31. 師匠と弟子
放課後、砂穂ちゃんをわたしたちのお屋敷へと案内します。
道すがら、わたしたちはメイドの仕事がどういうものなのか、簡単に説明をしました。
料理を作ったり、屋敷の掃除をしたり、お庭のお手入れをしたり、そして何よりご主人様を喜ばせたり……。
それから、わたしたちのことについても。
現在は人手不足で、人材をまかなうために学校に入学したこと。
午前中から午後の二時半ぐらいまでは学校なので、授業の後にメイドとしてのお仕事をやっていること。
一方で、砂穂ちゃんから、魔法のことについて尋ねられました。
「どうして精霊のことを知っていたのか」って。
実は同じ質問を、クラスメイトたちが周りにいる教室でも聞かれました。
絶対のナイショにしたかったので、わたしとしては頭が痛いものでしたが、なんとか彼女を押さえつけて、口を塞いで、耳元で「面倒な話になりますから、あとでゆっくりと話します!」とささやいて、どうにか収まったから良いものの、いやはや危ないところでした。
「仕方ないですね。でも根掘り葉掘り聞くのでそのつもりでいるのです」
そんな捨て台詞を吐いて、教室を出て行くのが印象的でした。
負けん気が強いというのは知っていましたけど、まさかここまでとは……。
そんなお話をしながら約二十分ほどの距離を歩いて、わたしたちはお屋敷へと到着します。
彼女は、「大きなお屋敷です……」と目を見張ってつぶやきました。
まず案内したのは、一階の応接室です。
ご主人様曰く、さっそくここで簡単な面接を行うのだとか。
本日の休み時間に、ご主人様は「ちょっと無愛想だけど、生意気そうなところがなかなか可愛いじゃない。それに魔法だって少しは使えるみたいで、ちょっと面白そうな子ね」と、砂穂ちゃんを評していました。
だからご主人様的には、もう彼女を採用することは前提としてあって、あとはわたしのときのように、契約条件とかそういうのを確認する面接になるのだと思います。
その間、わたしたちはいつも通り、使用人室へと向かい、制服を脱いで、メイド服に着替えて、瑠璃さんはココアの準備を、わたしは洗濯物の取り込みを行いました。
高く登った日光に晒され、そよ風になびくお召し物をあらかた取り込み終わったところで、ご主人様と砂穂ちゃん、そしてトレーに四杯のマグカップを乗せて運ぶ瑠璃さんがお庭にやってきます。
「七菜。忙しいかもしれないけど、仕事を中断してすぐに来なさい」
「はい、ご主人様!」
取り込んだ洗濯物を裏口から洗濯室に片付けて、わたしはパタパタとドレスを揺らして、急いでお茶会へと参加するのでした。
「今日は特別な日よ。ふふっ、ついに望んでいた新人が入ってきたのだから! ……じゃあとりあえず、自己紹介でもしようかしら? まだ瑠璃は、この子のことよく分かっていないみたいだし」
ご主人様が、砂穂ちゃんに目配せすると、彼女は立ち上がって、
「砂穂・アストラリウズンなのです。サリスモニカ高校の魔法クラス一年生。今日から、このお屋敷で働くことになりました。何卒よろしくなのです」
「ふふっ、無事そういうことになったから。砂穂はあなたたちの仲間よ。これから一つ屋根の下で共に働いて――あ、今は寮生だけれど、すぐにでもその契約は解除してもらうから、そのつもりで――わたしのためにいろいろと尽くして頂戴ね」
それから瑠璃さんとわたしも自己紹介をしました。
ですがそんな自己紹介の終わりに、砂穂ちゃんはここぞとばかりにわたしを指差します。
「約束なのです。今度こそ教えて欲しいのです。どうして七菜、お前は精霊のことを知っていたのですか? いったい何者なのですか?」
「あら、ダメよ、砂穂。先輩を呼び捨てしたり、あまつさえ『お前』呼ばわりだなんて。でも――砂穂がこのお屋敷に来てくれたのって、七菜の暗躍があったからなのよね」
「暗躍……ですか?」
瑠璃さんは真相を知りません。
首をかしげました。
「そ。まあわたしも深くは知らないけど、でも七菜が砂穂の将来を思って、彼女に手をさしのべたのは事実よ。ただ……七菜がどんな手段を用いたのか分からないけど、砂穂にとって、ちょっとばかししこりが残るようなところがあるみたい」
ご主人様のおっしゃる通りです。
砂穂ちゃんは、釈然としないんです。
普通クラスに通っているわたしが、どうして精霊の存在を知っているのか。
なぜ女神様とまったく同じことを言っていたのかについて。
