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世界に選ばれた勇者の話  作者: 熊子
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序章 聖剣『かなしみをしるほし』

 「んっ、くぁぁあ〜〜〜〜!」

 アカツキはドアから出ると大きな伸びをした。ドアの上には実習室とある。

 座学ってのはどうして現実もVRも関係なく疲れんのかねぇと思う。

 ここは現実世界ではない。世界でも他の追随許さぬ、ぶっちぎり最先端のVRMMO『アークブレイズオンライン』(以下ABO)の中だ。

 ABOが最先端とされるにはワケがある。まず一つに、他のゲームが汎用マシンによりプレイできるのに対し、ABOは専用の端末からしかログダイブできないという事。これは、後述する様々な先端技術を採用しているABOの特性に起因していて、価格は他の汎用マシンのおよそ五倍。単純なスペックの差で言えば数十倍に匹敵するモンスターマシンである。

 そうした環境においてなお、他社が同じ物を作る事は不可能とさえ言われるのが、ABOの根幹を支える二大システム『フルエモーションNPC』と『集中無意識によるイベント精製システム』である。

 フルエモーションNPCとは、超世代AIが、世界に存在する全てのNPCに搭載され、街の人々や、クエストに登場する兵士Aの様な存在さえもが、完全に自律で動き、プレイヤーと会話をする事ができるのである。

 例えば、武器屋の主人であるNPCが居たとする。プレイヤーは買物をする訳だが、普通の男性キャラなら値引き無しなのに、女性、更に言えば主人の好みな容姿なら

 「よーし、お嬢さん可愛いからオマケしてあげよう」

 などと言って割引をしてくれたり、後で中から奥さんと思われるNPCからこっぴどく怒られたりといった事が本当に発生する。

 プレイヤーの中には、町娘のNPCに入れあげ、冒険そっちのけで、あれやこれやと貢いで心を惹こうという者も出て来るが、実際にその子のハートを射止められるかは、貢いだ金額やステータスには依存せず、正にリアルな恋愛体験すらできるのである。

 もう一つの、集中無意識によるイベント精製システムとは、言葉にすれば堅苦しいが、実際の所、これを意識してプレイをする者は皆無だ。

 ABOにはその敷居の高さながら、世界中に数百万人のプレイヤーが居る。そんな膨大なプレイ人口を持つゲームであるから、その意思を汲んだ運営というのは、ほぼ不可能だ。ならばどうすれば良いか。答えは簡単だ。運営などしなければ良い。しかしそれではイベントもクエストも更新されない、ただのクソゲーでしかない。そこに登場するのが、集中無意識による自動イベント精製である。つまり、ゲームをプレイしていて、こんな事があったら良いな、面白そうだなと、誰もが感じる様な理想や希望を、システムが汲み取り、それらを複雑に組み合わせる事で、日々刻々と自動的にクエストやイベントがアップデートされ続けるという、夢のようなシステムである。

 そんな二大システムを有するABOだからこその、専用高額な端末でしかプレイする事はできない。

 今しがた、伸びをして、ついでに大あくびをかましている、アカツキのプレイヤーにしても、半年以上にも渡ってバイトをし、血のにじむ様な貯金の末に、ようやく端末を手に入れたのである。

 

