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I家の人々  作者: 語り部
4/5

古い記憶

I家の親子喧嘩が終了し、平和が戻った頃、例の異形の訪問者は、例の怖い老人に連れていかれて、不思議な場所に連れていかれた。どうやら、この地を治める王様の宮殿らしい。いったい何が始まるのやら。

「ついてきな!」そういうと年寄りは私を背にスタスタと歩き始めた。リビングを通り抜けて玄関に行き、そこから外へ出る。歳は80を優に超えているだろうに足腰は矍鑠としていて歩く速度は速い。見失わないようについていくのが精いっぱいだ。スタスタと早歩きでドンドン先へ進む老人を追いかけ、追いかけ歩いていく。街は街灯が煌々と点いているために、そんなに暗くはなかった。いや、今は心強い味方が出来たから心に余裕ができ、実際以上に明るく見えたのかもしれない。しかし、私には十分だった。今や、私はこの全く未知の地で、ようやく安心する条件を見つけることが出来たのだ。今まで不気味に見えた街並み(といっても住宅街だが)が、妙にエキゾチックに見えた。

老人の後ろについて歩いていくうちに嫌な予感がしだした。胸騒ぎを覚えるといった方がよいだろうか、私は猛烈な不安感に襲われた。前方を見ると黒ずくめの男たちが歩いていた。妙に見覚えのある男たちの服装は私に強烈な恐怖心と嫌悪感を抱かせた。本能が教えるのだ。ここから早く逃げろ!と。しかし、足がすくんで動かない。顔には大量の汗が滝のように流れては落ち、流れては落ちていく。それにともない、いつしか強烈な頭痛がしてきた。頭の後ろが、ズキズキと痛み出し、胸は早鐘のように激しく鼓動を続けている。そうこうするうちに強烈な眩暈が襲ってきた。ふっと目の前に何かが浮かび上がってきたように感じた。

ほんの一瞬、どこか懐かしい風景。そして、次の瞬間、感じた怒りと絶望・・・そして深い悲しみが胸の奥からこみ上げてきた。と、その時、「どうした?気分でも悪いのか?」前を歩いていた老人が怪訝そうな表情で私の方を見た。声からはやや心配している様子がうかがえる。「いえ、特に何も・・大丈夫です」本当は全然大丈夫ではなかったのだが、ここで心配させてもいけないと思い、わざと平静を装った。しかし、なんなのだろう?あの黒装束の男たちは。なぜか強烈な恐怖感と嫌悪感が全身を覆う。思い出すだけで。なぜだろうか?あれこれ考えているうちに、「おい、着いたぞ」老人の声が聞こえた。

目の前には黒塗りの金属でできた巨大な門が聳え立っていた。「ご開門をお願いいたします。ご開門をお願いいたします」老人が年に似合わぬ大きな声で怒鳴ると門はギーっと大きな音を開けて開いた。中から同じような白装束の子供が出てきた。頭には老人と同じく三角のバンダナのような布を巻いていた。

「新入りを連れてまいりました。総鎮守様にお取次ぎ願いたい」老人は門に入るなり、居住まいを正し、先ほどまでとは打って変わって言葉遣いが礼儀正しくなった。「しばらく、お待ち願いたい」子供とは思えない貫録で白装束の子供は答え、すぐに奥の方に下がっていった。

声を掛けようとしたが、話しかけられるような雰囲気ではなく、重い沈黙が私達2人を支配した。緊張が続く中、重苦しい沈黙が永遠に続くように感じられ、全身を汗が覆うのが感じられた。

「奥へどうぞ」声につられて、そのまま私たちは奥の方に入っていった。異教の神殿、いやこの地を取り仕切る王の宮殿と言った方がよいのかもしれない。中央に敷かれた石畳の上を歩き、石造りの長い、長い階段を昇り、やっとの思いで石段を登った後、木でできた階段を昇り、渡り廊下を歩いていった。長い、長い廊下だった。

長い、長い廊下を通り抜けると明るい広間に通された。広い、広い大広間だった。前方には一段高い台座のようなものがあった。

「おい、頭を下げろ。俺のやるとおりにしろ」小声で例の老人が囁き、膝を曲げて座り、上半身を曲げて両手を前に突きだした格好で平伏した。見よう見まねで私もぎこちなく老人のやったように膝を曲げて座り、上半身を前方にかがめて両手と額で上半身を支えるような奇妙な体勢で平伏した。奇妙な格好だ。額と背中が痛い。やがてすぐに腕が痛み始め、時を置かずして痺れ始めた。座っているとはいえ、上半身を無理に前方に曲げて両腕と額で支えているのだ。とにかく慣れない姿勢なので身体が痛い。やがて曲げた足までが痺れだしてきた。痛みに耐えかねて、思わず横の老人をチラリと見るが老人は全く苦痛を感じている様子はなく、平然と何者かの来るのを待っているようだ。

しかし、慣れない者にとっては拷問を受けているに等しく、苦痛以外の何物でもなかったが、私は老人の怒りを恐れ、苦痛に耐えながら黙っていた。この拷問に近いような姿勢を保ったままである。肉体的な苦痛が私の全身を支配し、精神をも疲弊させるのに、そう長い時間は掛からなかった。やがて苦痛の許容量と精神の疲弊度が限界に達する状態になり、意識が朦朧とし始めた頃、後頭部を強烈な一撃が襲った。

