29. 木の女神様
人々の間では、神様が太古の昔にこの国に降り立って、それ以来この国を守っていると、ゆる~く信じられています。
特に人気があるのは、以下の九柱の女神様。
太陽の女神・リィア。
月の女神・モニカ。
火の女神・フォリア。
水の女神・メルクレイリア。
木の女神・フィオナ。
雷の女神・ソリア。
土の女神・エヴィデンティア。
風の女神・ワインディア。
氷の女神・ノルゼリア。
彼女たちの姿は古代の壁画などにも描かれていて、現代においても、女神様の抽象画が描かれたお守りや、彼女たちの魂が宿るとされた宝玉類が、健康祈願や恋愛成就に効果があるとして、人々の間で人気だったりします。
魔法使いの間では、七つの属性を持つ精霊は、それぞれの女神様が生み出していると信じられていて、火の魔法使いなら、火の女神・フォリアをモチーフにしたキーホルダーやステッカー、宝石類をお守り代わりにしています。
だからわたしは、もし女神様が姿を現して声を掛けてくれたのならば、あの砂穂ちゃんだって何でも信じてくれるんじゃないかって思ったんです。
九月末日の午後九時、砂穂ちゃんはいつも通りアルバイトを終えて、寮への帰路を歩いていました。
サリスモニカの中心市街には、細い裏路地が結構あって、辺りが暗くなるこの時間帯だと、人通りがほとんどありません。
わたしは、砂穂ちゃんの一日をこっそりと観察する中で、彼女がアルバイトからへの帰路、人通りのほとんどない裏路地を通って、帰宅していることを知っていました。大通りを通るよりも、ずっと近道みたいでした。
そしてそれは、わたしが今回の作戦を決行するチャンスでもありました。
「砂穂・アストラリウズンよ。我の声がそなたに届くか?」
普段よりもだいぶ声のトーンを低くして、神様らしい雰囲気を損ねないようにゆっくりと気をつけて発声します。……ちなみに、神様の口調とかはよく分からないのですごい適当です。
すると砂穂ちゃんは振り返って――瞬間、瞳を大きく見開きました。
エメラルドグリーンのドレスを身にまとい、オリーブの葉の冠を頭に被った金髪の美女が、彼女の目には映っていたのですから!
光の屈折を利用して、頭の中のイメージを投影する魔法。
正直、かなり難易度が高いです。
漠然とした像を映し出すのは割と簡単なのですが、ちょっと油断するだけで、投影していたビジョンの顔面が突然溶け出したりするんですから!
でもご主人様の監修の元、「イメージを完全に頭の中に焼き付けて、無意識レベルでビジョンの投影を可能にするよう」とのアドバイスをいただいて、無事、なんとか魔法を安定させることはできるようになりました。
でもこの魔法も、光の精霊に自分の魔力をかなり分け与えなければいけないようで、姿を消す魔法との併用では、もって五分が限界というところでした。
それに像は半透明で、しゃべっているのに口元も一切動かないという完全なお人形仕様ですが、投影しているのが神様なので、「何でもあり」ということでなんとかごまかせるでしょう。たぶん……。
「驚くでない。我は木の女神・フィオナ。今宵は、汝に大事な話があって、この場に顕現したのだ」
「女神様が――私にお話を?」
砂穂ちゃんは、神様の降臨に驚いたのか、その場でへなへなと尻餅をついてしまいました。
「そうだ。早い話が――汝には魔法の才能がある。しかし、このままでは魔法は永遠に使えるようにはならないということだ」
「魔法の才能! 本当なのですか、女神様!? でも永遠に使えるようにならないって――」
「それは汝が、魔法が使えるしくみというものを理解していないからだ」
「しくみについては、いま一生懸命勉強しているところなのです。呪文を覚えて、脳波を魔法使いのものに合わせて――」
「残念ながら、それはデタラメだ」
女神像は、砂穂ちゃんを見下すようにして言い放ちます。
「デタラメ……なのですか?」
女神様に、日々の努力を彼方へと葬り去るようなことを言われて、さすがに動揺を隠せないようでした。
わたしは続けて、先日砂穂ちゃんに会って口にしたことをそのまま伝えます。