 ガチャリ


 大あくびを終えて、目尻の涙をアカツキが拭っていると、隣の実習室のドアが開いて、中から同じ年頃の青年が出てきた。

 「お、そっちも今、チュートリアル終わったトコか?」

 「ああ、ホント困っちゃうよな、チュートリアルなんてしなくても、ABOやるレベルのゲーマーなんだから、大概の事は感覚で分かるっつーのなぁ?」

 「それな。でもまぁ、ボクん所は、担当がべっぴんさんだったから、ラッキーだったわ」

 「マジかよ! 俺なんてムサっ苦しいオッサンで、ウトウトしてると、叩いてくんだぞ? おかげで、冒険出る前からHP減ってるっつーのによ!」

 青年はアカツキの残念なチュートリアルの話を聞いて、ケラケラと笑った。

 「俺、アカツキ。よろしくな。しばらくは同じ町を拠点にするだろうし、パーティとか組めたら良いな」

 「おう、よろしく、ボクはカイリって名前にしたわ。アカツキって響きかっけぇな」

 アカツキとカイリは握手する。手には互いの体温さえ感じられる。さすがは最先端VRである。


 「それはそうと、アカツキ、そこまで面倒くさいチュートリアル、無視しないで最後まで聞いたの、アレだろ?」

 そう言ってカイリが後ろ手に親指で指したのは、台座中央に丸い窪みのある装置だった。

 このABOには、いわゆるガチャが存在しない。

 何しろ運営という概念が無いから、というのもあるが、そもそも収益をプレイヤーからではなく、協賛企業からの収入に頼っている為に、高額な端末を購入したプレイヤーから、更に集金する必要が無いというのも理由の一つだ。

 ABOには、世界にも二十人さえも居ない、英雄と呼ばれる、有名プレイヤーが居る。

 更には彼ら英雄をスポンサードして、自社の広告塔として利用する大手企業がある。

 そしてABOはそんな英雄達の華麗なプレイを、全世界に向けて配信し、プレイヤーのみならず、一般家庭においても、まるで野球やサッカーの試合を楽しむ様に、視聴されているのだ。

 その為、英雄のスポンサー企業のみならず、町の看板に現実世界の商品の広告を出したい企業や、自社ロゴの入った装備をリリースしたい企業が後を絶たない。ABOはガチャに頼る事なく、潤沢な資金を持っているのである。