ゴツッ!!鈍い音と同時に強烈な痛みを後頭部に感じた。反射的に横を見ると、老人が平伏したまま、凄まじい形相でこちらを睨みつけていた。目が血走って殺気立ち、こちらを見ている。無言のまま、私は顔を再び真下に向けて、そのままやり過ごした。

肉体的な苦痛と精神の疲弊が、まるで永遠に続くように思われた頃、はるか前方で気配がするのが感じられた。「面を上げよ!」声がした方を向こうとした瞬間、私はそのまま深い眠りに落ちていった。もはや肉体と精神が我慢の限界を超えて強制的に活動を止めたのだった。意識が落ちたことも分からない状態で、気が付けば、私は夢を見ていた。

暗闇の中で私は一人立っていた。どこだろう?ここは?そう疑問が頭を過った時、目の前に真っ赤な炎が映った。天空に突き上げるようにそそり立つ真っ赤な炎は巨大な真紅の柱のように聳え立ち、天に伸びる真紅の先端からはモクモクと巨大な黒い煙を吐き続けていた。煌々と燃え続ける炎のボーボーという音に混じり、やがて燃え盛る炎の音とは別の者が耳に入ってきた。

人のうめき声、いや、死の苦痛に耐えきれずに絞り出す絶望の叫びと言った方がよいかもしれない。それも男女、老幼問わずに延々と聞こえる様々な悲鳴、鳴き声、うめき声、怒鳴り声、口汚い言葉の羅列による罵り、そうした怒りと絶望と恐怖の叫びが耳の奥に染みわたっていく。その絶望と恐怖の音を養分とするかのように炎は更に勢いよく燃え盛っていた。少なくとも私にはそう見えた。

やがて炎の中に人らしき影がいくつもいくつも浮かび、やがて数えきれない無数の人影が炎の中から浮かび上がってきた。目を背けようとしても身体が動かなかった。恐怖、絶望、いいや、ただ単に頭の中に流れ込んでくる情報が、資格、聴覚、そして嗅覚を通して流れ込んでくる膨大な情報と、その凄惨な内容に頭脳が対処できなくなり、その機能を停止してしまったというべきだろう。凄惨な光景をただただ立ち尽くし、見続けるだけしかできないむりょくそのものの私だった。

「どうしてこんなことを・・・」やっと喉の奥から全力で絞り出した声は恐ろしく無機質で、か細い声だった。自分でもいやになるほど小さなか細い声。これが今、自分自身が置かれている無力な立場を具現化しているかのように思えた。自然、涙が目から零れ落ち、一筋の涙はやがて、頬を濡らし、顎にかけて落ちていった。

濡れた目で前方を見ると、いつの間にきたのか、目の前には、日の光を受けて銀色に鈍く光る鋼鉄の鎧兜で全身を包んだ一人の騎士が立っていた。こちらの感情などお構いなしに、というよりもこちらが感情など表す前に、さっと剣を抜き、モノも言わずに騎士は剣を頭上から振り下ろした。その瞬間、再び私は闇の中に堕ちていった。

目が覚めると目の前には例の白装束の老人が思いつめたような表情で私の顔を上から覗き込んでいた。「総鎮守様、気づいたようです」厳かな声で老人は言った。老人が顔を向けた先を見ると白面の女性が同じく心配そうな表情で座っていた。年のころは十代の半ばくらいだろうか。切れ長の黒い瞳は切なさの中に優しさを含み、長い黒髪はつやがよく、重ね着した着物は色とりどりの美しさを上手く調和して出していた。

「もう大丈夫。ずいぶん怖い思いをしたんですね。でも安心してください。ここにはもう、あなたを怖がらせるものはいません。だから、ゆっくりとお休みなさい」声が聞こえたかと思うと私は再び深い眠りに落ちていった。優しく穏やかな声だった。先ほどのように苦痛に耐えかねて意識を失っていくのではなく、今度は全身を心地よさに包まれて私は眠りに落ちていった。

夢の先には広い広い麦畑があった。陽の暖かな光を受けて黄金色の豊かな実りの大地には人々の喜びがあふれていた。先ほどの凄惨な光景とは打って変わって、そこには平和と豊かさ、そして、人々の喜びがあった。恐らく、収穫の祭りの日だろう。男たちが収穫物を持って移動し始めた。女たちもその後に続く。

「え?」思わず息を呑んだ。「地の神様!今年もたくさんの収穫物をお与えくださり、誠にありがとうございました。おかげさまで村の者たちは今年も無事に飢えることなく生きていくことが出来ます。感謝を捧げさせていただきます」神官らしき年寄りが、そう言うと、丸々と、よく肥えた一頭の羊が連れてこられて、その場で食肉処理された。それも私の見ている目の前で、村人達は手馴れた手つきで生贄の羊を器用に切り分けて食肉処理し、その一部を私の目の前に置いた。私は、そのまま再び、意識を失った。


次で最後です。

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