狼さんと人化
誰も動かず、沈黙が流れる。
自分の胸に付いた膨らみを下から持ち上げてみる。ずっしりと重い、肩が凝りそうだ。
意外に固いと思ったら下着が着いてた。便利だな【ジンカ】。
現実逃避気味にそんなことを考えていると、フリーズから戻ったフラムが沈黙を破った。
「お主、女じゃたのか……。」
いつもならお前も知らなかったのかとか言って仕返ししているところだが、それどころじゃなかった俺は気にも留めなかった。
やっぱりこれ女になってるよな?
あれ?俺男だったような、あれ?
……もしかして実は前世は全て俺の妄想だったとか無いだろうな、否定できないぞこの年齢だと。
「おい!戻ってこい、しっかりせい!」
いつのまにかフラムが目の前にいて、肩に手を乗せていた。視界がガクガクと揺れる。思考の底に沈んでいた意識が戻ってきた。
『ぁ……大丈夫だフラム、俺はボケてない。』
「全然大丈夫じゃなかろう!何を考えていたんじゃ!」
再び肩を揺さぶられる。
いい加減首が痛くなるのでフラムの肩に手を置いて引き剥がした。
『本当に大丈夫だ、ちょっと混乱していただけだって。』
「ちょっと……?
まぁいい、それよりもどうじゃ感想は。儂はだいぶ予想外じゃたのじゃが。」
「そうですよ、狼さん女の人だったんですか?」
少女と青年も近寄ってきた。やはり彼らも俺が男だと思っていたらしい。
『感想というか……なんで女になっているんだ?』
「いや、儂らに聞かれてものう。変な話じゃが、逆に何故女ではないと思っていたんじゃ?自分の性別すら間違えるとは相当じゃぞ。」
『前世では男だったし、記憶もあったからなんとなく男だと思っていたよ……魔物って性別分かりづらいし。』
魔物は基本排泄や生殖はしない。食べた物は全て魔力に変換されるし――出来ない物はまず食べないし、食べても吐き出してしまう――魔物は魔力から生まれる物で生殖という概念もほぼない。
例外としてゴブリンとかオークが人を攫って繁殖しているが、主な理由はただ人を嬲るためで、孕ませるのは精神的にも苦痛を与えるためというなんとも悪趣味なものだ。
実際彼らは人を利用せずとも魔力から生まれる方法で十分に種を存続出来る。
なるほどのう、とフラムは頷いた。
離れていて俺たちとディエリスの会話を聞いていなかった兄妹が首を傾げているので、俺の前世について説明した。
青年は信じがたいと言った表情をしていたが、少女は生まれ変わりってなんか素敵ですねと言っていた。正直俺の転生の仕方は素敵では無いと思うがそこは黙っていた。
「転生となると記憶はともかく体が変わっていても不思議はないのう、再び同じ性となるかは五分五分じゃしの。」
確かに俺の前世の体は、あの死に方では無事では無いだろう。転生時に新たしく体が作られていたなら性別が変わってても不思議じゃ無いのかもしれない。
そう納得しておくことにして、姿を確認するために魔力で鏡を作った。姿鏡のような長方形の縦長の鏡だ。
鏡には女性が映っていた。
髪は黒く、腰まで届くようなロングヘア。眠そうなジト目と細い体は前世からうけついだのだろうか、なんとなく前世の俺の面影がある。
着ている服は白い簡素なワンピース、そしてその胸の辺りは大きく膨らんでいる。フラムよりあるのではないか、あいつも結構大きかったのに。
前世が男だった身としては大きいことは大変結構なのだが、自分がそうなるとなんとも言えない気分だ。
しかもなんとなくクるものがないというか、何も湧き上がってこないのが虚しい。
『これ性別変えれないのか?』
「無理だと思うがのう……【ジンカ】はもしも人間だったらというifの自分を投影するようなものじゃ、スキルの範疇としては引き出せる自分は一つじゃろう。」
フラムの言葉に半ば諦めつつステータスを開くが、案の定特に性別は変えれなかった。
しかしある事に気付く。
『【器用】が上がっている?』
D-となっていたはずの【器用】がCにまで上がっていたのだ。
「あぁそれはな、人型の方が単純に手先が器用だからじゃの。狼の手と人の手ならば差は歴然じゃろう?」
確かに狼の前足より人の手の方が断然器用だ。狼の前足だと物も掴めないし、確実に今の方が器用とは言えるだろう。
ステータスまで変わるとは意外だった。黒くなっていて分からないが、他の能力も変動しているのかもしれない。
『便利だな、【ジンカ】……。』
「そうじゃろう?コンパクトになるしの。
あと今なら普通に話せるはずじゃぞ?」
それもそうだ、今の俺は人型なのだから言葉も話せるはずだ。
「ぁ、あ、ああ、あー。フ、フラム?」
「おお、ちゃんと喋れておるぞ。」
「狼さんの声は綺麗ですね!」
少女が褒めてくれたように、我ながら良い声だ。
女性にしては少し低いが、よく通る声が喉から出てくる。自分の声じゃないみたいで、ちょっと不思議な感覚だ。
「確かにそうじゃの。
我が友よ、もっと聞かせてくれ。お主が喋るのは何か新鮮な気分じゃ。」
「そうです、私も聞きたいです。」
「そうか?でも話すネタが無いからな……。」
「いやいや、何かあるはずじゃろ。儂に会う前の話とかは無いのか。」
「おとぎ話の事が聞きたいです!本当に昔の大陸には世界樹があったのですか?」
仕方がないのでその場に座り込み、適当に思い出した事から話していった。
正直俺の引きこもり生活のことばかりで、なんの面白みもないのだが二人は楽しそうに聞いてくれた。まぁ、離れたところで周囲を警戒していた青年は早く終わって欲しそうだったが。因みに世界樹?は知らないと言うと少女はちょっと悲しそうだった。夢を壊してしまっただろうか。
それにしても、案外話し方を覚えているものだ。人間だった前世はすでに遠い昔だというのに。
普通に体も動かせるし、これが【器用】Cの恩恵なのだろうか?
