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狼さんと潜入

初めは少女視点で、途中から主人公視点に戻ります。

 私の一番古い記憶は兄の泣き顔でした。

 小さな私を抱きかかえて泣きじゃくる兄。その前には二つの墓がありました。

 今思えばあれは私たちの両親のものだったのでしょう。お墓は木の板を組み合わせた墓標と数本の花がそえてあるだけの粗末なものでした。





 兄と私は両親と仲の良かった夫婦の方に引き取られました。旦那様と、私たちの父親は同じ狩人でよく一緒に狩りをしていたそうです。


 始めは泣いてばかりだった兄はだんだん泣かなくなり、弓を学んだり本を読んで知識を集めるようになりました。

 その時にはもう兄は大きくなった私を抱きかかえれませんでしたが代わりによく頭を撫でてくれました。





 百歳となり、成人の儀を終えた兄は里を出て行きました。

 兄は私に冒険者となって成功して、たくさん稼いでくると約束しました。

 兄の背中が遠ざかって行くのを見送るのがとても寂しかったことを覚えています。


 兄が居なくなってから私は魔法を学び始めました。

 運動は出来ませんでしたが、魔法の才能はあったようです。兄が居ない寂しさを紛らわせるように魔法に没頭した私は大人でも難しい魔法を数多く習得しました。

 私の魔法の腕前は里全体に広まり、弟子入りを志願する人まで出てきました。

 しかし私はそれらを全て断りました。私が魔法を学んできた理由、それは兄と共に冒険者となるため。弟子を育てるつもりは全くなかったのです。


 そろそろ兄の元へ行ってもいいのではと思い始めたある日のことでした。

 里の長老様方からの呼び出しを受けました。

 なんでも西に現れた新しい神様の巫女となって欲しいそうです。

 もちろん始めは断りました。私は兄の元へ行きたいのです、神様に仕えるつもりはありませんでした。

 しかし長老様方は驚くべき条件を出してきました。なんと巫女となればその護衛として兄をつけると言うのです。

 どうやら兄は約束通りに冒険者として成功して、今は大陸に名を馳せる有名人となったそうです。


 私はその条件に飛びつきました。兄に会える上にまた一緒にいられるだなんて願っても無いことで、私はすっかり舞い上がってしまいました、長老様方の思惑に気づかないまま。





 それからの私の生活は一変しました。住む場所は里の中心にある屋敷になり、毎日礼儀作法や神様に関する知識などを学びました。


 そして一番変わったことは、体に刻まれた術式です。これは巫女になると決まった後すぐに村の術士の方がかけたもので、神様とのパスを繋ぐものだそうです。

 この術式をかけられてから何かの視線を感じるようになりました。長老様方曰く神様とパスが繋がったことで神様が見守ってくれるようになったとのことでした。


 突然変わった環境に慣れず、体調を崩したりと苦労はありましたが兄に会うためと思い、私は必死で巫女の仕事を学びました。





 巫女となってから半年経ち、神様の元へ向かおうかという時にようやく兄と会うことが出来ました。

 長老様方が言った護衛とはこの時のものだったそうで、もっと早く言って欲しかったと少し恨めしく思いました。


 久しぶりの再会にはしゃぐ私とは対照に、兄は硬い表情のままでした。心配して聞いても曖昧な返事しかしてくれませんでした。


 西の地に向かって出発した後も兄の態度は変わりませんでした。

 話しかけてもよそよそしく、冒険者稼業をしている間に性格が変わってしまったのでしょうかと思っていました。


 しかし理由は私にあったのです。

 旅の途中に出会った一匹の狼さん、彼?の巣で私は兄と狼さんが話していることを聞いてしまいました。

 そして兄の様子がおかしい理由も――自分の愚かさにも気づきました。


 巫女だなんて嘘、私の本当の役割は生贄として死ぬこと。


 私はこれ以上兄は巻き込むことに耐えられませんでした。見捨てられたのは私、兄を危険に晒すわけにはいきません。

