2.断罪
「ふふふ」
前世の記憶を得て8年がたちジェイミーが王立イエスエ学園の上級貴族しか入れない場所のオープンカフェで一人で優雅にお茶をしていた。
かつての記憶を辿るように攻略対象者を次々と落としている少女がいたのだ。
そして、今日は記憶にある断罪の日。
現実でも攻略対象者たちが動き出しているという情報を得ているジェイミーは、おかしくてたまらないといった感じで笑い出した。
「怖っ」
メイドのネリーがジト目でジェイミーを見ながらボソッとつぶやく。
「何か言いまして?」
「突然一人で笑い始める主人が怖いので転職したいです」
「ふふふ、私から逃げられると思って?」
「あぁ、神よ。この女に罰をお与えください」
ジェイミーは手を胸の前で組んで、大げさに天を見ながら神に祈るネリーを鼻で笑う。
戦闘メイドとして仕えるネリーは実は農奴出身だ。移動の自由も認められずに生涯その土地で奴隷のように畑を耕す人間。
逃げ出した農奴は町や村に入ることも、新たに職を得る事もできない。
盗賊になれればいい方で、ほとんどに人間は何もできずに飢え死するか途中で拘束され鉱山奴隷として山の中で一生穴を掘り続ける人生を送ることになる。
ネリーのように戦闘やメイドのスキルを身に着ける事は出来ないし、農奴だとばれればこの場にいる時点で拘束され処刑されるはずである。
「もうすぐ、貴方の祈りが届くわよ」
「それは……」
ネリーがどういう意味か聞こうとした時、静かなこの場所にざわめきが洪水のように押し寄せる。
上級貴族だけしか入れない場所に、平民を含め大勢の学生がジェイミーのいる方に向かってきている。
ネリーが戦闘態勢に入ろとするのをジェイミーは押しとどめる。
「貴方の祈りが天に通じて第一王子殿下が私を断罪しにきたのよ」
「うぇ、めんどくさいだけじゃないっすか」
ジェイミーとネリーが談笑している間に第一王子一行は二人の前にたどり着いた。
先頭にいるのは、第一王子、続いて教皇の息子、宰相の息子、騎士団長の息子、ジェイミーの兄や婚約者までいる。
先頭の第一王子の腕にくっついているのはフワフワとしたピンクの髪に黒い目をした少女だ。
高い魔力と高い運動能力を持っているが、ちょっとドジで抜けているという変わった属性を持つ彼女はどこか小動物のような空気を持つ。多くの男性は愛らしく庇護欲をそそる彼女に夢中になるだろう。
その彼らが大勢の学生を引き連れてくる。
大多数はジェイミーを見る眼差しと責めるような無言の声を上げ、咎める雰囲気を隠そうとしない様は、見えない刃を突き付けられているような圧力がある。
そんな圧力をうけていてもジェイミーとネリーはのんびりとした様子で席に座っていた。
その姿をみて苛立ちを隠さずに第一王子が一歩前に出る。その左後ろにはヒロインがくっついていて、ヒロインを囲むように学生ではなく本職の護衛騎士がいる。
学園は学生の自治を認め、自由と競争を元に自主性を磨くのがモットーだ。重大事案でなければ騎士を含む大人が介入することはない。
家庭で厳しく躾けられた反動か、それとも元々の素養だったのか、今回入学した高位貴族の子息は教育係の目が届かない間に好き勝手してきた。
たかが緩み、自由と勝手をはき違え自分の都合のよい風にふるまってきた代償なのかここに騎士を呼ぶという事はどういう事になるのか、連れてきた第一王子は何も気が付いてなさそうだ。
学園という箱庭の自治を放棄し、社会人として糾弾するという事の意味はとても重い。
「ジェイミー・コンラッド侯爵令嬢。クロエに対する数々の苛めや嫌がらせ……我慢にも限度がある。素直に罪を認め謝罪し退学するなら良し、否というなら投獄するぞ。尚、この場でジェイミー・コンラッドと我が側近であるウィル・シーウェルの婚約を破棄することを宣言する。この汚らわしい女と我が側近が結婚する等おぞましいことは許すわけにはいかん」
一気に言い切った第一王子ディエゴ・イエスエは胸をはる。それに対して臣下の礼をとることもなく、ジェイミーは紅茶を一口のみ悠然と笑みを浮かべる。
「あらディエゴ殿下。私何もしておりませんわ」
「白々しい言い訳を重ねるか。この女狐が」
ジェイミーは整った顔をしているが少し釣り目で周囲にきつい印象を与える。可愛いたれ目のほうが好きなジェイミーにとって釣り目はひそかなコンプレックスなのだ。
悠然としていたジェイミーの顔がわずかに歪む。
「ぶぶっ。狐。釣り目。ざまぁ」
「ネリー。貴方あとでお仕置きね」
「ひぃ、ウチは少し本音がでただけじゃないっすか。悪口言ったのは王子っすよ」
「だ・ま・れ」
ジェイミーとネリーの掛け合いに第一王子が口をだす。
「そうやって侍女を苛め、それに飽き足らずクロエにまで手をかけるその性根。どこまで腐っている」
「そうだ。そうだ。お嬢の性根は腐りすぎだぁ」
「ネリー!シャラップ」
ジェイミーは指をパチンと鳴らし、防音の魔法をかける。口をパクパクしながらネリーはいまだジェイミーの悪口を言っているようだ。
呆れ果てたようにジト目でネリーを見た後ジェイミーは第一王子に目を向ける。