「いま学校で学んでいることは、ほとんど汝の力にならない。なぜならば、魔法を使うのならば、世界にあまねく存在する精霊と仲良くなり、その力を借りなければいけないからだ」
「精霊の力……。教えてくださいなのです! どうすれば、精霊さんと仲良くなれるのですか!?」
さすがに女神様の発言ともなると、砂穂ちゃんも純粋に信じてくれるみたいでした。
「簡単なことよ。姿こそ見えぬが、精霊が存在することを純粋に信じ、声を掛け、また汝も精霊の声に耳を傾けるだけ」
ところで、わたしが姿を投影する女神様として木の女神・フィオナ様を選んだのには理由がありました。
砂穂ちゃんって、普段から動植物を大事にしていますから、もし精霊のご加護があるとすれば、それは絶対に木の精霊って直感的に思ったんです。
だから木の精霊を司ると言われている、木の女神様を選択したのでした。
「――そなたには、木の精霊と親しくなる才能がある。瞳を閉じ、精霊の存在を全身で感じ、精霊たちに声を掛けるのだ」
砂穂ちゃんは、お水を掬うときのように両手を丸くして、生唾をゴクリと呑みました。
「この中にも、精霊さんたちが――」
そして瞳を閉じて、「木の精霊さんたちよ。私に……力を貸してくださいなのですっ!!」と叫びました。
すかさずわたしは、彼女の元へと向日葵の種を投げて、それに光の魔法を掛けて、瞬時に花を咲かせる――つもりでした。
その予定だったんですけど、予想外の事態に、わたしが光の魔法を使う必要はなくなってしまいました。
「わっ!? な、なんですか? このどんぐりたちは!?」
彼女の両手は、今やどんぐりでいっぱいになっていたのですから。
こんなに早く、精霊と仲良くなれるなんて――
彼女が驚く以上に、わたしも驚いていたのですが、いまのわたしは女神様。落ち着いて声を発します。
「汝の声が、精霊へと届いたのだ。そして精霊が『ともだち』の印として、どんぐりをそなたへと授けたということだ」
「私の声が……精霊さんに」
砂穂ちゃんは、手元のどんぐりの山をじっと見つめていました。
「それにしても……精霊の存在を知らされ、すぐに精霊と心を通わせられるようになるとは、汝、かなりの才能を感じる。まだまだ魔法の力を伸ばす余地は十分にある。だがそのためには、正しい訓練が必要だ。もしかしたら、そなたのすぐそばに――」
全身の身動きが突然取れなくなりました。
まるで水の中に沈んでいくような感覚……。
言葉すらも発することができませんでした。
はぁはぁ、と喘ぐような呼吸しかできません。
わたしの魔力がもう底をつきそうです。
このまま続けると、意識が飛んでしまいそう……。
限界を感じたわたしは、ビジョンを投影する魔法を中断します。
瞬間、身動きが取れるようになって、わたしは姿を消したまま、路地裏を離れて大通りへと抜け出しました。
*
「やりました……!」
姿を消す魔法も解いて、わたしはガッツポーズを掲げます。
とにかく、当初の目標――正しい魔法の唱え方を砂穂ちゃんに理解させる――は達成できたのですから。
本当はそれとなく、わたしたちのお屋敷にメイドさんとして勧誘するつもりだったのですが、そこまではいけませんでしたけど……。
でもきっと……砂穂ちゃんとわたしが出会う機会が、近いうちにあるはずって感じるのです。
さてと、今日はもうまっすぐお家に帰りましょう。
魔法は解きましたけど、脚は棒のようになって、両肩には重みを感じるほどの疲労困憊状態ですから、お屋敷に到着したら自分がメイドだってことも忘れて、ベッドでぐっすりとお休みしてしまうかもしれませんが……。
あ、そういえば――
わたしは魔法に関する、すごい重要なことを思いだしていました。
――魔法が使えるようになる代わりに、日常生活を送る上で何か不具合が生じてしまう。
それって、ひょんなきっかけで魔法が使えるようになった場合にも当てはまるんですよね?
うーん……砂穂ちゃん、どんな「呪い」が掛かってしまったのでしょうか。
あまり重いものでないといいのですが……。




