5.勉強しようよ
「うん。じゃあとりあえず、今日から朝一番でゴミ拾い。昼の鐘がなったら戻ってきて読み書きと算術を学んでもうね」
稼ぎを減らして勉強という訳の分からない事をやれという私に皆は何が始まるのか不安そうな顔になる。
スラムの飯に関してもブライアンは、自分たちがおかれている環境を私に知らせるという意味と目的を持って行動をした。
だが、他の人間はどうしたらいいのか分からずに戸惑っていただけなのだ。
彼らは自己主張が苦手だ。こちらが命令すれば言葉を飲み込み嫌々ながらも従うだろう。生産性を上げる為にはこちらが彼らの意を組んでやらなければいけない。
彼らのやる気を引き出すにはどうしようかと悩んでいると、ブライアンが彼らの言葉を代弁するかのように語気を強めて私につっかかる。
「勉強だぁ。俺らにそんな余裕はねぇ」
「余裕って何よ?」
ブライアンの言葉にイラッときて私も言葉を強める。
「俺たちはその日その日の仕事だけで精一杯だ。勉強なんて金持ちがやる事だろ」
この世界の識字率は高くない。
農業をやるもの、小さな農村を渡り歩く行商人、酒場の店主、そして丁稚や農奴たち、その多くは学ぶことをしない。
彼らは無能でも怠惰でもない。その日を生きていくのに必要ではないのだ。
そこからかと「むー」と唇をとがらせる。
「学ぶという事は生きるという事よ。その力をつかって新たな世界を広げるという事なの」
「はっ、スラムにいる俺たちがか」
「うん。ジェイミーに拾われた時点あなた達は鉱山奴隷でも、農奴でも、裏社会の人間でも、スラムの人間でもないの」
「っ」
何を言われているのか分からないという風に、キョトンとした顔をしている。何のために拾ったのかを明確に説明してこなかったジェイミーの責任だろう。
この苦労をネタにジェイミーからお金を引き出せないかと一瞬考えたが、「お話」されそうなのであきらめる。
「あなた達はジェイミーが作った架空の商会の従業員ね。鉱山奴隷だったという過去自体消えているわ」
「そんな事ができるのか?」
「できるから貴族なのよ」
「お嬢がやった訳じゃないだろ?」
「ジェイミーにできる事は私にもできるって事よ。同じ同じ。そして、その商会を本当に稼働させるの。わ私が!あなたが!あなた達がね」
うふふんと胸を張って答えるが、ブライアンはジト目で睨んでくる。
「とにかく、いずれスラムから出て大きな仕事をしていくの。世界を広げる!その為の準備よ。否とは言わせないわ」
言葉を切って皆の顔を一人一人見ていく。決意、覚悟はできていない。
意味も分からないだろう。
ただ、自分たちの世界が広がるんだと頭の片隅に残ればそれでいいのだ。
種はまいた。
私は自信を深めて笑う。
「ちっ、さっきお嬢を信じるっていった以上今は従う。皆もいいか?」
「あぁ」
「はい」
あれだけ突っかかってきたブライアンがすぐに折れた。リーダー格のブライアンが折れた事で従わなければならないという空気が広がっているのはいい事だ。
あれ?むしろ皆を説得するために私に突っかかってきた感じかな。
中々やるじゃない、ブライアン。
ネリーを見ると、憧れのアイドルを見るようなキラキラした目で私を見ていた。
とりあえず、王族がパレードでやるように顔の隣に手をやって上品に手を振るとキャーキャー言いそうなぐらいはしゃいでくれた。
「何やってんだお前ら」
いつの間にかブライアンが私の側にきてほっぺをむにーっと引っ張ってくる。
やめろよ。おい。
◇◆◇◆
あっという間に1ヶ月が過ぎた。
ゴミ捨て場から拾ったモノをすぐに売るのではなく一度アジトに持ち帰るようにした。
きれいに拭いて見栄えをよくする、石材や木材はなるべく大きさを揃えて売る。売値をメモして変動を記録しておく。
たったこれだけの事でかつての5倍の値段がつくのだ。