 話を戻そう。ABOにはガチャは無い。基本的には。

 ただ、チュートリアルをスキップせずに最後までちゃんと聞き終えた者にだけ、最初で最後のガチャの権利が与えられる。

 それこそ、カイリが指し示した装置である。

 「ああ、ちゃんと貰ったぜ、これ」

 アカツキはメニューウィンドウを空中に呼び出し、アイテムストレージから、チュートリアルオーブを選ぶ。すると虚空から真球の石が手中に現れた。

 「そうそう、これが無かったら、ボクもチュートリアルなんかしなかったっての」

 「お前は担当が美人だったんだから、二度うめぇじゃねぇかよ」

 このチュートリアルガチャ、公式には何のアナウンスもない。いわゆる隠し要素の様な物だ。ネットでまことしやかに囁かれて広まった。

 「ネットで読むには、これを台座の窪みに入れるんだよな?」

 アカツキが聞く。

 「そうそう、そんで、石のままならノーマル武器、銀色になったらレア武器、金色になったらスーパーレア武器、そんでもって虹色になったらウルトラレア武器が貰えるらしい」

 「まぁ、殆どがレア武器で、運が良ければ十パーセントくらいの確率でスーパーレア、同じくらいの確率でノーマルが出るらしいけど、ノーマルだったら、笑えねーよな」

 「そうそう、それにウルトラレアってのは、ほぼほぼあり得ないらしい。出たって奴も殆どガセらしいしな」

 カイリはそうは言っているが、心の何処かで、虹色に光るオーブを期待していない訳ではない。

 このチュートリアルガチャからは、ABOに実装されている全ての武器が出る可能性があるとされている。

 とんでもない幸運に当たれば、英雄達が愛用する武器が、いきなり手に入る可能性も無い訳でも無くも無くも無くも無い。


 「じゃ、ボクから先に行かせて貰うぜ」

 カイリがオーブを手に一歩進み出る。

 ゴクリ。

 生唾を飲む音が、カイリからもアカツキからも聞こえる。

 オーブを台座にはめると、その境界から光が溢れ出してくる。

 光がオーブを包んで霧散するとオーブは銀色に輝いていた。

 「おお、まずはレア以上確定!」

 カイリが嬉しそうに言う。

 溢れる光が色を変え、今度は黄金色の光がオーブを包み、同じく霧散してオーブが金に変化した。

 「すげぇ! スーパーレアだ!!」

 アカツキも声を挙げた。

 「イケイケイケイケ、そのまま虹色に」

 なってしまえ、と続けようとした矢先、オーブを中心に金色の閃光が発し、装置の上に青い宝石がはまった長柄の武器が現れていた。

 カイリが、これが、ボクのなどと呟きながら、武器を手に取る。

 うん、うん、と何度か頷いて、カイリがアカツキに向く。

 「ボクの最初の武器、グレートハルバード。ランクはSR、付与ジョブでランサーでスタートだ。完璧な出だしだぜ。フェリクスと同じジョブだからな。大満足だ」

 フェリクスというのは、英雄の一人で、『英雄騎士フェリクス・ブルーサンダー』の事だ。

 フェリクスはランサーを経て騎士になり、とあるイベントで属する国を救って英雄になった、現在もっとも人気のある英雄だった。

 アカツキは、もう一度ゴクリと喉を鳴らす。

 目の前で確率十パーセントとも言われるスーパーレア武器が当たるのを見た。

 ならば自分もという期待と、続けて二回は無いのでは無いかという不安が交錯する。

 ふぅっと強く息を吐いて言う。

 「俺は、剣が良い。フェリクスと同じランサーは羨ましいし、スーパーレアも欲しい。けど、やっぱりRPGの王道は剣だし、剣であるなら、レア、ノーマルでも構わない。やってくる!」

 それを聞いてカイリも頷く。


 少し手が震えている。

 ABOのマシン買うのに、すげぇバイトしたな。

 大学の単位も一つ落とした。

 けど、それも全ては、ここから始まる、もう一つの世界の為だと思えば、決して高くない。

 ガコっという音がして、アカツキのオーブが台座にはまる。

 光が溢れ出してくる。カイリの時と同じだ。

 オーブ銀色に変わる。

 光は、金色の光は出て来ないのか?


 光は、出た。

 しかし、それは金色ではなく、

 虹色だった。


 室内を虹色の光が覆い尽くした思った瞬間、アカツキは咄嗟に目を閉じていた。

 しかしそろりと細く目を開くと、そこは部屋でさえ無かった。宇宙空間、だと思う。

 無数の星々が煌めく空間に、アカツキが浮いている。

 空間の一部にモザイク掛かったようになる。

 空間が歪んでいる?

 モザイクの向こう側に、大きな物が形作られていく。

 あれは惑星?

 いつの間にかモザイクは晴れ、目の前に突如出来上がった星に生命が芽吹く。

 海が形成され、陸地に植物が生い茂り、動物が現れ、絶滅と進化を繰り返し、人が現れた。

 人と別の種族も生まれ、種族間での戦争が起こり、勝った側は繁栄し、負けた側は人の手の無い未開の地へと落ち延びた。

 人の中でも戦争が起こり、自然の猛威を目の当たりにし、神に祈り、かつて敵対した種族とも手を取り合う様になった。

 これは、一体何だ?

 俺は、チュートリアルガチャで、武器を貰うだけだった筈なのに。

 繁栄と衰退をくり返す星の衛星軌道上に、何か光る物があった。

 何だろうとアカツキが思うと、体が何者かに押されたように、光る物へ、同時に星へと近づいて行く。

 星の中に、知っている顔見つけた。

 何人か居る。

 誰だっけ、とアカツキは思う。

 そうだ、あれはまだ英雄になる前の、現在の英雄達の姿だ。という事は、この星は、ABOの世界そのものって事か?

 衛星軌道上の光る物が、こちらに近付いてくる。

 あれは、剣?

