01 わたし、嫌われてます……?
「……うん、良く似合ってるわよ」
「――ありがとうございます」
あの茅野奈月を生みだした、というだけで嫌っていた母親。
……だけど、褒められたら意外と嬉しいものでした。 ありがとうございますお母様、あなたが居て下さったお陰で、わたしはこの世界で神奈ちゃんと同じ空気を吸えます。
紺色のブレザーに、赤いリボンを結んで、
身なりを確認するため、わたしは大きな鏡の前に立ちました。
「……うん」
「どう? 自分ではどんな感じ?」
長い銀髪をツーサイドアップにして、普段ゲームで見ていた姿より、もっと幼いわたしの姿。
こう見ると、悔しいですが――意外と可愛いです。
この姿に転生してから、意外なことが沢山ありました。 描写されていなかった部分も、当事者の目線でジックリ知ることが出来ます。
お母様の問いかけに『いいかんじです』と頷いて、時間も良い感じでしたので、わたしは家を出ようとしました。
「いってきまーす」
「あら。 学院までは遠いし、子供の足じゃ無理があるわ~」
……まぁ、そうですよね。
高級車で目立って登場するよりは、頑張って歩いたほうが良いかと思ったのですが――、
仕方ありません。 抗えないものに抗おうとしても無駄なだけですからね。
今のところはまだまだ子供ですし、少しくらい気を抜いても大丈夫でしょうか……?
・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…
「……お、何あれ!」
「ほら、理事長の娘の……茅野奈月だよ」
「へー……面倒くさそう、関わらないでおきましょう」
「そうね」
――何故でしょう。 窓はしっかり閉めているのに、バンバン悪口が耳に入ってきます。
「おかあさん、あの車なぁに?」
「あれはね、お金持ちの偉い人が乗ってる車なのよ。 すごいの」
「わぁい僕も乗りたぁい」
「写真撮って! ママ!!」
「はいはい、撮ってあげますからねー」
――ですけど、和気あいあいとした親子の会話も何故か聞こえてきて、先ほどまでの萎縮した気分を掻き消してくれます。
校門の手前で、高級らしき車は、ゆっくりと音を立てずに止まりました。 さすが高級車、乗り心地は抜群ですね。
「いっぱいいます……」
「そうね、奈月はみんなとお友達になれる?」
絶対に無理な人が何人かいます。
「――むりだと思います」
本音をこぼしたら、お母様に苦笑いされました。
だって、親にすら悪口を叩かれているこのわたしですよ。 いえ――親は大人ですし、純粋な子供とは違います。 しょうがないです。
……でも、この六歳の体に『大人』という存在は大きすぎました。
やっぱり怖いです。 わたし、大人から嫌われてます。 親に嫌われたら、子供にも無視されるかもしれません。 こわいです。
だけど、わたしには希望があります。 というより、つい先ほど見つけました。
「お母様、あのこ」
視界の端で、しっかりその子の姿を捉えながら、わたしは助手席に座っているお母様に話しかけました。
赤みを帯びた茶色の髪。 柔らかそうなショートヘアー。 宝石を思わせるように輝く、赤紫色の大きな瞳――。
「……はなしてきて、いいですか?」
キチンと勉強をして来なかったからでしょうか。 この感情を表現できるような言葉が見つかりません。
でも、その姿を見て、確かにわたしは何かを感じました。
周りの子の中には自然に馴染んでいるのに、周りの子よりも綺麗で、可愛らしくて、『この人になら負けても仕方ない』と思わされてしまうような――。
精一杯表現するなら……そうですね。 トキメキ、とでも言えば良いのでしょうか?
もっと近寄りたい思いと、あの姿が眩しくて、掻き消されそうで、近付くことを少しだけ恐れる感情。
平行線をなぞっていく二つの考えが、心の中で複雑に絡み合って、
その判断は、結局お母様に委ねることにしました。
「ええ――。 行ってらっしゃい」
「……!」
発された言葉を耳に入れて、理解した瞬間、
わたしは期待に胸が高鳴るのを感じながら、少し背伸びして、車のドアを開閉するスイッチに手を伸ばします。
ドアが開くと同時に、地面と車内を繋ぐように階段が出現して、
その動作に反応したのか、あの子が初めてわたしのことを見てくれました。
「……」
引き寄せられるようにあの子のことを見詰めてみれば、あの子も同じようにわたしのことを見ています。
め、めがあいました……。 視線が! いまバッチリあっています……!!
「こ、こんにちは……」
ああ、緊張します――。 今まで生きてきて、誰を相手にしようと通常ペースのままで渡り合ってきたのに……。
気付けば声が震えていました。 足も、手も、少しだけ唇も……。 なるべく悟られないように、意識して力を入れてみますが、改善したようにはとても思えません。
「こんにちは! はじめまして」
「あ……えっと、その――」
「かわいいね、なんて言うの?」
駄目です、何年も大好きだった人が、絶対に会うことは無いと思っていた人が、
いま、この瞬間に目の前にいて、わたしだけの為に言葉を発してくれて、人生の中の貴重な数分間を消費してくれようと――!!
考えただけで頬が熱くなってきました。
若干ナンパのような口ぶりをしていますが、神奈ちゃんですから良しとします。
「……なつき。 茅野奈月……です」
「あたし月舘神奈っ。 そのー……奈月、ってよんでいい?」
本当に駄目です。 神奈ちゃんがすごく眩しいです。
この微笑みだけで数十年は生きていける気がしました。
何ていうか、その、すごく感無量です……。
「――――」
返す言葉が上手く見つからないので、わたしは黙ってコクリと頷きました。
「ほんと? ありがと!」
「あ、の……えっと……神奈ちゃん」
呼べました。 どうしましょう、神奈ちゃんが神奈ちゃんです。
「ん? どしたの」
へ、返事してくれました……。
――いったん落ち着きましょう。 深呼吸です。
吸って吐いて……。 やっぱり駄目です、神奈ちゃんと同じ空気が吸えるだけで――もう興奮が収まりません。
六歳の女の子の姿ですから、まだマシだとは思いますけど、
これがもし中年男性だったりすれば、わたしなんて完全に不審者です。 捕まりますよ。
――と、とにかく。 動かなきゃ何も始まりません。
「……その……、……に……なってくれませんか。 わたし……何だか嫌われてるみたいなので……」
「友達? いいよ~」
勇気を出して提案してみたら、神奈ちゃんは快く承諾してくれました。
……もしかしたらわたし、本当に出来るかもしれません――。
ですが、愛は何より強い――と言うよりも、
けっこう足枷にもなるのですね。 ちゃんと学びましたよ。
わたしたちの入学を祝うように咲き誇る桜は、まるで雨のように、宙に花の色を舞わせていました。
視界の端には弥勒院翔兵。 その横には蕾貴洋、七蔵要、城原栄喜――。
あっ、無駄にフリフリのスカートを着た万合麦も居ます。
本当にこの学院、敵しか居ないんですね――。
ハッピーエンドって、けっこう難しいものなのかも知れません。
・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…━…‥・‥…