狼さんと頼みごと
書きたいなと思い、蛇足な話を書いていたら妙に長くなりました。つまりいつも通りですねはい。
結論から言えば、オワズさんからは何も言われなかった。
朝食を食べながら、それとなく山に行ったことを話しても、相槌はうってくれたがそれ以外は何もなかった。
てっきり昨日の山での出来事を問い詰められると思っていたので、聞かれないのはそれはそれでモヤモヤするものだ。
精神感応を使うことが頭によぎったが、やめた。
もしオワズさんが隠し事をしていたとしたらそれを見てしまうのは嫌な気分になるだろうし、俺はオワズさんを信じたかった。
まだ二週間に満たないぐらいしか過ごしていないのに信頼も何もないとは思うが、オワズさんのおっとりした性格と物腰からなんとなく前世の祖母の事を思い出すのだ。
俺はおばあちゃんっ子ではなかったが、祖母のことは嫌いではなかったし、祖母の家でのんびりするのは好きだった。
そんなオワズさんを疑って精神感応を使うのは嫌なのだ。
自分でも甘い考えだとは思うがこれが裏目に出たらその時はその時だ。俺が責任を持ってどうにかするしかない。
しかし不安といえば不安だ。
一応俺から色々調べてみようか。
「いつからこの村にいるかですって?」
「そうだ、少し気になってな。」
その日、仕事を終えて帰ってきた俺はアフェリンちゃんの部屋にお邪魔していた。
訪問の理由はもちろんこの村と彼女自身についての調査だ。
ちなみにアフェリンちゃんを選んだのは、ただ単に他に人がいなかったからである。
オワズさんは買い物に、オグエルさんは木こりの仕事。いつも通りとはいえ、帰ってきて人が少ないのは寂しいものだ。
フラム?あいつはノーカンだ。出迎える気ゼロだし。
そんな事を考えていると、アフェリンちゃんが話し始めてくれた。
「この村に住み始めたのは大体二年前ぐらいからね。住んでいた街が戦争に巻き込まれそうになったから引っ越してきたの。」
「そ、そうか、悪い。」
「ううん気にしないで、どうせ嘘だもの。」
「嘘?何がだ?」
「戦争に巻き込まれたってところよ、私のいた街って王都よ?
あそこが戦争に巻き込まれたならこんなにのんびり暮らしていないわ。」
それは確かに嘘で間違いないな。
王都は王様がいる都というだけではない。
物流や情報の集まる、日本で言うところの東京だ。そんなところがもし戦地となればこんな片田舎でのんびりしていられないだろう。
「それじゃあ、なんでここに来たんだ?嘘だと分かっていたのだろう?」
「もう決定事項だったし、別に王都に思い入れがあったわけでもなかったからかしらね。
それにオグエルも付いて来てくれたし、私に悪い事では無いと思ったのよ。実際その通りだったしね。」
オグエルさんはアフェリンちゃんの連れだったのか、いや逆か?
「オグエルさんとは付き合いが長いんだな、親戚か何かか?」
「身内じゃないわ、お父様の古い友人ってところかしら。」
「……娘を預けるとはオグエルさんは信用されているんだな。」
流石に、そのお父様って魔王やってる?、とは聞けず別の話題に逸らした。
「そうね、お父様が若い頃からの付き合いらしいし。
私にとっても、オグエルは小さい頃から私の面倒を見てくれたの。もう祖父みたいなものね。」
みたいなもの……祖父ご本人はもういないのだろうか。あまり聞くべきではないかもしれない。
そう思って俺が聞くのを躊躇っていると、アフェリンが再び話し始めた。
「私に魔法の事を教えてくれたのもオグエルなの。オグエル自身はあまり使えないらしいのだけど色々な本を持って来てくれたわ。」
アフェリンちゃんを魔法に出会わせたのはオグエルさんらしい。
しかしオグエルさんが魔法を使えないということはアフェリンちゃんは今まで独学でやって来たってことか?すごいな、明らかにまだ子供なのに。
「結局全然上手くならなくて王都では馬鹿にされていたのだけどね、魔族のくせに魔法の才が無いって。」
アフェリンちゃんが苦々しく言う。あまり思い出したくないことのようだ。
初めて魔法を見た時のヒステリックさはそれが原因だったのだろう。
「……すまん、嫌な事なら話さなくていい。」
「今更気にしてないわよ。それに今はこんな事だってできるしね。」
アフェリンちゃんが手を出すとその上に綺麗な水の球が現れた。
始めは火属性魔法で練習していた彼女だが、今では水と風の魔法も使えるようになってきていた。
「これで能無しなんて言わせないわ。」
水の球を消して得意げに胸を張るアフェリンちゃんのたくましさに苦笑する。
「あぁそうだな、君はむしろ才能のある魔法使いだろう。」
「そうでしょう?」
褒められてニヤつくアフェリンちゃんが微笑ましい。
このまま雑談にでも持っていきたいところだがまだ聞きたいことがあるので話を戻す。
「それで、オグエルさんってどんな人なんだ?俺はあまり話したことがないのだが。」
俺の質問にアフェリンちゃんはニヤつき顔をやめ、首をひねり少し考え込むような顔をした。
「うーん、一言で言うならまんまおじいちゃんって感じよ。
面倒見が良くて、のんびりしていて、いつも落ち着いていているのよ。年齢は聞いたことはないけど何歳なのかしらね。」
「おじいちゃんか……確かに見た目はそれっぽいな。」
ヤギっぽいモサモサの毛が髭に見えなくもない。
「あと魔法は使えないけどとっても強いのよ。どんな魔物でも一刀両断なんだから。」
「一刀両断って事は剣を使うのか?」
「そうよ、実際に戦っているところは見た事ないけどとにかくすっごく強いんだって。」
どんな魔物も一刀両断とは信じがたいが、魔王と思われる人物から実の娘を任されているのだからあながち間違いではないかもしれないな。
もし、もしもだ、アフェリンちゃんが魔王の娘だとしてそれを知った俺をオグエルさんはどうするだろうか?