 私が学んできた魔法は例え兄でも破ることは困難でしょう。それに兄なら、私という荷物がいない今、あの場所からでも容易く里まで戻れるでしょう。

 ――兄は私が生贄となれば悔やみ、自分を責めるかもしれません。ですがそもそもこれは私の失態、兄には落ち度はありません。

 それに兄を必要とする人はたくさんいるでしょう、時間がかかるかもしれませんがきっと彼らが兄の心を癒してくれるはずです。


 心残りといえば……狼さんから貰ってしまった毛布でしょうか。明らかに一つしか無かったのですが、あの毛布で寝るとなんだかとても安心出来て手放せませんでした。ごめんなさい狼さん、愚かな妖精(エルフ)のわがままを許してください……。





 周囲の魔物に火球や氷弾を撃ち込みながら森の中を走ります。

 里でかけられた術、いや呪いによって私の、生贄の位置は相手に知られているようです。派手に魔法を使いながら海に向かえば確実に兄が起きる前に私は連れていかれるはずです。


 一気に視界が開けました。

 目の前には一面の青、なんとかたどり着くことが出来ました。

 森から追いかけてくる魔物はいません、この場の不気味な雰囲気を感じ取っているのでしょう。


 そう、やっとたどり着いた海は不気味な雰囲気に包まれていました。


 サンサンと降り注ぐ陽の光や潮の香りはするのですが、動くものも聞こえてくる音もありません。まるで夢の中にでもいるような錯覚に陥りました。


 異様な雰囲気に落ち着かず、キョロキョロと辺りを見回していると、海の向こうに小さな黒点が浮かんでいるのが見えました。

 黒点は滑るようにこちらに向かって来ます。私はとっさのことに動けませんでした。

 そして黒点はあっという間に私の目の前に来てしまいます。


 黒点の正体は老人でした。

 黒いボロボロの外套を被り、手にはこれもまたボロボロの杖を持っています。

 外套で目より上は隠れていますが、見えている肌はシワシワで今にも崩れ落ちそうです。

 明るい砂浜なのに、老人の周囲だけひどく暗く見えます。まるで闇そのもののような姿でした。


「お前が贄か……?」


 老人が短く問います。か細いのに心を引っ掻くようなおぞましい声でした。


「は、はい。」


 私もなんとか返答します。


「そうか……。」


 老人はそれだけ言うと私に手をかざしました。

 するとみるみるうちに体から力が抜けていきます。

 そして私の意識は闇に呑まれました。





 ◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇◇





 無数の熱線がワイバーン達の体を細切れにする。熱線は威力を落とさず周囲の木々をなぎ倒す。


 焦げ臭い匂いが立ち込めて鼻に付く、この倒し方やめた方が良いな。環境にも悪いし。


 目的の島に上陸した俺だったが、いつも狩りをしている森に入ったところで予想外の事態に足止めを食らっていた。

 何故だか分からないが、いつもは背後からなり油断したところを狙ってくるはずのワイバーンが俺のことを見るなり突進してくるのだ。


(全部相手にしてられないな。)


 そう判断した俺は焼け焦げた同族を踏みつけながら迫るワイバーンの群れに炎を纏い突撃する。

 近づいてくるワイバーン達の鱗が焦げ、肉が焼け倒れたものは後続のものに踏み潰されていく。しかしワイバーン達は止まらない、というか目に理性の色が見えない。


 速度を落とさず一気にワイバーンの群れを突き抜ける。背後からワイバーン達の喚き声が聞こえるが無視して走り去る。倒れた木にも引火しただろうし、しばらく追いかけてはこれないだろう。


 あの感じだと全滅させないと止まらなかっただろう。ああいうのはあしらっても意味がないから相手にし辛い。虐殺するのも好きではないしな。


 周囲にワイバーンの気配がないことを確認してから集中し、少女の反応を探る。


 反応はすぐに見つかった。中央の山に地下空間があるようで、少女はそこにいるみたいだ。


 しかし――


(なんか変な反応もするな。)