 レア度は何でも良いから、とにかく剣で始めたいと願ったアカツキの目の前に、その剣はやって来た。

 白く鈍い光沢のある材質で作られた柄。

 大きく左右に伸びる雄々しい鍔は金色に輝く。

 中央に収められた宝石は何色とは形容し難い。

 透明感のある、薄く、けれど力強さを思わせる大振りの刃。

 宝石を源にして刃を燻す様に溢れ出るオーラは、まるで厳冬の夜空を彩るオーロラの様でさえある。

 この剣は一体何だ。

 疑問と恐怖と不安と期待とが全てごちゃ混ぜになったアカツキは、それでも尚、抑えきれぬ衝動に後押しされるかの様に、剣に手を伸ばす。

 柄に巻かれた布地はさらりとしていて、絹のようであった。けれど、滑る様な感覚は無い。

 右手で触れ、握り込んだ柄尻を、左手で持つ。

 まるで重さは感じなかった。宇宙空間だから重力が無いとか、そういう風ではなく、ただただ、自分の体の様だった。

 剣に触れる両手からアカツキの魂が、その剣がどういった物であるかが流れ込んで来る。


 聖剣『かなしみをしるほし』


 世界開闢の瞬間に、その全存在と同等となる価値を持って生み出された神々の刃。

 アークブレイズという言葉の体現。

 魔を払い、闇を照らし、全ての生命を祝福し、星のすべての記憶を内包する、唯一絶対無二の剣。

 ありとあらゆる物を両断し、運命さえ切り開く宿命の刃。

 その存在は、やはり唯一の存在である勇者と対であり、勇者にしか手にする事は能わない。

 間もなく顕現する魔王の軍勢と戦う為に選ばれた者の手に、聖剣は収まった。


 「はっ!」

 気付けばアカツキは元の建物の中に居た。

 カイリが不思議そうに見ている。

 「ちょっとよく見えなかったんだけど、どうだ? お前の武器、何だった?」

 そんなバカな。あんな壮大な物がカイリには見えなかったってのか? アカツキは思う。

 いや待てよ、もしかして俺が幻覚でも見たって方が現実的だよな?

 そう思い直して、アイテムストレージを開く。

 聖剣『かなしみをしるほし』

 ある。

 選択して具現化する。

 やはり重さは感じられない。

 「お前、なんだそれ、すっげーな、もしかしてウルトラレアか!?」

 メニューを開きレア度の欄を見ると、通常、NとかR、SRやSSRとあるべきが、聖剣『かなしみをしるほし』には『ー』とあった。


 「しっかし腑に落ちない話だな?」

 カイリが嫌疑の目でアカツキを見ながら言った。

 アカツキは、包み隠さず全てをカイリに話した。オーブから虹色の光が溢れた事や、宇宙空間での事、『かなしみをしるほし』という名の聖剣から魂に流れ込んできた事まで全てだ。

 「で? 魔王ってのはいつ出てくんだよ? そもそもMMOに魔王も勇者もクソも無くね?」

 言う通りだ。

 ABOの様なVRゲームに限らず、MMOと言えば、全てのプレイヤーはスタート時、横一線、何者にもなれる可能性を秘めている。

 そこにはあらかじめ決められた主役だの脇役だのと言った区別は無く、格好付けて言うのならば、誰しもが自らの物語の主役足り得るのだ。

 にも関わらず、アカツキのメニュー画面には、職業欄に勇者とある。

 そんなジョブが実装されていると言うのは、プレイ前に散々ネットで情報収集をしていた、アカツキもカイリもまるで知らない事だった。

 「まぁいいや。本当は最初お前とパーティ組んで狩りしようと思ってたけど、なんか胡散臭いっていうか、チートみたいなので割食っても何だし、ボクは一人で行くことにするわ。精々BANとかされんようにな」

 「ちょっ、おいカイリ、待てよ、チートでも何でもねーったら!」

 アカツキの言葉はカイリには届かない。

 一人取り残されたアカツキも、やむなく建物を後にした。


 アカツキにとってVRMMOは、ABOが初めてではない。汎用マシンによる物を何本かやっているし、高解像度を売りにした物もやった。

 しかし、建物から外に出た瞬間、それ過去のタイトルは全て記憶の彼方に吹っ飛んだ。

 最初の町ながら広大で、まるで現実と区別がつかない程の光景だ。

 一見しただけでは、プレイヤーキャラクターかNPCかさえ分からない。既存のゲームではただの背景であり舞台装置でしかなかったが、超世代AIにより命を与えられたNPCは、間違いなく、町の住民であった。

 酒場から聞こえる流しの吟遊詩人の歌声と歓声を贈る声、店の軒先で商品を値切ろうとする声と駄目だの一点張りをする声、雑踏のざわめきでさえ、そこに命ある者達が発する物だと感じる。

