#1 手を握ったら魔力回復?
車に轢かれたと思ったら真っ白な空間にいた。
「――世界を、愛する人をお救いください」
この声は女神……? ついに俺も異世界に行けるのか?
「貴方には唯一無二の力が与えられるでしょう」
「あんたは女神なのか? どんな力なんだ?」
「……ご武運をお祈りします」
俺は意識を手放した。
*
気づけばだだっ広い平原に一人きり。
青白い二つの月を見るに、本当に異世界みたいだな。
「では早速。……ファイアボール!! サンダーストーム!!」
……おかしい。どれだけ力んでも魔法のマの字もでて来やしない。
「こんなとこで何やってんの?」
声をかけて来たのは馬車? の手綱を引く可愛らしい少女。
濃紺のローブと白いブラウスが月光に映える。
「う〜ん、どうにも魔法が使えないんだ」
「まさかさっきので使えると思ってたの? ……さてはこの国の人じゃないわね。見たことない服着てるし」
するとワインレッドの髪を翻し馬車から飛び降りてきた。
長いサイドテールが流星のように尾を引く。
「あんた名前は? 私はリノ。リノ・プロミネアスよ」
服が珍しいのか? 俺のブレザーをまじまじと見つめるリノ。
そうえば学校帰りそのままだったな。
「俺はタスク。ところで、魔法ってどうすれば使えるんだ?」
「はぁ、まず呪文から違うわ。魔法を使うには決められた言葉を……ってそれどころじゃなさそうね」
「こ、これは狼?!」
気がつくと巨大な獣にぐるりと囲まれていた。
魔法も使えないってのにもう戦闘か?!
「オオカミ? こいつらは魔獣よ。さっき倒したはずなんですけど……。魔力もギリギリなのに……」
「おいこれヤバいんじゃないか?」
「この程度ならまだイケるわ、一気に片付ける。
炎属性添加、熾盛炎柱!!」
火柱がたちまち魔獣たちを焼き殺していく。
「やったか!?」
「はぁ、はぁ……。そうみたい、ねッ?!
な、なんで。全部倒したはずなのに……」
煙の向こう側、のっしのっしとまた魔獣たちが迫って来た。
「おい、どうすんだよ!?」
「ご、ごめん……。もう魔力が……」
そう呟き倒れ込んだリノ。
残り火で照らされた顔はどこか美しく……ってそれどころじゃない!
「おい起きろよリノ! リノ!!」
何度呼びかけても反応はない。
くそっ、どうすんだよ……。
気づけば目と鼻の先に魔獣が。
あれは電気か? 大きく開いた口がバチバチと光を放つ。
「まさか撃つのか?!」
もう逃げても間に合わない。せっかく異世界に来れたってのに……。
刹那、雷鳴が響き渡る。
ここまでか、俺の体は稲妻に焦がされ――。
「あれ。俺、生きてる?」
後ろにいたリノも無事だ。
確かに真正面から雷撃を受けたはず。少し熱かったけどそれだけだし……。
「と、とにかく今は逃げないと」
リノを起こそうと手を掴んだ、その時だった。
「うぅ……。はぁ、はぁ、んっ……」
「え?」
耳に飛び込んできたのは悩ましそうな甘い声。まさかリノが?
「んぁ……。あ、あれ魔獣は、んんッ」
頰を赤く染めとろんとした目で見上げてくる。
真紅の瞳がやけに艶めかしくてえろっ……じゃない。一体何が起こったんだ?
「おいどうしたんだ?」
「……んはっ。な、なんだか急に体がじーんとしてきて魔力が回復して……。え、回復!?」
手を振りほどき立ち上がるリノ。
「もう大丈夫なのか?」
「う、うん。回復には早くても数日かかるはずなんだけど……。まあいいわ、さっさと倒すわよ! 熾盛炎柱!!」
魔獣たちは再び灰となっていった。