3.スラムのアジト
言いたいことは言って去っていたジェイミーの後に私と20人が残された。
日も暮れてきて、周囲の建物から夕食の支度をしているのか各家の煙突から湯気が上がっている。昼食を食べ損ねた私の腹がクゥと小さな音が鳴る。
「はぁ、とりあえずご飯行こうか。近くに食堂ってある?」
「まずは自己紹介をさせてくれ。俺はブライアン。元裏社会の一員で今このアジトの管理を任されている」
「あの……私、ネリー。12歳なの……です」
「どうも」
ブライアンは少しやつれているものの、20代前半の若さながら精悍な顔立ちの中に貫禄がある。腕も、胸板も厚い。これほど体格に恵まれた奴隷は珍しい。
裏社会の一家で若頭を努めていた人物だそうだ。ガサ入れの際に一家の主の泥をかぶり検挙され鉱山送りになったそうだ。
少女の名前はネリー、潜在的な魔力は私より多くジェイミーとライバルになれそうな化け物予備軍だ。
ジェイミーからは最悪の場合は商売で稼げなくてもいいから、この子に魔法と礼儀作法を教えるように言われている。
戦闘メイドとして側に置きたいという事だが、子供が一人だけの空間にいたせいか少しオドオドしている事が多い。
私にたしてはやたらと好意的で目が合うとニヘラと笑ってくる。
とりあえず手を振ってみたら小さく振り替えしてくれた。なんとなく私もうふふんと胸を張って笑顔を返してみた。
私は本格的に戦い方を学んだことはないのでよく分からないが、ジェイミーみたいな強気で負けず嫌いなタイプならともかく、ネリーみたいなおとなしいタイプが戦闘できるのかと不思議に思う。
私とネリーがふわっとした空気を醸し出していると、ブライアンがドスの聞いた低い声で私に詰問する。
「ジェイミー様の紹介ってのは分かった。それでお前は俺たちをどうする気だ?」
その言葉に空気が少し重たくなり、アジトにいるネリー以外の19人から探るような視線が私に突き刺さる。
特に裏社会にいたという数人からは危険な雰囲気すら感じる。私にはよく分からないが、殺気のようなモノを出しているのかもしれない。
完全アウェイの中で、成人男性の中でも背の高いブライアンから威圧的な態度で見降ろされるとかなりの迫力がある。
ジェイミーに言われたからここにいる事は認めるが、仲間にするかを決めるのは自分たちだと言外に漂わせている。
随分と舐めた態度だが、殴り合いになれば魔法を使える私が圧倒できるはずだ。
はじめから殴り合いをする気はないが、このままだとめんどくさい事になりそうなので、軽くため息をついて一歩前に出る。
「うん。一応私も侯爵令嬢でジェイミーと同格なんだよね。舐めたような態度は禁止ね」
両手を強く叩くように合わせる。パチンと大きな音がした瞬間、私の魔力が両手を中心に広がる。
魔力を拡散せて、霧のように薄く引き伸ばした魔力を自分の周囲にいる人間ぶつけた。
術を行使した訳ではないが魔法に精通していない人間が他人の強い魔力に当てられると、静電気に触れたようなビリッっとした感覚になる。
力関係を分からせるには分かりやすくていい。
侯爵令嬢としての身分はこういう底辺の人間には通用しない。お金、力、コネクション、なんでもいいから相手より上だと見せつけておいたほうがいいだろう。
魔力の扱い方すら習った事のない人間からしたら、手を叩いただけで、何か得体の知れないモノが自分の体が駆け抜けたと勘違いするはずだ。
私を睨みつけていた連中は青い顔をしている。さっきまでの威圧感は完全になくなり私が場を支配している。だが、ブライアンだけ少しひきつった顔をしながらも、目の奥にある意志の強さを残し言葉を重ねてくる。
「舐めた態度をとったのは謝る。だか俺らは鉱山奴隷として使い捨てにされる所だった」
「うん、それで?」
元奴隷だから、力を示せばすぐに従うと思っていた私が甘かったようだ。
他の人間はともかく、ブライアンの持つ信念と意地は、商人達が身代をかけて金儲けをする時に似ている。
生半可なことで心が折れそうにない。
面倒くさいなぁと思いながらブライアンの話を聞く。
「俺たちは王都からコンラッド領に入った所で、役人がいつものように俺らに暴力をふるうところをジェイミー様が救ってもらったんだ」