 夕刻に近づき地平の彼方にゆるゆると沈みゆく太陽が、まるでオーブンの中の様に世界を朱に染める。

 遠くで木々がざわめき、少し遅れて町の形に沿って風が抜けていく。

 太陽から遠い空には、赤と青、二つの月が宵闇に向う群青の中に並んで現れ始めていた。

 光景に見蕩れていたアカツキだったが、ふと我に返ってメニューを見ると所持金がゼロである事に気付いた。

 マズイ。完全に夜になりきる前に、宿代くらいは稼いでおかなければ、プレイ開始早々、野宿スタートだ。

 まずは町の近くで少し狩りをしよう。

 この、聖剣とやらの力も試さないとなんないしな。

 アカツキは街を出てすぐの草原を目指して走り出した。


 結論から言えば、初めての狩りは成功した。

 開始早々、草原にランダム出現するレアモンスターに遭遇したアカツキは、単身挑みかかった。

 本来、この最初の草原には、ゼリーと呼ばれる、いわゆるスライムか、死肉を漁るハゲタカくらいしか出現しない。

 アカツキが町の外に出て、最初に見かけたのが、件のレアモンスターで、通常の数倍の体躯と本来は緑であるはずの体色がオレンジ色のゼリーだった。

 しかしそれがレアモンスターだと気付かず、アカツキは飛びかかったのだ。

 最初の草原に出現するゼリーは、攻撃も弱く、一レベルであってもダメージはせいぜい二〜三で、苦戦する事は無い。そう事前の情報収集で知っていたアカツキだったが、いきなり十二のダメージを負った。

 おかしいな? もしかして、いきなりクリティカル貰っちゃったかな? 程度の認識だった。

 「おいおい、お前、一レベルだろ? 武器は良さそうなの当たったみたいだけど、それでいきなりバレンシアゼリーに挑んじゃ駄目だって」

 ふと見ると、少し成長して装備を整えた戦士がアカツキに飛んできた二撃目の攻撃を受け流して立っていた。

 「バレンシアゼリー?」

 「そう、知らなかったのか? 草原のレアモンスターでな、パーティでも五レベルは無いとキツイ相手だぜ? そりゃ倒せりゃ実入りは良いけど、一レベルで倒せる敵じゃねぇよ」

 しまった。宿代の足しにと思ったが、予想外の強敵だった様だ。

 「見学しとくかい? それとも、センパイと即興でパーティ組んで、一緒に狩るかい?」

 戦士の男は、ニヤリと笑って言った。まるでアカツキを値踏みする様に。

 「俺ね、今夜の宿代が無いンスよ。せっかく出会った獲物だってんなら、指咥えて人に横取りされるって、癪じゃないですか」

 笑い返してアカツキが強気に言う。

 「言うねぇ。良いぜ、ホラ、パーティに誘いだ、受けろよ」

 剣でバレンシアゼリーの攻撃をいなしながら、男が空中を撫でる。

 アカツキの眼前に開いたウィンドウには

 『リュウシンからパーティに誘われました』

 とある。

 迷わずにJOINにタッチしてアカツキはリュウシンに並んで立つ。

 「アカツキです。ABOは今日が初めてですけど、今までいろんなゲームやってきてるんで、ただの初心者って訳じゃないっすよ」

 「上等、宜しく頼むぜ、相棒」

 バレンシアゼリーの攻撃が今まで二人が居た地面を穿つ。

 その一瞬前に二人は左右に飛んで攻撃をかわしている。

 そのまま斬りつけたリュウシンの攻撃は、踏み込みが甘かったのか、即座に硬化したバレンシアゼリーの表皮に弾かれた。

 「チッ、案外硬ぇな。おいアカツキ、タメ切りすっから、少し注意引いといてくれ」

 言うが早いか、リュウシンが剣を斜め後方に構えてタメに入る。

 アカツキはリュウシンとバレンシアゼリーを挟んでちょうど直線になる位置に移動して斬りつける。

 ゾブッという、ゲル状の物体を斬る感触が両手に伝わる。

 対してバレンシアゼリーもアカツキに対して体躯の一部をトゲの様にして突き出してくる。

 聖剣『かなしみをしるほし』には半端な攻撃など通る筈もない。刃を盾の様にして迫り来るトゲを受けると、その美しい刃の腹に阻まれ、トゲは元のオレンジ色のゲルに戻り、返す刃でまたも斬られた。

 そんなやり取りを二度三度と繰り返す内、バレンシアゼリーは、勝ち目が無いと踏んだのか、攻撃の対象をアカツキから、タメ中で無防備なリュウシンへと切り替えた。


 ヤバイ。


 アカツキ、リュウシン、両者共が同時に思う。

 タメ中はただ無防備なだけでは無い。技発動中の判定になり、攻撃を喰らえば、カウンターとして処理される為、二倍ダメージになる。

 如何にリュウシンがそれなりに育ったキャラであっても、かなりのダメージは免れない。

 届くか!?