流石にいきなり斬り捨てるなんて事はないと信じたいが、アフェリンちゃんの安全のためならやりかねないかもしれない。一応用心しておこう。
「私ばっかり教えていてもつまらないわ、狼さんも何か教えてよ。」
もしもの時の脱出案を考えていると、アフェリンちゃんが不満そうに言ってきた。
「魔法の練習はしなくていいのか?」
「質問に答えながらじゃ集中出来ないわよ。
押しかけてきたのは狼さんなんだから責任を取って何か話して。」
「えぇ……そんなに面白い話は知らないぞ。」
「別に面白くなくても良いの。狼さんのことを教えてくれればそれで。旅の話とかでも良いわよ?」
アフェリンちゃんの急かす視線が突き刺さる。
仕方ない、十分とは言い難いがある程度情報は集められたし良いだろう。
「本当に面白くないぞ?」
「良いの、早く早く。」
「じゃあそうだな、ついこの間の話なんだが……」
その後、俺達はオワズさんに晩御飯に呼ばれるまで話し続けた。
◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇
次の日の朝、俺が朝食の時間にリビングの床から起き上がると、テーブルに座るオグエルさんと目があった。
珍しい、この時間には木こりに行っているのに。
軽く会釈をすると、向こうも会釈して、おはよう、と挨拶してくれた。
「珍しいなこの時間でまだいるのは。」
「そうじゃな、いつもはもう出ている時間なのじゃが貴方達に頼みたいことが。」
「頼みたいこと?貴方達って俺とフラムか?」
「えぇそうです。
実は昨日山を下りる途中で上質な木を見つけたのですが大きすぎましてな、この老いぼれの手には負えんかったんじゃ。」
「それを切るのを手伝えと?」
「あぁ、申し訳ないのじゃが……。」
「手伝うのは構わないが突然だからな、仕事を交代してもらわないといけない。」
「仕事とは南の壁の見張りじゃろう?それならもう話をつけてある、気にしなさんな。」
「そうか、なら問題ない。
朝食は食べたいのだが良いか?」
「勿論じゃ、食べんと力も出ないからの。しっかりと食べてくだされ。」
そう言うとオグエルさんはリビングから出て行った。
うん、ただの優しい爺さんにしか見えない。本当に強いのだろうか。人は見かけによらないと言うがオグエルさんはどちらかと言えば小柄な方だしまず剣を持てるのかも疑わしい。剣ってかなり重いらしいからな。
あ、そんなことを考えてないでフラムを起こさないとか。
「おい、フラム起きろ。朝ご飯だ。」
傍らの毛布で覆われた小山を揺さぶる。
すると中ならくぐもった声が聞こえてきた。
「あ"ー……?まだ早いじゃろう……寝かせろ……。」
「オグエルさんが仕事を手伝って欲しいんだってよ。それに全然早くない、むしろ遅い。」
さらに強く揺さぶる。
やっとフラムが鬱陶しそうな顔を毛布から覗かせた。
「そんなもんお主一人で事足りるじゃろう……。さっさと行ってへし折ってこい……。」
「たまにはお前も働けって、のっ!」
そう言ってフラムから強引に毛布を剥ぎ取りにかかる。
フラムは最後まで離れまいとしがみついていたが、俺が毛布を振っているとついに力尽きゴロゴロと床に転がった。
ちなみに転げ落ちたフラムの服装はパジャマではなく、【ジンカ】を使ったときの服装のままである。
【ジンカ】状態の服は魔力で作られているらしく、脱げはするが別の服に変更などはできないらしい。
この前、魔力操作を使って服装を変えた俺を見てずるいと騒いでいたからフラムも例外では無いようだ。
ちなみに俺の服装は動きやすいように少しダボっとしたジャージのようなズボンにTシャツである。前世の俺の家着と大差ない。
一週間前から、というか村に来てからずっとこの服装だ。センスがない?元男に服のセンスを求めるな。
「ほらさっさと準備しろ。」
床で丸まるフラムに声をかけながら毛布をたたんで部屋の隅に置く。