鉱山奴隷のブライアン達が歩みが遅いと随行する役人に棒で叩かれていた時、偶然通りかかった貴族の馬車がいきなり目の前に止まった。
馬車から降りてきたのは釣り目だが整ったお人形のような女の子だった。
歩く姿は、気品にあふれ見ただけで跪いきたくなる雰囲気があった。
その天使のような顔から発せられた言葉は「暴力によって他人を従わせるなんて情けないですわ」とおおよそ貴族令嬢らしからぬ言葉と威圧感だった。
それを聞いた瞬間役人、鉱山奴隷を含めたその場にいたすべての人間は感じたそうだ。
こいつ、ヤバい奴だと。
コンラッド家の僻地にある鉱山に送る予定だったが役人もブライアン達の反抗的な態度に疲弊していた。
そこに現れたヤバいやつが、コンラッド侯爵家の令嬢だとわかると、彼らはジェイミーに押し付けるように渡して逃げていったらしい。
その後、ジェイミーは何を考えたのかは不明だがコンラッド家の然るべき場所に連れていくのではなくスラム街に連れてきたらしい。
うん。
スラム街に放置するのは私の時と同じだね。
私、一応侯爵令嬢なんだけど奴隷と同じ扱いされているのよねぇ。
少し悲しくなって、空を見上げてみた。
何も状況は変わらなかった。
「ジェイミー様には、命を救ってくれた恩義もある。この家や食事の世話もしてくれている。だが、お嬢がいきなり出てきて俺らの上に立つといってもそりゃ受け入れられねぇ」
私が役人と同じ様に理不尽な暴力を振るわないかという警戒感を持っていることが分かった。どういう人間か探ると同時に小娘を脅して自分たちが優位に立てないか試したのだろう。
「最初の質問に戻るぞ。あんたは俺らをどうするつもりなんだ?」
ただの小娘ではなく魔力を行使する力がある人間だとわかった上でも尚、同じ質問をするブライアン。
彼の言葉を聞いて、意外といい男だと分かって私はうふふんと笑う。
一流の男になれる雰囲気がある。
彼の期待と信頼を得られれば、こんな環境でも上手くやっていける確信を持つ。
「あんたらが食べていける仕組みを作るってあげるよ」
その言葉に周囲から「おおっ」とどよめきが起きる。ネリーからは尊敬の眼差し、それ以外からは半信半疑ながら感嘆の声だ。
私は、少し気をよくして言葉を続ける。
「あんた達が今までみたことのない豪華な食事をたらふく食えるだけ稼げるようにね。中が真っ白でフワフワな食パン。肉汁あふれるステーキ。それを腹いっぱい食べれるようになるの」
ざわめきが起き、消えていく。
皆私の言葉に聞き逃さないようにしているのだ。
「ジェイミーがびっくりするぐらいの儲けを出して、このアジトを立て替えてやろう。一般市民の家よりよっぽど豪華な家にするんだよ」
胸を張りながら宣言する。
一般市民や農民たちが側を通ると頭を下げて歩かなければいけなかった農奴、社会の日陰者として嫌われ続けた裏社会の人間。
彼らに夢を見させる。
いつまでもスラムにいて、与えられたアジトで隠れたような生活をしているだけで、満足しているんじゃないと喝を入れる。
大言壮語。侯爵令嬢という地位が使えないスラムで、逃亡奴隷たちを使って、何をどうできるのかなんて分かる訳はない。
だが、私の言葉に20人全員が奮い立った。
ブライアンも多少なりとも満足したのか、笑みを浮かべている。
私はまったりしながらお金を集めたかっただけだ。
家を追い出され、ジェイミーに連れてこられたがそれは変わらない。
ジェイミーが商売できる環境を整えてくれるというなら、私はそれを利用して稼ぎまくるのだ。
目指せ不労所得。ビバ、左うちわの生活。
グッとこぶしを突き出してカッコよく宣言したところで私のお腹がキュルキュルと大きな音をだした。
「とりあえず、ご飯いこう」
「えっと……」
「ククク、とりあえず期待させてもらおう。食事処はこっちだ」
ネリーが何か言いかけたが、ブライアンが言葉を遮り歩き出す。
ネリーは難しい話が終わったからか私の周りをちょろちょろして話をしたそうにしている。最初から好意的な眼差しだったのは同い年とい仲間意識だろう。
だが、敵意を向けられた中、好意的な眼差しを向けてくれたネリーの存在に随分と助けられた。
ブライアンの後を私とネリーが歩きだすが、ほかの人間はついてこない。
「あれ?早く来なよ。今日はおごってあげるよ」
ジェイミーからもらったお金があるので太っ腹な宣言する。