狼さんと怪しい集団
リアルが忙しくて更新が遅くなりました。
多分これからもこんな感じの更新速度になりそうですが、失踪はしないのでこれからもよろしくお願いします。
失踪する時は謝罪してからします。
山の中を巨大な猪が爆走して行く。細い木々はへし折って行くという豪快さだ。
その猪と言うのは、もちろん俺が乗っているこいつである。
「ギュパッ」
挑もうとする無謀な魔物もいたが、一瞬でひき潰されていった。
村から離れて行くにつれて魔物も現れ始めたが、地面にあるやつは猪に踏み潰され、それ以外は俺が撃墜していった。
「ブゴォォォォォ!」
猪が吠える。
初めは困惑しながら走っていたこいつもノッてきたようだ。
現在、俺は猪を村から離れるように走らせている。
理由は猪の運動のためというのはもちろんだが、前々から疑問に思っていたこと、村の周りの魔物の調査も兼ねている。まぁ、調査と言っても走り回って魔物がいるか見るだけなのだが。
結果としては、さっきのように村を離れてから少しずつ魔物が現れ始めた。
今のところ弱いものばかりだが、そのうち強いのも出てくるかもしれないので一撃で潰せなくなったら帰ることにしている。
上空から急降下してきた鳥型の魔物を氷の槍で撃ち落とす。この前の反省から火属性の魔法は使わないようにしている。
しかし、分かってはいるのだが、とりあえず爆発させておけば広範囲の敵を倒せる火属性は便利ですぐに使いそうになってしまうな。
前は海に囲まれた無人島だったからいいが、この山の中で放火すれば大変なことになる。下手をすれば村まで巻き込まれるかもしれない。それは流石に駄目だろう。
再度自分を戒めていると、背後から視線を感じた。
魔物かと思い振り向くが、流れて行く視界に不審な影は見えない。
?……気のせいだろうか?
数十分後。
流石に猪が疲れてきたので走るのをやめるように言った。
「そろそろ疲れただろう、どこかで休むか。」
「プギィー……。」
猪は若干弱々しい声を上げて、減速していった。視界の流れる速度がどんどん落ち、歩行するのと同じぐらいになった。
のっしのっしと歩く猪の背中に揺られながら、俺は考える。
さっき感じた視線、勘違いではない。あの後も何度も見られている気がした。
元人間だった俺は野生動物にしては勘が鈍いと思うが、それでも気づくほどに何者かの視線はしつこかった。こちらを観察しているように感じる。
魔物だったら良いのだが、問題は盗賊や強力な魔物の場合だ。何故手を出してこないかは知らないが、なんにしても面倒なことになる。
それに盗賊なら村まで来るかもしれない。ちゃんと確認したほうがいいだろう。
さっそく周囲の気配を探る。
あ、やっぱり何かいる……5、10、15、20……多いな。
驚いたことにすでに俺は包囲されていた。
おおよそ三十人ほどの人影が俺の後方に扇型を作るように木々に隠れている。一番包囲が厚いのは後方で半数ほどがそこにいる。あとの半数は俺の左右を挟むように展開していた。
集団を構成しているのはおそらく魔族だ。装備は胸当てなどの軽い防具と腰の剣、そしてナイフで統一されている。
直接見ているわけではないが、何かの魔法を使っているようで、彼らの気配に魔法の術式が付いている。
集団と俺の距離はおよそ十五メートル、ボウガンぐらいだったら簡単にこちらを狙い撃てるだろう。それでも何もしてこないということは敵対の意思は無いのだろうか。
ちょっと躊躇ったが、振り返って声をかけてみる。
「そこのお前ら、何か用か。」
……。
返答は無い。しかし、集団は俺から静かに離れ始めた。音もせず動いているのになかなかの速度で去っていく。
素早い行動に感心するが、正体も確かめず逃すわけにはいかない。
魔力を放出し、人数分の巨大な腕を作り出す。突然の魔力の波動に猪が驚きこちらを振り返った。
俺の背後から触手のように溢れた腕達を遠ざかっていく集団を捕らえに走らせる。
不可視の腕の群れが蛇のように集団に襲いかかる。逃げる以上の速度で襲いかかった腕の波に集団はなすすべなく飲み込まれた。
一腕が一人ずつ捕まえ、腕達が戻ってくる。
取りこぼした手はいないようだ。もっとも目では何も見えないのだが。
そう、捕らえた集団には姿隠しと消音の魔法がかけられていた。お陰で肉眼では腕が不自然な形の拳を作っているようにしか見えない。
だが、赤外線や魔力で見てみると、腕の中で逃れようとジタバタともがく様が見える。音がないせいでどことなくシュールだ。
とりあえずかけられている魔法を全て解く。
ガラスの割れるような音を立て、空中で浮かばせられる集団の姿が現れた。
「なっ、術式が……!」
集団の魔族が驚愕の声を上げる。
