愚か者どもの宴
家に帰ってきたIは、昨日、父親を怒らせたことにびくびくしながら過ごしていた。とりあえず、謝ろう。そう決心し階段をビクビクしながら降りるIの耳に入ってきたのは上機嫌で騒ぐ父親と仲間の声だった。
(ああ、面倒くさいなあ。どう言い訳するかなあ。もう、この際、土下座でも何でもして許してもらおうか)そう思いながらIは戦々恐々と階段を下りていった。下では賑やかな声が響いている。4人ほどが集まって騒いでいるところだった。もちろんこのうちの一人はIの父親である。声のするのを聞いてみると、いつもの常連ばかりだった。「はああ」深いため息をつきながらIは階段を半ば、及び腰でそろりそろりと下りていった。
「こんばんは」広間に入っていき、挨拶をしたIを待っていたのは、いつもの常連、つまり親父と同じ骨董愛好家の連中だった。今夜も仕事を終え、家に帰ってきたIはてっきり、昨日のことで父親に一撃喰らうものと覚悟を決めていたが、階段の下から聞こえてくる父親の声が、やけに機嫌がよいことに全ての望みを託した。昨日、父親の親友が持ってきたお茶を「不味い」と一刀両断に切り捨て、その後、客が帰った後に壮絶な親子喧嘩に発展した。怒りで理性を失った父親に面罵されて這う這うの体で家を飛び出た後、深夜におっかなびっくり深夜に帰宅したのが、まるで嘘のように今日の父親は機嫌がよい。
父親も他の連中もIのことなど、そっちのけで酒を飲み、つまみを食べながら熱く議論を交わしていた。議論の的は昨日、父親がバカ息子の非礼の詫びにとイカ銀から買い取った古いペンダントだった。話の流れから、どうやら中世の騎士かなにかが持ち歩いていたものだとわかった。また、妙なものを買ったものだと半ば父親の軽率さに呆れながら、話の輪に加わる。よかった。どうやら昨日のことはすっかり、忘れているようだと一人Iはほくそ笑んだ。
何食わぬ顔で議論の輪に加わるIに客の一人が話の水を向けた。「で、兄ちゃんはどう思う?悪魔の封じ込められたペンダントなんて信じるかねえ?」半ば、嘲笑交じりの声色が、別の客の議論を引き出す。「いやいや、この世には、やっぱり科学じゃあ解明できないことはあるんだよ。やっぱり。ほら、前に話しただろ?」「ああ、交通事故の話な?」「そうそう、俺の大学時代の友達で、理系のやつがいて、そいつが交通事故目撃した時に、運転席で即死状態のやつが、その辺りうろついてるのが見えたって話。そいつは絶対に嘘つくような人間じゃないし、自分の体験しないことは絶対に信用しないやつだよ。そいつが見たっていうんだから間違いないよ。それと同じで、この世にはやっぱり不思議なことがあるんだよ」口角泡を飛ばしながら興奮気味に、その客は言った。
否定派、いや、懐疑派というべきか?の客が反論する。「それだって、たまたま、そういう事故に遭遇してたんで脳が興奮してて混乱して幻覚を見せたんだよ。ほら、だいぶ前にNHKで特集してただろ?あの栗・・栗・・えーと、栗なんとかって女の子が司会やってる番組!あれで、そういうのは、脳が何かの拍子に誤認識っていうか誤作動を起こして、実際にはその場に存在しないものが見えるってやつ。後、その場の磁場か、電磁波かなんかが脳に作用して幻覚見せるって話。そういうので、幽霊とかが錯覚で見えるってだけの話だよ。」口調はいささか興奮気味だ。客同士が勝手に日論を展開し、話の水を向けられたIは完全に置いてけぼり状態になった。