お前らどれだけぼったくられてたんだ。
鉄貨2枚が、銅貨1枚なので微々たるものだ。だが、ジェイミーから支給されている食材だけでなく、夕食には自分たちで稼いだ金でかったソーセージが付く。
自分で稼いだ金を自分のために使う。
この当たり前の事が農奴だった皆には初めての体験なのだ。
彼らにとって勉強はジェイミーや私から強制的にやらされる事で自分たちにどういう効果が現れるのか分からない事だった。
だが、文字を書けることによってメモをとれるようになった。計算ができるようになって買取金額をごまかされずに済んだ。
この事によって、勉強をすればメリットがあるという事を知ったのだ。
メンバーは勉強に力を入れるようになり読み書き、算術はかなりできるようになった。
部下が変化している今、上司である私はこのメンバーの進方向性を定め促進していかなくてはならない。
だが大きく稼ぐといった大言壮語を実現するプランが思い浮かばない。
アジトの2階を私の執務室で机に肘をついてブライアンと一緒になってウンウンと無い知恵を絞りだしている。
同じ部屋にいるネリーもまた伸び悩んでいた。
魔力や戦闘に関しては順調だが、敬語が使えないのだ。
とりあえず気分転換でネリーに話を振ってみる。
「むー、稼げないなぁ。ガツンと一発当てたいんだよねぇ」
「アリサ様が来てから、すごいって皆言ってる、……です」
敬語が苦手で丁寧に話そうとするとたどたどしい言葉遣いになる。
その結果、口を開くことが少なくなり、成長しないという悪循環に陥っているのだ。
ネリーの事もなんとかしないといけないが、人を育てた経験のない私には難しい。
「足りない。何もかもが足りないんだよ。ネリー君」
「ふえ、何もかも……っですか」
「うん。どもりすぎて吃音がおかしなことになっているね」
「ごめん……です」
「まぁ、ネリーの教育は後回しにして、私は金貨が欲しい。銅貨じゃ足りないんだよ」
「じゃあ、薬でも販売するか?」
大きな音を立てて扉を開けブライアンが執務室に入ってきた。
お前、立ち聞きしてたのか?ってか薬って麻薬?
スラム街にも数は少ないながら麻薬は出回っている。昏迷状態を引き起こす抑制剤であり、酩酊、多幸感を引き起こす一方、強力な依存性があり、吸引すれば抜け出すのが難しい。
医療用の名目があるが、スラムで粉末にする作業を行っているという噂がある。
お金は欲しいが、他人の人生をボロボロにしてまで欲しい訳ではない。むしろ、危険なことからは全力で逃げ出したい。
「やらないわよ。そんなもん」
「へぇ、意外だな」
ブライアンがニヤッと笑う。
その顔がいたずら子ぽくってちょっとカッコいい。
ちょい悪の魅力を時々だしてくるのはわざとか。
私の反応を見てニヤニヤしているブライアンに雑巾をぶつける。
「むきー、ブライアン。稼ぎのノルマ2倍ね」
「どうやって稼ぐか方向性を決めてくれたら、いくらでも稼いできてやらぁ。って事で考えるのはお嬢に任せて俺は仕事に戻るぜ」
スラムで集めた情報を書いたメモを机の上に置いた後、私の頭をクシャクシャと撫でて手を振ってでていくブライアン。
どこまでもイケメンの元チンピラだ。
火照った頬をごまかすように顔の前で大きく手を振る。
うん。少し暑い。
窓を開けて空気を入れ替えることにする。
この一か月ですっかり見慣れた薄汚い建物が並んでいる。
これ以上スラムで稼ぐには非合法なモノに足を突っ込むしかなくなる。
そんな事をしたらジェイミーに説教されるのは目に見えているので頭が痛いのだ。
「とりあえず、街ぶらついて考えようか」
「はい、お嬢」
ネリーに髪をセットしてもらい、外出に為の身支度を整えさせる。
侍女としてのスキルは確実に上がっているので少しは自信を持ってほしい。




