10 自由はこの手でつかむものです
「……あの、ほんとに大丈夫……ですか? お嬢様」
「ええ、大丈夫です――」
――と、まあそういうわけで、
わたしたちは今、すぐ近所にあった別荘まで避難してきているわけです。
……誰かさんが、あの家――燃やし尽くしちゃいましたからね。
さすがのお父様でも、回復呪文は専門じゃないようで、
屋敷の修復には、およそ七日間くらい掛かるとの見込み……だそうです。
「……それより、ごめんなさい――杏さん」
「えっ、え、え……っ!! ど、どうしたんですかお嬢様っ!? あたしは何も……っ」
「いえ――。 わたしのせいでお家、あんなことになっちゃって」
――ホントに、これは本気で申し訳ないです。
どうしようもない罪悪感で、身体が押しつぶされそうになりました。
「……わたしが、わたしが黙って怒られてれば、みなさんに余計な時間なんて割かせなかったのに」
もう一度、頭をさげて謝ろうとしたとき、
身体中に経験したことのないくらいの痛みが走って、わたしは思わず息を呑みました。
「――っ!?」
「お、お嬢様――っ」
一応、そういう系統の魔術師さんに治療してもらった後ではあるんですけどね。
……直すのって、壊すのよりよっぽど大変みたいです。
ま、まあ痛みは酷いですけど――普通なら死んでるところ、こうしてミイラみたいになってるだけで済んでるんですからね。
ホントに魔術師さんには、感謝してもしきれませんよ――。
…………あれ?
「う――。 ……ねえ、杏さん」
「は、はい……?」
「その、こんな言い方するのも何ですけど――。 なんでわたし、生き延びたんでしょうか?」
「……え、えっと」
杏さんは慌てふためいて、チラリと窓から焼けた屋敷のほうを眺めました。
ついさっきまで煙が上がっていたとは思えないくらい、なんとも静かで優雅な光景です。 ――焼けてますけど。
星は昨日と変わらず、まぶしく、美しく輝いています。
雲一つない、蒼い夜空。 ぽつりと浮かんでいる新月は、自由さと一緒に、どこか孤独も感じさせるように光っていました。
――まあ、いきなりこんな事聞かれても、困るに決まってますよね。
そう思った瞬間。
「――あれほどの術を使えば、あの家の周りすべてが……いえ、街全体が、火属性の魔力に包まれているはずです」
「魔力、に――」
……わたしには感知できませんけど、
そうなれば、周りに何らかの影響は及ぼしているんじゃ――?
「でも、街全体はおろか、技の発動地点に近いこの別荘からでも、火の魔力は全くと言っていいほどに感じられません」
「え……っ」
「何かとぶつかって消えたか……。 それとも、属性の情報だけを抜き取られたか――といったところ、でしょうか」
「……属性の、情報――」
っていうことはつまり、
わたしみたいに、何の属性も持たない魔力に変換した……ってこと、でしょうか。
うう――テストの成績は良くったって、地頭はそこまで良くないんです。
考えてたら、ちょっと脳が発熱してきた気がします――。
……でも、一体だれが?
もしかして、わたしに何かの神様でも憑依してたりするんでしょうか。
――いや、それだけは無さそうですね。
あの奈月に神様が憑いてるだなんて、疫病神以外は絶対にあり得ません。
もしホントに疫病神がついてたとしても、それならあの火の玉から助けてくれたりなんてしないでしょうし――。
「……考えるのは後にして、お嬢様」
「――――」
「――とりあえず、今日のところは寝ましょ? お身体も大変でしょうし……」
そう言われて、臨時で壁にかけられた時計を見てみると、いつの間にか、時刻はもう日付が変わる直前。
今までほぼ睡眠をとらない生活をしてきたわたしが言えたことじゃありませんが、
もう六歳どころか、杏さんみたいな八歳の子が起きてていい時間じゃありません。
「……あ、ごめんなさい――」
促されるまま、しばらく使われていなかったであろうベッドに横たわると、なんだか一気に疲れが滲み出てきました。
……ああ、今日は久々によく眠れそうな気がします。
「電気、消しますね――」
「はい――お休みなさい」
「おやすみなさい、お嬢様」
部屋が暗くなる前に、わたしは扉のほうに背中を向けて、そっと目を閉じました。




