどの動揺である。
「……冗談じゃ、煩わしいことをしてくれたとは思うがの。」
再び安堵したオワズの体がふらりとよろめいた。
慌てて近くの村人達が支える。
その様を一瞥するとフラムは溶けた道の向こうの家の屋根に目を向けた。
いや――正確にはそこに潜む影達に。
「さて、随分と待たせたな。そちらの用意は良いか?」
フラムの言葉に影達は動揺した。
まさか、気配を消していた自分達に気づいていたとは。
しかしすぐに思い直す。
目の前にいるのは竜帝なのだ、その能力は人には計り知れない。
屋根から影達が飛び降りた。
抉れた地面に器用に着地していく。
全ての影が降り立った後、一つの影が前に出てきた。
「よく分かりましたな、我らの潜伏に。」
進み出てきたのは魔族の男、狼が山で遭遇した、そして村を襲った集団のリーダーだった。
「自分で撃ったブレスの手応えも分からぬほど耄碌しておらん。
直撃はなし、掠ったのが半数といったところか。」
その通りであった。
男を含め半数が今この場にいる。残りの半数は掠めたブレスが水属性魔法の防御が耐えきれず、負傷したため下がっている。
男の頰に一筋の汗が流れる。
「さぁどうでしょう。」
「なんじゃ言わんのか。
まぁ、なんにせよ今戦えるのはここにいる者だけ……いや、何人かこっちに来ているな。」
村の外側を見張らせていた部下を集めているのもバレている。
男の頰にさらに汗が一筋。
竜帝、軽く見たつもりはなかったが全く認識出来ていなかった。
掠めただけで最上位の防御魔法を焼く威力、そしてそれほどの出力でブレスの正面にいた村人には被害を与えない操作性、あの一撃だけでも底が知れない。
しかし焦りを悟られてはいけない。
隊長――オグエル様も言っていたことだ。焦ればそこに付け込まれる。
「ええ、あなたを相手にするのは脆弱な我々には骨なのでね。数に頼らせてもらいます。」
男は努めて冷静に話す。
「ほぉ、数で押せば儂を倒せると。」
竜帝が面白そうとばかりに笑みを浮かべる。
しかし表情とは逆に威圧感が増していく。ヤる気にさせてしまったようだ。
男の後ろで仲間達が構えるのが分かる。
一触即発の空気の中、竜帝の頭上、村人達が立てこもる家の屋根の上に音もなく影が現れた。
村の外側から戻ってきた男の部下だ。
男が視線を合わせて合図する。
そしてゆっくりと腰の剣に手を伸ばす。竜帝の意識を上から逸らす狙いだ。
男の視線を受けて屋根の上から影が飛び降りた。その手には紅の竜帝対策に作られた水属性魔法を付与された短剣が握られている。
同時に男が動く。
腰の長剣を抜き、竜帝めがけて突撃した。
後ろから追従する仲間の気配もする。
竜帝は正面を向いて上を見ていない。
青みがかった軌跡を描いて影が竜帝に向けて落ちる。
いける!
そう男が思った瞬間、竜帝の腕がぶれた。
見ることさえもせず、迫る影の腕を掴む。
そして棒切れを振り回すように地面に叩きつけた。
凄まじい衝突音。
掴まれた影は何が起こったのか分からないまま激突の衝撃で意識を奪われた。
「な……」
男と影達が立ち止まる。
「なんじゃ、数でかかるのではなかったのか?」
気絶した魔族を放り捨てフラムが挑発するように笑った。
お読みいただきありがとうございました。
次回はもっと早く更新……出来れば……良いなぁ……頑張ります。