 アカツキはリュウシンとバレンシアゼリーの間に割り込む様に聖剣『かなしみをしるほし』を突き入れる。

 しかしその刃は届かない。正確には届くはずではあった。けれども、バレンシアゼリーが、そのゲル状の軟体の特性で攻撃の向きをカーブさせ、聖剣の刃を迂回してリュウシンを打ち据えた。

 「ぐあぁぁぁあ!!」

 アカツキの視界の端で、リュウシンのHPゲージが一気に減少し赤く点滅を開始する。

 咄嗟にカーブさせたお陰で、何とか一撃死だけは免れたが、リュウシン被ダメージ後の硬直から抜け出せていない。対してバレンシアゼリーは、トドメとばかりに今度こそ真正面からリュウシンを狙って、硬直させたトゲを突き出した。

 ヤラれる

 そう思ってリュウシンが目を硬く閉じた瞬間だった。


 「や ら せ る か よぉぉぉぉぉ!!」


 アカツキ吠えた。

 それに呼応して聖剣『かなしみをしるほし』の刃を覆うオーラが物質化して、一層に長く雄々しい光の刃になる。

 

 ゾンッッッ・・・!!!


 バレンシアゼリーの巨大な体躯を聖剣『かなしみをしるほし』が水平に両断する。

 アカツキはその慣性に振り回される形で体を空中で二回転させる。

 絶命の一撃が来ないのを不思議に思ったリュウシンが目を見開く。

 そこには巨大な刃が霧散し、身体に光の粒子を巻き付けて着地するアカツキの姿があった。

 元の長さになった聖剣『かなしみをしるほし』の刃渡りに、赤と青の月光が降り注ぎ、紫の輝きを帯びていた。


 その後、リュウシンとアカツキはパーティを解散した。バレンシアゼリーの討伐成功により、アカツキは宿代を引いても余る程の金を得たが、去り際にリュウシンが零した一言が胸を抉った。


 「お前、そんな強ぇんなら、先に言えよ。恥かいちまったじゃねぇか」


 そんなつもりは無かった。

 ただ、初めての仲間を、相棒と呼んでくれた人を助けたい一心だった。

 そうして、新米冒険者としては破格に上質な宿に入ったものの、アカツキの心にはモヤが掛かったようだった。

 チュートリアル後にほんの僅かだけ一緒になったカイリ、初めての狩りで共に戦ったリュウシン。

 まだこの世界に来て、ごくわずかしか時間は経っていない。

 にも関わらず、二人から、少なくとも良く思われない形で跡を去られた。

 且つてプレイしてきたMMOでこんな事は無かった。

 それもこれも、すべては、この『かなしみをしるほし』とかいう変な名前の聖剣と、勇者という聞いた事もないジョブのせいだ。

 自分が何をしたと言うのだ。

 ABOの世界に憧れ、バイトの日々を乗り越えて、ようやく踏み入れた矢先、この仕打ちは酷いじゃないか。

 とは言え、少なくともしばらくは、この聖剣を使っていくしかない。

 夜が明けたら、武器アバターを買って、見た目だけでも普通に剣に見える様にしよう。

 勇者と名乗らず、戦士ということにしよう。

 幸いにもパーティになっただけなら、詳細なプレイヤー情報は閲覧できない。

 それはリュウシンとパーティになって分かった。結局、リュウシンがどんなジョブの何レベルかさえ分からなかった。

 それと、もしかしたら、さっきのバレンシアゼリーとの戦いが誰かに見られて居て、変な噂が立つかもしれない。

 ある程度レベルを上げたら早々に次の町を目指そう。

 次の町は確か大きな神殿がある、大都市だった筈だ。そこまで行ければ、自分が悪目立ちする事もなくなるだろう。それまでの辛抱だ。

 しばら、しばらく我慢しさえすれば、ようやく俺の冒険が始まるんだ。

 そう思いながら、アカツキはログアウトした。

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