魔法の解除、キャンセルの仕組みは簡単である。
魔法を顕現させている設計図、今の魔族が言った術式というものを塗りつぶせば良いのだ。具体的にいうと自分の魔力を相手の術式に叩き込み、無効化する。そうすれば魔力は行き場を失い、使用されることなく霧散していくのだ。
また、解除の難易度は魔法の難易度とイコールではない。術式がより強固で、複雑なものほど解除は難しい。
難しい魔法ほど強い魔力と複雑な操作が必要なので、全く無関係なわけではないのだが、簡単な魔法でも、強い魔力と無駄に複雑な術式さえあれば解除は困難となることもあるというわけだ。
またその逆も然りである。
もちろん、これは設置型、付与型の魔法に限られる。
火の玉や氷の槍などは術式を必要としない。正確に言えば、魔力を術式を使い様々なものに変化させてから放つので、発動した時には術式がどうなろうと撃たれた魔法は止まらないのだ。
まぁ、これにも色々例外はあるが。
猪に乗ったままゆっくりと集団に近づく。
「さて、もう一度聞こう。お前らは俺に何か用か?」
俺は集団の中で明らかに一番装備が良い隊長格と思われる、浅黒い肌の鬼のような魔族の男に問いかけた。
男の顔にはうっすらと皺が浮かんでいて額には角が生えている、いかにも戦士と言った容貌だった。
「お前ら、少し静かにしていろ。」
俺を見て魔族の男は未だ腕から逃れようと抵抗する周囲を黙らせた。
そして俺を静かに睨んできた。殺意は無いが明らかに好意的ではない目だ。
「……お前は何者だ、何故この村に来た、何故竜帝と共にいる。」
返ってきたのはこちらに対する返答ではなく質問だった。
前の二つは分かるが、フラムといると何か問題でもあるのだろうか。
いやそこじゃないか、質問に答えてないぞこいつ。
「質問しているのは俺なのだが?」
「答える義務は無い。」
「……あぁ、そうか。ならこちらにもその義務は無いな。」
そう言って男は口を閉じた。
…………
…………
…………。
沈黙が流れる。聞こえる音は猪のフゴフゴとした鼻息の音だけだ。
魔族の男と、その部下と思われる集団は何も言わずこちらを睨むばかりである。
強情な奴らだ、身動きを封じられているのによくこんなに強気に出れるものである、呆れるくらいだ。
それだけ話したくない、もしくは話せないことなのだろうか。
……しかし、そろそろ帰らないと交代の時間に間に合わないぞ。
もともと猪の運動のためだったので、これからこいつらを尋問している時間はない。村までは瞬間移動すればいいが、こいつらの素性を聞いていれば間に合わないだろう。
仕方なく俺は魔族の男に精神感応を使う。人としてあまり褒められた行為では無いのであまりやりたくないのだが、背に腹はかえられない。喋らない向こうが悪いのだ。
よし、パスが繋がった。手っ取り早く済ませよう。
出来るだけ必要な情報のみ読み取る。深層意識まで覗かずとも、ここ数時間分の記憶をざっと見れば分かるはずだ。
……?…………えぇ……なんだそれ。
読み取った記憶に思わず顔をしかめる。
全く嬉しくなかったが、ある程度の情報は得られた。
もう用はないので、集団を解放する。
解放された瞬間、抜刀して斬りかかってきたやつがいたので、剣をデコピンしてへし折った。
それを見てさらに血気付き始めた者が斬りかかろうとしたが、魔族の男が制止した。
しかし、男も思うところはあるようで、今度は殺気の混じった視線を飛ばしてきた。
「なんの真似だ?」
「別に、もう用がなくなっただけだ。
それじゃあな、もう会わないことを祈る。」
「この人数から逃げ切れると?舐められたものだな。」
自由になった魔族達は素早く俺の周囲を固めた。当たり前だが逃すつもりはないらしい。
まぁ、何人いてもそんなに変わらないんだがな。
瞬間移動の魔法を行使する。
一瞬で視界が切り替わり、俺たちはオワズさんの家の倉庫の中にいた。
瞬間移動の範囲には限界があるが、そのあたりも考えて猪を走らせていたのだ。主な理由は途中で見られると面倒なことと、単純に一回の移動で帰りたかったからである。
「運動は終了だ、お疲れ様。」
あれ?あいつらは?、といった顔をしている猪に労いの言葉をかけて、倉庫から出る。
結構ギリギリの時間だ、急がねばなるまい。
南の防壁に向かって走りながら、あの魔族の男の記憶から得たことを考える。
魔王の娘、か、面倒な事を知ってしまったな。
同居人であり弟子となりつつある少女のことを考えながら、俺は足を動かした。
「うむ、それは面倒じゃな。」
その日の夜、見張りの仕事を終えた俺はフラムに山であった事を話していた。
場所は深夜のリビング。俺とフラム以外はすでに寝ているが、一応防音の魔法をかけている。
「そうだろう?
