27. 光の科学と光の魔法
九月を迎え、ついにわたしたちは学校へと通うようになりました。
朝はいつもより三十分早く起床し、まずメイド服へと着替え、わたしは玄関、応接室、ホールの掃除を済ませてしまいます。
一方の瑠璃さんは、もちろんお料理です。
朝ご飯はもちろんのこと、三人分のお弁当も用意しなければなりません。
今日はご主人様の希望で、サンドウィッチ。卵とかハムチーズとか、フルーツサンドを用意して、バスケットへ三人分を詰めました。
朝ご飯が終わると、すぐに学校の制服へと着替えます。
チェック模様の短いプリーツスカートに、フリルと黒いリボンがついたブラウスが指定制服で、すごい今風な感じでした。
故郷の制服は、この国の伝統衣装のようなものでしたし、それにこれまでずっとロングスカートばかり履いてきましたので、なんだかとても落ち着きません……。
ご主人様も、瑠璃さんも制服に着替えて、特に瑠璃さんはスタイル抜群なので制服姿が抜群に決まっていました。
サリスモニカ高校には今年は全体で二三三名が入学したそうで、一クラスは最大四〇人。つまり現在一学年には全部で六クラスあります。
そのうちの半分が魔法クラスで、残りが普通クラスに別れていました。
普通クラスは、基本教育で学んだ、国語・算数・歴史・地理をさらに発展させた内容と、科学について学ぶカリキュラムになっており、一方魔法クラスでは、全体の授業の半分以上が魔法理論の学習や、魔法呪文詠唱の実践に当てられているとのことでした。
魔法クラスは、やはりというかなんと言いますか、特別扱いされているようでした。
わたしたちが着用する制服の上に、熊をモチーフにした校章のワッペンがついた黒いローブを身につけていて、魔法クラスの生徒は一目でそうだと分かるのです。
そしてヒエラルキー的なものも少なからず存在しているみたいでした。
すなわち、魔法クラスの生徒さんたちは、普通クラスのわたしたちを下に見ているみたいなのです。
それも仕方のないことだと思います。
魔法クラスの方が学費は二倍以上高いですし、彼らには、適性試験――魔法の才能があるかどうかをチェックする試験のようです――を合格したのだから普通クラスの連中とは違う! 将来大きくなってお金持ちになる! みたいな矜持があるのです。
(実際のところ、魔法使いになれるのなんて一学年で数人ほどなので、残りの方々は……なんて言ってはダメですよ、絶対に!)
ところで。
わたしたちは学校で、結構注目されちゃっているみたいです。
というのも、まずご主人様が「天才美少女作家」という肩書きの有名人ですし、やっぱり人がたくさんいると、その正体を知っている人が結構いて、その噂はすぐに学校中に広まってしまいました。
サインをおねだりする人だって出て来ました。
そしてその周りに仕えるメイドのわたしたち。
学校では、メイド服こそ着ていませんが、普段からご主人様の満足のためにお仕えする癖が抜けず、お屋敷にいるときと同じように振る舞ってしまいます。
移動のときは、ご主人様を先頭にその斜め後ろにわたしたちが連れ立って、ご飯のときはくっつけた机を囲んで一緒に食べたり。
……職業病みたいなものなのでしょうか?
とにかくそんな風にして、いつもご主人様とべったりですから、どういう関係なのかと当然のように尋ねられてしまいます。
本当のことを言っていいものなのか、思い悩んでいると、
「彼女たちは、わたしのメイドよ」
あっさりと本当のことをおっしゃってしまうのでした。
「わたしは、この街の郊外の屋敷に住んでいるのだけれど、いまメイド不足で困っているのよ。そこで学校に入学して、有望な人材を集めようと思っていたわけ。
可愛くて、真面目で、何か強みのあるような子なら歓迎よ。……ただ、屋敷では厳しくビシバシと行くから覚悟しておいてね」
そして宣伝までしてしまうのです。
ですが……入学してから、はや二週間ほどが経過しましたが、応募者はなんとゼロ。
あの人気作家のメイドになれる! という触れ込みなのですが、メイドさんのお仕事って住み込みで働かなくてはいけませんし(同級生の子に何度か具体的なお仕事について尋ねられました)、まずそれがかなり高い壁になっています。自分の時間をほぼ捨てなくてはいけませんしね。
それから二つ目の壁として――「可愛い」が条件なのもあると思います。
なんて言ったって、うちには天からの授け物としか思えないプロポーションと整った顔の持ち主である瑠璃さんがいますから、どうしてもそれと比較をしてしまうんだと思います。
だからご主人様は、こんなことをおっしゃるのです。
「瑠璃、七菜。まだまだよ。他のクラスの子とか、上の学年の子とか、有望そうな子はどんどんスカウトして頂戴。そうね……十月までにはなんとか新人メイドが欲しいわね」
*
そういえば、授業を受ける中で大きな収穫がありました。
科学の授業で、「どうして目で物を見ることができるのか」について学んだときのことです。
――光は水晶体を通って、網膜の黄斑という箇所に焦点を結び、それが神経を通して脳に伝えられ、像として認識される。
――光には様々な色があり、それらを均等に含んだ光は白色になる。逆に光を分解して、七色の光を出すこともできる。
――物が特定の色、たとえばりんごが赤色に見えるのは、りんごが赤い光を反射しているからである。
――光の屈折によって、ものの見え方が変わることがある。たとえば、陽炎や蜃気楼などの現象は、それが原因である。
そのお話を聞いた瞬間、頭の中に電撃が走りました。
……わたし、光の魔法使いなんです。
そして物の見え方と光って、切っても切れないことが分かったんです。
いまは、お日様の力を借りたり、優しい光で対象を癒やしたり、この前の四埜お姉ちゃんとの闘いでは、邪悪な気持ちを浄化する魔法なんかを編み出してしまったりして、とにかくそんな感じの魔法を使ってきていましたけど、もし科学の知識と光の魔法が融合したらって思うと……ワクワクが止まらなくなってきたんです!!