そんなことを考えつつ、思いつく限りのことを話した。結構すぐ話し終えてしまうあたりに、俺の引きこもり生活の薄さがにじみ出ている。
「さて、そろそろ話は終わりだ。というかさっさとこの島から出ないと日が暮れそうだ。」
よっこいしょと立ち上がる。この島に来たのは昼間だったはずだが、すでに日は傾いている。青年と少女を送り届けることも考えるとそろそろ帰らないといけない。
「えぇ〜、まだ話すことあるじゃろう。
というか、お前のステータスとかもまだ分からんとこがあるじゃろう。」
「いや、流石にもういい。この数時間でお腹いっぱいだ。」
本当に、この数時間で俺の今世の何億年分なのだろう。少女を助けに来たと思ったら、倒した相手は邪神だし、捕まっていた人は神様だし、挙句自分が女だったし。
はぁとため息をつくと、フラムは仕方ないのうと言って珍しく引き下がってくれた。
「終わったか?」
俺たちが立ち上がったのを見て、青年が警戒を止めて近寄って来た。
「あぁ、長くなってすまない。あと警戒ありがとう。」
「ファルンが楽しそうにしていたからな、構わない。」
青年は少女に慈しむような視線を向けている。改めて妹が助けられたことが実感できて嬉しいのだろう、その顔には穏やかな笑みが浮かんでいた。
なんとなく感じてはいたが、こいつシスコンだな。まぁ、でなければ助けに来ていないか。
「それじゃあ出発の準備……は要らないか。」
そもそも何も持って来てないしな。
そう思ってフラム達を見ると、すでに青年も少女もフラムの背中に乗っていた。
行動が早いのは良いんだが……
「なんでみんなフラムの方に乗っているんだ?俺も乗せれるぞ?」
そう言って【ジンカ】を解き、狼の姿となる。しかし、フラムの背中の二人は動く気配が無い。
「我が友の加速は殺人的だからの、人を乗せるのは無理じゃろう。」
「なんだか分かりませんが、狼さんに乗るのは良くないとお兄様が……。」
「あんな速度のやつにファルンを乗せられるか、もちろん俺もお断りだ。」
何故かボロクソに言われてしまった。少女に至っては俺が飛ぶところすら見せていないのに。
『あれは急いでたからで、今回はゆっくり……』
「お主のゆっくりが本当にゆっくりか分からんのでな、すまんの。」
俺が何かを言う前にフラムは二人を背中に乗せて飛び立ってしまった。
慌てて俺も追うように駆け出す。
焼け焦げた島を残して俺たちは帰路に着いた。
その後はフラムに並走して大陸まで戻った。
ゆっくりだっただろ?と言う俺に、フラムは何度も置いていかれそうになって大変じゃたわいと言った。解せぬ、ちゃんと並走したはずなのに。
妖精族の兄妹は大陸中央の国で一緒に生活していくそうだ、曰く里の奴らは信用できないとのこと。まぁ当然といえば当然だろう。
少女から、いつかまた会いに来て欲しいと言われた。【ジンカ】がある今なら俺も人の国に堂々と行けるだろう、とりあえず彼らの生活が安定したらと約束した。
フラムは今回の邪神の事を他の竜帝?に報告すると言っていた。
青年も言っていたが竜帝って何なんだ?と聞くと、各属性を持つ竜の中で最も強い竜達の集まりだそうだ。
お前俺より火属性魔法弱いじゃんと言うと、泣きそうな顔になったので俺は竜じゃないかと言うと持ち直していた。いいのかそれで。
報告に行くついでにとフラムの背に乗せられて飛んで行った兄妹を見送った後、俺は引っ越しをすることにした。
フラム曰くあのワイバーンは邪神の手下だったらしく、邪神が死んだ今もう出てくることはないらしい。
食料が調達出来なくなるので新しい住処を見つけに行くというわけだ。
当てはないが、今回の件で俺の強さは分かったわけだし心持ちは楽だ。いざとなれば【ジンカ】を使って、冒険者を装って村にでも寄れば何とかなるだろう。
恐らく数億年を共に過ごした住処に別れを告げて、俺は新たな家を求めて旅立った。
予定よりも長くなりましたが、一応これで一区切りです。
こんな感じで作者が書きたいことをダラダラと書き連ねていきたいと思います。
お読みいただきありがとうございました。