よりにもよってアフェリンが関係するとは予想外すぎる。」
昼間に魔族の男から読み取った事を思い出す。
アフェリンちゃんは魔王の娘である。
そして、この村は彼女を守るための砦である。
それがあの魔族の男から得れた事だった。
唐突すぎてわけがわからないが、少なくともあの集団はそう認識しているらしい。
この村の周りに魔物が出ないのも彼らが定期的に狩っているからだそうだ。
読み取った記憶でも、俺を見つけるまでは山の魔物を狩っていた。
彼らが俺の仕事を奪っていた犯人だったわけだ。
「どう思う?本当だと思うか?」
「うーむ、難しいところじゃの。完全に違うと言い切れぬのが厄介じゃな。
あやつの魔力は常人のそれよりも強い。それに人寄りの姿だがごく普通に他の魔族と生活しているのは違和感があるな。」
「辺境の村では差別はあまりないって聞いたぞ?」
「はぁ?なんじゃそれは、誰から聞いたのじゃ。」
フラムが怪訝な顔をする。
「オワズさんが俺が村に来た時に教えてくれた。迫害するよりも助け合う方が大事だって。」
フラムが眉間を揉みながら、思わぬ事実を告げる。
「むぅ、探せばそんな場所もあるだろうが……大抵は田舎の方が差別は酷いものじゃぞ。王都から離れている分、法なんてあって無いようなものじゃからの。」
「それじゃあ……」
「十中八九嘘じゃろう。あの娘が異形の魔族の中で生活しているのを説明するためのな。」
ため息をついて天を仰ぐ。
この世界の魔王はほぼゲームに出てくるやつまんまだ。魔族の王であり、勇者と敵対する者である。
当然人族からすれば敵であり、魔族からは指導者として崇められるどちらにしても多大な影響力を持つ人物だ。関われば、良し悪しはともかくとして必ず何かあるだろう。
そして俺はそんな面倒なことは願い下げである。
「どうしようか……。」
「まぁ、そう悲観せずとも良いではないか。少なくともあの娘は無害であろう。」
「それはそうだが……。」
もちろんアフェリンちゃんを嫌いになるとかそういうのは無い。ただ魔王の娘と知って接し方は変わるかもしれないが。
流石に一つの種族の王様の娘と知りながら今まで通り話せる自信はない。
それに問題はまだある。
「明日オワズさんに何か言われるだろうか?」
そう、この村があの集団と繋がっているなら村長のオワズさんが無関係ということはないだろう。
遅くても明日にはオワズさんに俺があの集団と接触した事が報告されると思われる。
「分からぬ、あの鳥魔族の立場は知れなかったのか?」
「流し読みだったからそこまでは分からない。」
「記憶の読み方とかあったんじゃな……。」
「読み方というか読む度合いか?表面的な記憶だけサッと見たんだ。」
器用なもんじゃのう、とフラムが言った。
「……まぁ、考えても仕方ない気もするがの。
今儂らに出来ることは明日に備えて寝ることぐらいじゃ。」
「そうか……そうかもな。」
向こうの事情なんて分からないし、どう出るかなんて相手次第だ。
「分かった、もう寝よう。付き合ってくれてありがとうな。」
「感謝せずとも良いぞ、貸しにしておくからの。」
いつのまにか貸しにされていたらしい。
なんとも勝手な友人に苦笑しながら、リビングの隅に置いてある毛布を取って、横になった。
お読みいただきありがとうございました。




