第一話 勇者アカツキと仮初の聖女(1)
小春。
小春。
誰かが私を呼ぶ声がする。
誰だったか、知っているような、知らない様な不思議な感じがする。
そもそも私は小春っていう名前なんだっけ?
分からない。でも、きっとそうなんだ。だとすれば、目を開けて、声の主の元へ行かなければ。
きっと優しい人だろうと思う。
アカツキは初日の後、結局誰ともパーティを組まずに一人でレベル上げを行い、十レベルになったところで、最初の町を後にした。
道中は一段敵の強さが上がり、少し手間取ったものの、持ち前のゲームテクニックと、聖剣『かなしみをしるほし』の圧倒的なスペックで押し切ってきた。
そもそも最初はきちんとパーティを組もうとはした。
しかし、いくらジョブを偽り、武器アバターで聖剣『かなしみをしるほし』を隠そうとも、バレてしまうのだ。ジョブをソードマンと偽れば、使えないはずの魔法が使えてしまうし、銅の剣に見せた所で、聖剣『かなしみをしるほし』の攻撃力は隠せないのだ。
無論、やっかいな聖剣を破棄して、レア度ノーマルの武器に持ち替えようともしてみたが、それも出来なかった。聖剣『かなしみをしるほし』は破棄及び譲渡不能扱いだった。試してはいないが、多分PvP、つまり対人戦で負けても、それが盗まれる事は無いのだろう。
こうなってはもう仕方がない、アカツキはソロでの狩りを余儀なくされた。
とは言え、バレンシアゼリーの件で分かった通り、その攻撃力や防御時の性能には、まるで問題はない。むしろ、少なくとも最初の町周辺に居るような者達になら、まず負けようがないぐらいの強さはあり、ただ少し寂しく、疎外感めいた感情を抜きにすれば、さしたる問題は無いようにも思えた。
ただそれでも悪目立ちを避け、なるべく人の居ない狩場を目指した結果、一週間ほどの狩りが必要かと思えたレベルに、僅か数日で辿り着けたのは、幸運な誤差ではあった。
「神殿都市オーファン、かぁ」
眼前に広がる、最初の町とは比べ物にならない程巨大な都市を目にして、アカツキは、ただただ呆然とした。
とは言え、これでようやく、聖剣『かなしみをしるほし』を隠す武器アバターを解除できる。
当初、その堂々としすぎる聖剣の風貌を隠す為に付けた武器アバターだったが、レベルが上がってくると逆に、十レベルにもなって銅の剣を使っていると思われるのが恥ずかしくなった。
ABOには、数千から万に届くとさえ言われる、豊富な武器種がある。武器だけでだ。防具などの装備品や、その他アイテムを含めたら、その数は予測する事さえ出来ないだろう。故に見た目上、張り込んだ物も少なくない為、聖剣『かなしみをしるほし』の風貌が、如何に崇高で尊大な物であっても、それ程には目立たないという訳だ。木を隠すなら森の理論だ。
神殿都市、と名打つ通り、このオーファンという都市には、世界各地にある神殿の中でも屈指の規模を誇る一つがある。
神殿の役割は、システムとしては聖職系ジョブの転職や、特殊技能の取得を行う場所であるが、それとは別にもう一つ、ある意味では非常に重要なユーザーフレンドリーな意味を持つ。ABOは開始時に、他のVRMMO同様、任意ではあるにせよ、ユーザー情報を入力する。その中の信仰という項目に、現実世界において信仰する宗教を入力でき、その日課としての礼拝を行う場所が、神殿で提供されているのだ。
それ故、神殿には多くの人が集まる。オーファンの様に、特に大きな神殿があれば尚更で、その為、都市として発展してきたのである。
発展、と記述したが、ABOの居住地は、最初から都市なら都市と、村なら村と設定されている訳ではない。オーファンにしても、元は凡百の神殿と同様の物が一つあるだけの村落だった。
しかし、誰もが通る最初の町にほど近く、流動人口が増えた事により、まるで二十世紀に流行った都市育成ゲームの様に、居住地そのものが成長したのである。
