1.記憶
「え?まじで」
金色の髪、青い目をしたお人形さんみたいな少女は自室の鏡の前でポカーンと大きな口を開けて自分の顔を凝視していた。
ジェイミー・コンラッドは9歳の女の子だ。侯爵家の長女として生まれ、今まで何不自由なく暮らしてきた。
釣り目が少し嫌だが、整った自分の顔大好きなナルシストなお姫様だ。
両親は、ジェイミーの2つ上の兄で嫡男のクリフ・コンラッドにしか興味はなく、整った容姿をしているジェイミーを愛玩動物と同じようにかわいがるだけだった。
適切なしつけをしないで放置されていた犬が、家族以外に懐かず吠えるのと同じ様にジェイミーも我がままでごうまんな性格になっていった。
気に入らない使用人がいれば容赦なく罵倒し、おべっかを使ってくる使用人のみを側におく。幼い少女が行う本能でおこなうのは当然のことだ。
だが、止める人がいなければ世界の全てが自分の思い通りに動くと勘違いをしてしまうのも無理がないだろう。
9歳という年齢と雇用や買い物における実権がない為に、まだ子供の我がままで済むレベルで済んでいたのは幸いだろう。
普段通り起きて髪をセットしてもらっている時にいきなり前世の記憶が流れこんできたのだ。
テレビや映画をみるように流れこんできた知識は、ただ強く魂を揺さぶるように印象を残した。人格が変わることはなかったが今までと全く同じとはいかないかもしれないがジェイミーはジェイミーのまま前世のゲームの知識を得たのだ。
「この私が、悪役なんて……」
メイドは、普段と違う主人に怯えているが、「何言ってんだこいつ」という生暖かい視線は出さないのはジェイミーに媚びを売り続けた人間ならではの態度だ。
もっとも、メイド部屋にいけば手のひらを返したようにジェイミーのアホ顔を笑いのネタにするのは間違いない。
現在、アホ顔を見て笑いをこらえるよう震えている手と腹筋を抑えながら懸命に髪をとかしている。
「ああ。髪は今日はいいわ。予定はすべてキャンセルって言っといて」
「……はい。今日はオズワルド・バレル様のお宅に訪問する予定でしたがよろしいのでしょうか」
オズワルド・バレルはジェイミーの一つ上でコンラッド家と同じ侯爵家の嫡男で10歳になる婚約者だ。
同じく金色の髪で青い目をした少年だ。ジェイミーと同様に整った顔立ちをしており、自分の隣に立つのに相応しい婚約者だと誇りに思っていた。
あくまで上から目線だが、ジェイミーのごうまんな性格からしてはかなり好意を抱いているといえる。
現に今まではオズワルドと会うときは、いつもよりテンションが高めだったのに今日はポカーンと口を開けたまま固まっていたのだから、メイドもつい確認したのだ。
いつもなら、自分の命令に「はい」以外の言葉を返せば、般若のような顔で罵倒してくるのに今日は全くと言って冷静なままだ。
「いいわ。今日は無理。少し横になるからで出ていきなさい」
「はい」
メイドは主人の気が変わらないうちにと慌てて出ていった。一人になったジェイミーはドレスが皺になるのも気にせずにベッドに体を投げ出す。
ジェイミー・コンラッドは今まで一度も負けたことがなかった。
勉強でも、魔法でも、剣術でも兄や婚約者より上だった。最初は年上の彼らの足元にも及ばなかった。
だが、教師を強引にとどめ理解できるまで繰り返し授業を行わせる。剣や魔法の稽古も勿論、早朝深夜と自主練習を欠かさない。
そして、相手に負けを認めさせるまで執拗に纏わりつくのだ。
鬱陶しい性格だがごうまんな性格にありがちな他人を這いつくばらせて満足する嗜虐志向ではなく、単純に彼女は負けるのが嫌いなのだ。
「この私が、剣で負け、魔法で負け、勉強で負ける。そして平民の少女に婚約者を奪わる。学園から追放されて、世間から爪弾きにされる……」
フルフルと肩を震わせながらベッドのシーツをきつく握りしめる。
「この私が……」
ゲームのワンシーンを思い出す。
恋に勉強に魔法も負け続けかんしゃくをおこしたジェイミーが、ヒロインの勉強道具を破り、ドレスにワインをかける。取り巻きを利用して平民のヒロインを集団で罵倒する。
「負け続けた挙句、下手な絡め手を使う……なんて惨めな女でしょう」
シーンが変わり婚約者をはじめとした有力貴族の子息に学園の皆の前で吊し上げられるように糾弾されている。そこには反論もできず泣き喚き他人のせいにしているジェイミーがいた。
「ふふふ、この私がこんな惨めになんの計画もなく泣き喚く」
ジェイミーは震える手をきつく握りしめて立ち上がる。
「いいでしょう。ヒロイン。あなたが優秀なのは認めて差し上げます。そしてゲームのジェイミーには油断があった事も認めましょう。でも最後に勝つのはこの私よ」
とにかく負けず嫌いなジェイミーは、どのような手段を用いても無様に泣き喚いくだけの愚かな女になどならないと決意した。