でもそれは簡単な話です。
――わたしが魔法使いだから。彼女の前で魔法を唱えてみせて、なぜわたしが魔法学校という進路ではなく、メイドとしての仕事を選んだのかを話せば理解してもらえると思います。
「七菜。別にためらうことはないんじゃないの? どうせ遅かれ早かれ、その事実は露呈するわ。それにあなたが砂穂を屋敷にやってくるように仕向けたのだって、砂穂を正しい方向へと導く使命感があったからじゃないのかしら?」
「……その通りです」
さすがはご主人様。わたしの考えは、お見通しだったみたいです。
「砂穂ちゃん。約束ですものね。わたし、今から、砂穂ちゃんの疑問に全て答えます」
立ち上がって、心の中で光の精霊に声を掛けます。
そして修行の中で脳裏に焼き付けた木の女神様のお姿を思い浮かべて、
「光の精霊さんたちよ。光の線を屈折させ、木の女神・フィオナ様を具現化させよっ!!」
わたしが呪文を唱えるのと同時に、ガチャンとマグカップが割れる音がしました。
目を丸くして、口をあんぐりと開けて、砂穂ちゃんは驚きのあまり全身の力が抜けてしまったのでしょう。
瑠璃さんも同じように、顔には驚きの色が浮かんでいました。
ただ一人平静を保っているのは、ご主人様だけ。
「……砂穂ちゃんが路地裏で出会って、魔法を教えてくれたあの女神様、正体はわたしだったんです。直接言っても聞いてくれませんでしたから、こうすれば聞いてくれるかなーって思いまして!」
呪文を解除して、砂穂ちゃんに向き直りました。
「わたし、魔法使いなんです。でもちょっとした事情で魔法はあまり使わないようにしていて、そこでごくフツーの女の子として、ここでメイドさんとして働かせてもらっているんです。
まあでもいろいろなことがありまして、大事な人を護るためには、ある程度の力も必要かな?って最近思い始めまして、最近、魔法の修行をし始めたところなんですが……」
「……すごいです」
驚いた表情のまま、砂穂ちゃんはつぶやきます。
「あんな幻を見せる魔法を使えるなんて……。あの魔法訓練学校で三年間学んでも、小さい火や水を出せれば御の字って聞いていましたのに……」
めちゃくちゃ褒められてます。
うーん、でも個人的にはまだまだなんですけどね。
投影する像が半透明だったり、一切動かないのを改善して、リアリティを出していきたいのですが……そこは修行あるのみでしょうか?
「七菜……。いえ、七菜さん。いえっ、七菜師匠! お願いなのです! わたしがここで働く傍ら、魔法の稽古をつけていただけないでしょうか?」
「ええええっっ!? し、師匠……ですか?」
「はいっ。よろしくなのです、七菜師匠!!」
ううっ、キラキラとした眼差しがまぶしい……。
まるでヒーローを応援する子供みたいです……。
「あら、師匠だなんて。でも……いいんじゃないの? もともとそうするつもりだったんでしょう? 正しい魔法を教えて、砂穂を導いてあげるっていう、ね」
ご主人様は、含み笑いを浮かべてわたしを見つめます。
そうです。
これ以上魔法訓練学校に通っても、何にも得るものはありませんから、普通クラスに移動してもらって、それで魔法に関しては責任を持ってわたしが教育してあげるつもりでいました。
砂穂ちゃん――実家があまりお金持ちではないと知っていましたから、親の期待に応えるためにも、ある程度の魔法を習得してもらって、それで数年後に魔法学校へと通ってもらう。
……ホントは魔法学校なんかには行かせたくないんですけどね。彼女にとって毒になるような要素が多分にあって、不安になりますし。
でも――師匠というのは。
う~ん、めちゃくちゃ恥ずかしいんですけど!?
「……分かりました。砂穂ちゃん、わたしと一緒に魔法の訓練をしましょう! なんだかんだで砂穂ちゃんをこっちの道に引きずり込んだのはわたしですし、それならば正しい道へと導かないといけませんから!」
「あ、ありがとうなのです。七菜師匠!」
「でも条件付きですから! 一つ、わたしが魔法を使えること、精霊の力を借りて魔法を使うこと、全部ナイショにするんですよ。もちろん砂穂ちゃんが魔法を使えるというのも絶対の秘密ですから!
二つ、その『師匠呼び』はやめてくださいっ。フツーに、『さんづけ』とかで大丈夫ですからっ!」
そんなこんなで。
街の木々の葉が色づく十月の初め。
お屋敷は新しい仲間を迎え入れて、よりにぎやかになるのでした。