無論、ABOも他のVRMMO同様、プレイヤーは自宅を購入する事も可能だ。オーファンに自宅を持つ者が増えれば、それだけキャパシティも広がり、住宅街がある程度の規模になると、近隣に商業区が自動システムで作られる仕組みである。
そうした発展経路を辿っているから、他のゲームにおける都市と言うものが、商店の並ぶ地区や、住宅区がきっちりと別れているのに対し、ABOでは、さながら現実世界の街の様に、商店や住宅、ジョブレベルを上げるための訓練所等の施設が、混在しているのである。
モンスターの侵入を防ぐ目的もある外壁に設えられたゲートをくぐり抜け、町のはずれに宿を構えたアカツキは、まずは装備品を整えるために、そしてしばらく滞在する事になる、オーファンの町を散策する事にした。
小春と名打たれた女性NPCが、神殿の裏口から、ひょこっと顔を出して、辺りをキョロキョロと見回した。
「うん、誰も居ない、ね?」
細く独り言を呟いたあと、てててっと小走りで通りに出て、そのまま雑踏の流れに身を任せる。
後は何食わぬ顔で居れば大丈夫。
これでやっと憧れの町を見て回れる。
小春は神殿に仕えているNPCだ。それもかなり特殊な役割を担っている。そうしたスタンスで生み出されたキャラクターであるから、神殿の外に出た事が無かった。とは言え、先述もした通り、ABOのNPCには、超世代AIがすべからく搭載されている為、持って生まれたNPCとしての役割とは別に、小春個人の想いとしては、年頃のイチ女の子であり、町の散策くらいしたくなって当然であった。
人の流れの中にあって、周囲はよく見えない。けれど、ただただ静謐であった神殿の中とは違う空気というか、雰囲気めいたものを小春は全身で感じていた。
「ほーら、安いよー、ランチがまだなら寄ってってー。クラブサンドのセットがたったの五クレジットだよー」
「おいテメーどこ見て歩いてんだ、俺様の美しい鎧に、その小汚ねぇ剣の柄が当たってんだよ。傷付いたらどうしてくれんだ」
「ああ、酒場の歌姫リリィ、僕は君が居るから冒険に出られる。けれど、その間中、ずっと君が誰かになびいてしまわないかと心配で仕方がないんだ」
雑多な、けれど人々が様々な想いの元に発する声が、方々から聞こえてきてやまない。
そんな言葉の一つ一つを、聞くとは無しに体で受けながらただ歩いて居るだけで、小春は何だかとても嬉しくなってきて、ニマニマとした笑みが自然と溢れた。
ふと、唐突に人の波が開ける。
オーファンの治水設備の象徴、町中央にある、大噴水広場だった。
「わぁ・・・」
それぞれが連動して吹き上がる水柱の数々と、渓流を再現した広場はプレイヤー間の待ち合わせ場所にもなっていて、それまで以上に人が居た。
小春は裾の長い司祭用のローブを翻して水の間際の低い壁に軽やかに飛び乗る。
短く跳躍して着地。くるっと一回転して両手を広げ、今度は少し大きく跳躍する。
風に煽られて少し着地が乱れる。あわや水中に転落、と思ったが、なんとかバランスを取り戻す。
ふぅと胸を撫で下ろし、ころころと笑う。まるで子犬の様に天真爛漫な姿だった。
「神殿のお嬢さん、花飾りをあげよう」
そのまま壁に腰掛けて周辺を見回していた小春に、アクセサリー売りの露天商が言った。
アクアマリンの色をした花をあしらったヘアブローチは、小春によく似合った。
鏡を見ながら位置を調整する。
「うん、見込んだ通り、よくお似合いだ。お代は良いから、付けてお行き」
露天商は満面の笑みで言う。
休筆して1年以上が経ってしまいました。
大変申し訳ありませんでした。
どうしても全身全霊をかけて考察したいアニメがあったのです。
これからは、また、こちらに邁進致しますので、どうか御容赦いただければ幸いに思います。