流石にこれで起きるだろう。
「嫌じゃ!儂はまだ寝る!」
ダメだった。
さらに体を縮こまらせて寝ようとしてやがる。蹴っ飛ばしてやろうか。
そう思って近づくとフラムの周囲が異様に暖かいことに気がついた。
こ、こいつ魔法で気温を布団の中と同じぐらいまでを上げているのか⁈
そこまでするか普通⁈
「フハハハどうじゃ!もう奪い取れる毛布は無いぞ!」
「お前もう眠気覚めてるだろ。」
高らかに笑う友人をどうしたものかと見る。
「心配は要らん、この暖かさならすぐに眠くなる。」
「誰も心配してない。というかそれで寝たら体調崩すぞ。」
「それこそ杞憂じゃ、儂はそんなやわではない。」
勝ち誇った顔で転がるフラム。
ますます蹴り飛ばしたくなるが家の中で喧嘩をしてはオワズさんに怒られてしまうだろう。
どうしたものか……あ。
少し離れてから魔法を行使する。
するとみるみるうちにフラムの周囲の気温が下がっていった。
「?心なしか寒気が……いや明らかに寒いぞ、お主何をした!」
ダンゴムシ状態のフラムが腕をさすりながら叫ぶ。
「冷やしているだけだが?」
単純なことだ、眠くなるほど暖かいなら冷ましてしまえばいいのである。
冬の朝に冷水で顔を洗うと目が覚めるだろう、あんな感じだ。
竜の頂点を自称するだけあってフラムの魔法の術式はなかなか強固である。魔法を解除するよりも力押しの方が楽だ。
十秒も経たずしてフラムの肌には鳥肌が立ち、顔色は青くなってきた。
ドラゴンはトカゲっぽいし急な温度変化には弱いのだろうか。
「ぐぅ、卑怯な……ヘブシッ!」
「氷漬けになりたくなかったらさっさと降参することだな。」
「なめるな!竜帝がおいそれと降参するものか!」
そう言うとフラムの周囲の温度が再び上昇していった。
こいつ、まだ抵抗する気か。
いいだろう、望み通り氷漬けにしてやる……!
こちらもさらに魔力を注ぐ。
暖かい空気と冷たい空気がぶつかり合い、霧のようなものが出始めた。それでも緩むことなく魔力を注いでいく。
「ぬおぉぉ負けぬぞぉ!」
「いい加減に起きろ……!」
互いの魔力がぐんぐん高まりリビングの中は風が荒れ狂う。
負けんぞ、絶対に連れ出してやる……!
二十分ほど後、玄関を開けるとオグエルさんが斧や鞄を持って待っていた。
「おぉ、遅かったな。何か手間取ったか?なにやらオワズの怒鳴り声が聞こえたが。」
「「いや、なんでもない……。」」
「?」
オグエルさんは不思議そうにしていた。
「それで?お主が切れんかった木というのはどの辺にあるんじゃ?」
村から出発して約十分、俺達は山の中を歩いていた。
「方向はこのままで一時間ほど歩けば着くでしょう、竜帝様。」
「ケッ面倒じゃの、儂と我が友だけなら一瞬で終わるというのに。」
「アホなこと言うな、俺達じゃどこにその木があるか分からないだろう。」
「いや申し訳ありません。
切り過ぎないように、とこの山の木を切るのは儂だけとなっているのです。ですからお二人だけで切ってしまわれるのはご遠慮願いたい。」
オグエルさんが丁寧な口調でフラムを諭す。フラムは渋々といった感じで黙った。
多分年齢的には竜のフラムの方が上だろうに……。
それからは会話らしい会話もなく黙々と山を進む。
道中たまに出てきた魔物はフラムがイライラをぶつけるように片付けた。そんなに働くのが嫌かお前。
時たまに俺とオグエルさんも戦った。
オグエルさんの武器は柄が異様に長い斧だった。全長が長剣ぐらいある。
リーチが長くて、持つ長さによって間合いが変えれるので武器としても優秀らしい。俺には使いづらそうに見えるが、好みは人それぞれか。
そうして歩くこと一時間、山を一つ越えて谷間となっている平地にそれはあった。
それはとにかくデカい木だった。
幹の太さは遠目でも大人五人でやっと囲えそうなぐらいあり、巨大すぎて高さがよく分からない。周りの木から見て大体五十メートルほどか?