「まあまあ、いいじゃないか。せっかく我らがイカ銀大先生がインディージョーンズばりの冒険をして現地の骨董屋の親父から苦労して手に入れてきたんだから。パレスチナだっけ?あのニュースに一時期、よく出てた国?あそこ前にも行かなかったか?」Iの父親が議論に割って入った。これ以上は、喧嘩になると見たのだろう。さりげなく議論をイカ銀の方へ向けた。
「ああ、あの短剣な。あの時は本当にひどい目にあったよ。何せ、憐憫の情にひかれて買い取ったのが、とんだいわくつきの代物だったんだから」イカ銀が苦笑いしながら口元に皺を寄せて言う。あまり良い思い出ではないのだろう。「あれは、本当にひどい代物だった。なんせ、近々、修繕してやるつもりで保管庫に大切に入れてたら朝方、声がするんで木刀もって、声のする方に行って見たら、闇の中で白装束の白鬚がお祈りしてたんだからな。正直、ほんと、肝をつぶしたよ。こりゃいわくもん掴まされたと思って、すぐさま、つてを頼って、その道のプロに引き渡したよ」話が進むにつれて、苦虫噛み潰した表情になった。「やっぱりイカ銀だ」Iの父親が笑いながら言う。イカ銀が苦い表情で、笑う父親の方を見た。
「でも、そういういかがわしい連中が住んでる土地にあったもんだから、幽霊憑きの脇差しがあるくらいなら、正直、もっと質の悪い『いわくつき』が普通に売られててもおかしくないだろう。悪魔くらい居たっておかしくないだろうよ」父親がやや真剣な顔で言った。
「たしかになあ。あそこは聖書の時代からいろんな民族や宗教が延々と和解したり戦争したりしてる土地だからなあ。悪魔が居ついててもおかしくないよ。今はイスラム国なんてのが、のさばってるけど、古い時代には十字軍とかが、普通にあの辺りで暴れて、人殺したり経典とか寺焼いてたりしてたからなあ」肯定論者の客が言う。
「そう考えると悪魔の一匹やそこら居たっておかしくないよなあ。なんせ、悪いことがあった土地には悪い霊が寄ってくるって話だしなあ」肯定派の表情が暗くなった。「だから、そういうの言ってたら、地球上、みんな悪い霊が住んでるじゃないか。古都だって、何度も何度も戦火にあったんだから。天変地異で地震洪水、大干ばつで死んだ人間だって大勢いるんだから。そういうのがない土地なんて地球上じゃほとんど無いんだって。どこも霊と悪魔だらけになっちまうよ」懐疑派の客が呆れた声で言う。議論は相変わらず並行線をたどったままだ。いや、こういう話は昔から必ず否定派と肯定派に分かれるもので、決着が着いたためしなどほとんどなかったのだから仕方がない。
「まあ、悪魔が宿ってようがいまいが、年代物には間違いないらしいし、部屋の飾りくらいにはなるだろうさ。魔除けにも・・さ。さ、そんなことより、みんなもっと飲んでくれ!おい、母さん!ビールとつまみ追加でお願い!」Iの父親が笑いながらつまみを追加注文したのをきっかけに再び、皆が飲み始めた。
よかった。親父も昨日のことはすっかり忘れたようだ。そう安心し、Iは2階の自分の部屋に戻り、そのまま寝てしまった。ストレスで疲れていた心が解放され、安堵からか、そのまま深い眠りに落ちていった。Iが寝た後も、同好の士たちは、相変わらず酒を飲み、つまみを食べ、深夜遅くまで骨董論議に花を咲かせていた。議論は深夜3時ごろまで続き、一人、また一人と酒と議論に酔いつぶれ、時計の針が午前3時を指した頃には、その場にいた全員が高鼾で寝てしまっていた。
LED電球の明かりだけが煌々と辺りを照らす中、中年を通り越して老年の境に足を踏み入れた男どもの酒臭い息と加齢臭、そして近所迷惑な鼾の3重奏だけが辺りに響き渡っていた。
第3話です。まだ続きます。




