03 ゆーうつな昼と弥勒院です
「おい、かやのぉ!」
「くそや……弥勒院さん? 何の用ですか」
――あぁ、頭が痛いです。 お腹も痛くなってきた気がします。
先ほど給食を食べ終えたばかりですが……こいつの声なんて聞いていたら、折角の高級肉が……。
うっ――、ちょっと考えるのは止めにしましょうか。
そう、無心です……。 彼はまだ六歳。 あんなクソに成長すること、今から決まってるわけじゃないかもしれません。
わたしが彼らを何とか出来れば、無事に神奈ちゃんが生きて高校を卒業できる日が来るかもしれませんから……。
だから意識しちゃいけないんです。
目の前にいるのはあのクソキングな弥勒院とは違います。 ただの可愛らしい少年の翔兵くんなんです。
「おまえってさぁー、かわいーよねぇー」
「な゛ッ!?」
――あ、駄目でした……。
彼は矯正というより、隔離の方向で考えたほうが良いのかもしれません。
既にこの年齢から女を落としに掛かっているとは。 末恐ろしい子ですね。
生憎、中身と容姿は比例しているわけでもないようで、
彼だって、いちおう『イケメン』と名乗れるくらいの美貌は持っているんです。
そんな彼が、攻略対象にしては、やけに自分からグイグイ距離を縮めにくる彼が、
神奈ちゃんを本気で狙うと決めたらどうなるのでしょうか……?
考えただけで恐ろしいですね。 下手な怪談話よりも。
……だけど。
「……しょーへーくん!!」
「むぎちゃん!」
「麦ぃ……っ!!」
バッドエンド要員には間違いないのですが、
登場人物の中で、唯一ハッピーエンドへ導いてくれる可能性があった彼女が、この学院にはいます。
万合麦。
小麦色の肌に、濃い茶色の短髪が、ボーイッシュで恋愛に疎そうな雰囲気を醸し出している彼女。
もしくは将来ヤリマ……でなくてプレイガールになりそうなタイプです。
ちなみに、わたしの知っている麦は高校生の麦なのですが、だいぶ胸は大きかった気がします。
数値上はバストトップが120を超えている筈が、立ち絵ではそれほど大きい感じもしませんでしたけれど。
――で、どうして彼女がハッピーエンドへ導いてくれる可能性があったのかと言えば、
「もー、しょーへーくんったら! あたし以外の女の子とあそんじゃ、ダメなの!」
「いいじゃん」
「よくないもん!」
……そう。 理由は解りませんが、可哀想なことに、彼女は弥勒院にベタ惚れしているのです。
「あなたたちもあなたたちで大変ですね……」
その時々によって、憎まれたり喜ばれたりコロコロ変わるんですもの。
わたしもアニメを視聴していた際には、茅野奈月が婚約解消されるところ……。 思わず踊り狂いましたよ。
自室が二階にあったので、下の階にいた父に『うるさい』って怒鳴られた記憶があります。
まあ、前世の人間に関する記憶……ほとんど全部消えちゃいましたけどね。
「もお、次のじゅぎょー始まっちゃうよ?」
「えーっ、もうお昼休みおわるの?」
「あ……」
――そうでした。 今のわたしは小学生。
この小等部、国の志向で、立派な魔術の実践教育が施されています。
前も言いましたが、魔術というのは才能に大きく左右される分野。
いくら頑張っても出来ない人だって存在します。 なのに、それを学校で取り入れるってどういう事なのでしょうか。
……いいですもん。 どうせ出来ない人の僻みでしかありませんよ。
でも、わたしの神奈ちゃんは違います。
何の分野においても、学校のレベルはそつなくクリアしてしまい、
もう一段階上のレベルに進み、そこでようやく普通より少し上の実力。
解ります?
『もう一段階上』などと表現してこそいますが、この学院に用意された、選ばれし者だけが入室を許されるというハイレベルクラス……。
学年別じゃありませんよ。 高校三年生から小学一年生まで、共通で。
勿論のこと、高校三年にとっても、充分ハイレベルな授業内容ですよ。
そこに平気で食い込んでいくのですから、やはり主人公は違いますね。
わたしは彼女の踏み台になれれば、それで良いんです……。
流石わたしを二次元という道に引きずり込んだ子です。 浮気しようという気すら浮かばなかった『嫁』だけありますね。 最高なんて言葉では表しきれません。 日本語が追い付いていないんですよ。 彼女の素晴らしさに。 あえて表現しようとするのなら、『最高』を一億……いえ、一兆……でも足りません。 それこそ無量大数をも越えて、不可説不可説転のレベルではないのでしょうか。 あぁ、不可説不可説転というのは10の37218383881977644441306597687849648128乗です。 想像しにくいとかじゃないんです。 この感情は決して数字じゃないですからね。 それを遥かに超越しているのですから、想像しにくいのは当然です。 この境地に辿り着いたのも、すべて彼女が素晴らしかったからです。 もう新手の宗教団体でも作りましょうか。 そういえば、遥か昔に魔王を倒した四人組がいたとか聞いていますが、こんな後世まで凄い凄いと崇められている彼らならば、この感情も理解してくれるのではないでしょうか。 ええ、きっとそうに違いありません。 なぜなら――。
「――――あっ」
――授業の開始を告げるチャイムの音に肩を叩かれたような感覚になって、わたしは脳内の熱弁を止め、ふと顔を上げました。
無駄に高い屋上から見えるのは、無数の人々の自宅……と、一際大きなわたしの家。
さすが乙女ゲームの世界だけあって、普通なら閉鎖されている屋上も、六歳児一人で上がることが出来ます。 最高ですね。
……それより、もうそろそろ行かなくては、わたしの成績がとても危ないようです。
ロクに鍵も取り付けられていない扉を開け、転ければ死んでしまいそうな、急な角度のついた階段を下り、
わたしは一番下の階にある体育館を目指し、走り出しました。
――あ、謎の圧力が謎の働きをしているせいで、走っていても先生に注意されることはありませんよ。