そして一番目につくのが枝の長さだ。俺達はまだ山裾にいてまだ幹までだいぶ距離があるが、枝は俺達の頭上に届こうかとしている。多分数百メートルぐらいあると思う。
枝には蔓が巻きついていて、青々とした葉がついている。葉のせいで当然その下にはわずかな光しか届かず、そのせいかこの木の下には他の植物がほとんど生えていない。
一言で言うとあれだ、日○の木を巨大化させた感じだ。
「なんだこれ……。」
俺が唖然としているとオグエルさんが説明してくれた。
「儂が切れんかった木がこれじゃ。ご覧の通り大きすぎましてな、しかも硬くて儂の斧で叩いていては何年かかるのやらと困っていたのじゃ。」
「確かにこれを切るのは骨が折れそうだが……放っておいたらダメなのか?」
「そうしたいのはやまやまなんじゃがこれのせいでこの通り他の木が育たないんじゃ。まだ成長しておるし切り倒さんとここらから木がなくなってしまう。」
これでまだ成長しているのか?どんな植物だ。これだけ大きければ自重で折れそうだが。
枝を見て思案していた俺の考えを読んだのかまたオグエルさんが説明してくれた。
「こいつの枝は強靭でな、この大きさでもビクともしないんじゃ。しかも所々に『支え』を作り始めておる。」
オグエルさんの指差す先を見てみると確かに枝が寄り集まり地面に伸び、柱のようになっている箇所があった。
あれで支えているのか、植物ってすごいな。
俺が関心していると、オグエルさんの話をつまらなそうに聞いていたフラムが幹のある方に歩き始めた。
「む、竜帝様、お一人では……」
「儂があんなものもへし折れんとでも?儂はさっさと帰りたいんじゃ、そこで待っとれ。」
「いえ、そうではなく……その木は魔物なのです。」
「は?」
フラムが振り向くが時すでに遅し。
すでに枝の下に足を踏み入れていた。
枝の中からフラムめがけておびただしい数の蔓が鞭のように振り下ろされる。
振り返っていたフラムは一瞬反応が遅れたものの、殺到する蔓を見ると後ろに飛びのいて躱した。
蔓が空を切り地面を叩く。パァンと乾いた音がした。
蔓は追撃を見舞おうとしたがフラムが枝の下からでると、フラムを見失ったかのように所在なさげにうねうねと動き、獲物がいないと分かると枝の中に消えていった。
「なんじゃ今のは!」
フラムがオグエルさんに詰め寄りながら問う。
オグエルさんはフラムを両手で制しながら答えた。
「先程言った通りです。
あの木は魔物でして、あのように枝の下に入ったものを攻撃してくるのです。」
「もっと早く言わぬか!」
「お前が先走ったからだろ。」
さらにオグエルさんに詰め寄るフラムを引き剥がす。
それにしても確かにこれは放っておけない。こんなものが村まで伸びてしまったら間違いなく村は壊滅だ。これ以上成長する前に排除するべきだろう。
「それで、これを切り倒せばいいのか?いや、この場合は討伐か?」
「出来れば切り倒して欲しい、この木の強度は何かに利用出来るじゃろう。」
「分かった。」
フラムが嫌そうな顔をしていたが無視する。大方焼き払おうとでも思っていたのだろう。
さて、どうするか。
反応出来ないほどの速度でスパーンと幹をぶった切れればいいのだがもし失敗したらタコ殴りにさせるだろう。
それに今の俺は狼の姿ではなく【ジンカ】を使った状態だ。確実にいける手を使いたい。
しかしそんな都合のいい方法があるわけでも無い。せめてあいつのステータスを知りたいが……あいにくそんなスキルは持っていない。
とりあえず適当に魔法で攻撃してみるか。防御力ぐらいなら測れるだろう。
スッと手を前方にかざして魔法を行使する。
使った魔法は風の刃を飛ばすものだ。スピード重視、切れ味重視である。
これでまずは様子を見てやつのスペックを測ろう。
放たれた刃は幹にめがけてまっすぐ飛んで行き――そのまま幹を通り過ぎた。
途端枝がざわめき、蔓が枝から垂れ下がりその何本かがめちゃくちゃに暴れる。
あれ?
幹に斜めの切れ目が入り、切れ目の下と上がずれて上の部分が傾いていく。地面についた枝がバキバキと音を立てて折れていった。
一瞬呆けていた俺達だったが、慌てて木から距離を取る。
なおも木は傾き、四十五度ほど傾いたところで折れた枝に支えられるようにしてようやく止まった。
「驚きましたな……。」
呆然とした空気の中オグエルさんの声がやけに響いた。
お読みいただきありがとうございました。