 少女の他に二つ反応があった。

 片方はひたすら暗く、ドロっとした嫌な感じがする。探ると背筋がゾワッとするような気配、恐らくこっちが妖精族(エルフ)の占い師が予言したやつだろう。


 問題はもう片方の反応だ。

 その反応から感じる気配は邪悪とは程遠いものだった。明るく、澄んだ感じの神々しいものだった。

 しかし何故か反応が弱い。それに暗い鎖のようなものが絡みついているように感じる。


 少女の他にも生贄がいたのだろうか。

 もしそうならまずい。最悪少女を連れて全力で逃げようと考えていたが二人連れて逃げきれるだろうか。しかし見捨てることはしたくない。

 ……最悪のパターンしか考えても仕方ないか。とりあえず地下へ行かないと。


 立ち上がり、魔力を放って周囲の地形をスキャンする。

 地形を感じ取るのは索敵より面倒だがそんなことは言ってられない。


 俺はワイバーン達の気配に気をつけながら入り口を探りに走り始めた。





 ……見つからないな。


 探索開始から約五分、島中くまなくをまわったが入り口は無かった。

 我ながら見通しが甘すぎたな……なんとなく邪神ぽいから神殿みたいな入り口あると思ったんだが、無かった。


 今のところ少女達の反応に変わりは無いが、再び入り口を探している猶予はないだろう。


 もう一度地下へ意識を向け、嫌な気配の後ろの空間の座標を強く知覚する。

 今いる場所とその空間を一体化させるイメージで魔力を放つ。


 フッと景色が変わる。

 そこは木が生い茂る森ではなく、冷え切った空気に満たされた岩のドームの中だった。

 間髪入れずに魔法で姿を隠し、気配を殺す。


 瞬間移動。

 魔力消費が大きく、あまり使いたくない魔法だ。多分戦闘になるだろうから魔力は節約したかったのだが、見通しが甘かった俺の自業自得だ。


 目の前には何かの骨や皮で作られた背もたれのようなものがある。何かの玉座だろうか。


 この位置からは誰かが座っているか分からないので、距離を取りつつゆっくりと玉座擬きの斜め前に移動する。


(なんだこいつ……。)


 玉座の上には黒い外套を着た老人が座っていた。フードを外していて、皺くちゃの顔には底なしの闇のような眼球のない目があった。

 頬杖をつきながら目の前に浮く水晶を見ている。


(めちゃくちゃ不気味だ……。)


 確かに邪悪な存在としか言いようがない見た目だ。実は良い人ということは多分ないだろう。


 老人の前、ドーム状の空間の中心に少女が仰向けで倒れている。まさかと思ったが、反応はまだあるしよく見たら胸がかすかに上下している。眠っているだけのようだ。


 そして――俺がいるところと反対の玉座擬きの横に鎖に繋がれた女性がいた。

 白に近い金髪に青色の瞳をしていて、白い古代ローマにありそうな服を着ている。

 スレンダーな体型で艶めかしいというより美しいという言葉が合う美人だ。

 しかしその体には虚空から伸びる鈍く光る黒い鎖が何本も巻きつき、彼女を空間に磔にしている。


(この人が変な反応の正体か……でも人質ってわけではなさそうだな。)


 なんとなく拘束が厳重すぎる気がする、逃がさないというより彼女を恐れて封印しているみたいだ。


 さて、どう動くか……。

 とりあえず少女の無事は確認出来たしフラム達を待って……


「やっとか……。」


 静かな空間にか細く、しわがれた声が響いた。


 !!


 ビクッと動きを止める。


(まさか魔法を見破られたか⁈)


 目だけを恐る恐る動かして老人を見る。

 ――しかし老人はこちらを見ていない。未だ水晶を見ていた。


 ホッと息をついていると、水晶からかすかに声が聞こえてきた。

 耳を強化し、耳をすませる。


『――申し訳ありませんディアデュ様。』


 聞こえてきたのはこれまたしわがれた声だった。

主人公がバカっぽくなってしまった……。

お読みいただきありがとうございました。

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