わたしはその授業を受けてから、メイドとしてのお仕事が終わると毎日、先日お姉ちゃんと一緒に過ごした寝室など誰もいない部屋で魔法の練習に明け暮れました。
普段は魔法を捨てていますけど、悪い魔法使いの悪巧みから隣にいる人たちの笑顔を守るときには、こちらも魔法で対抗するしかないと知ったわたしは、人を傷つけない新しい魔法の必要性を痛感していました。
だからこのひらめきを、すぐに形にしたかったのです。
魔法の訓練が面白いと思うなんて、お姉ちゃんに光の魔法を教わったとき以来です。
自分で何か新しい発見をして、それに熱中するのって、あっという間に時間が過ぎ去っていきます。
ふとご主人様の、「勉強は、いつどこでどんな形で役に立つか分からない」という言葉を思い出します。
そしてしばらくたって、わたしは「光を屈折させて、姿を背景に同化させる魔法」を習得することができました。
「光の精霊さんたちよ、光の線を屈折させ、わたしの姿を覆い隠して!」
鏡に向かい、魔法を唱えてみます。
確かに鏡にはわたしの姿が映っていません! 映るのは背景だけです!
でもやっぱり、他の人からどう見られているのかというのも重要なので、執務室へと向かい、チェックをご主人様にお願いしました。
「光を曲げて、それで姿を消す……。そんなことができるのね。素晴らしい発想だわ。やっぱり、あなたって天才よ。
そうね、あなたがじっとしていれば、まずバレないわ。でもちょっとでも動いたりすると、そこの空間が変にゆがんで見えるわね」
「そうですか……」
魔法を解除して、わたしはご主人様の前に姿を現します。
「それから。その魔法、かなり体に負担が掛かるんじゃないの?」
やっぱりご主人様にはお見通しのようでした。
魔法を使うには、精霊の力を借りるほかに体中に流れる魔力を使うらしく、回復系の魔法や光の壁を発生させる程度ならたいしたことはないのですが、今回の姿を消す魔法は、精神的にも肉体的にもかなりの負担が掛かってくるみたいでした。
「その魔法、かなりの魔力を消費させるみたいだから、すさまじい魔法の気配が漂うのよ。物理的に姿を消すことはできても、魔力を読める上級魔法使い相手にはまったくの無駄ね」
「分かりました、ありがとうございます!」
「ところで……その魔法って、何に使うのかしら? もしかしてあなた、姿が見えないのをいいことに泥棒とか――」
「そ、そんなことするわけないじゃないですか!
ただ……ちょっと、とある場所に不法侵入したいというか……」
「ふふっ。やっぱり悪いことに使うのね」
ご主人様はお笑いになりますが、わたしにとっては真剣な話でした。
実は、普通クラスの生徒は、魔法クラスのある区域――本館二階から四階の左翼部分に立ち入ることが禁じられていたのです。
おそらく、情報統制をするためでしょう。
噂によると、教科書も持ち帰りは厳禁で、授業の度に回収するとのことですから。
でも気になるんです!
魔法を学ぶカリキュラムがどのようなもので、具体的にどんな授業を受けて、どんな教科書を使っているのか――魔法クラスのことを知りたいんです。
だからわたしはその翌日、姿を隠して、ローブを纏った生徒が専用のカードを使って二つの区域を隔てる扉を開くその瞬間を逃さず、その後ろにくっついてこっそりと侵入しました。
扉の前には警備員さんもいましたが、なんとかやりすごしました。
魔法クラスの区域は、同じ建物の一区画を使っているということもあって、普通クラスのエリアとはさほど変わりありませんでしたが、窓には鉄格子が設置されていました。
外から見たことがあったので知ってはいましたが、おそらく外部からの侵入を防ぐためなのでしょう。
わたしは姿を隠したまま、とりあえず目に入った一年C組の教室へと入ります。
教室には、当たり前ですけど、ローブを身につけた生徒がいっぱい。
年齢的には、わたしと同じくらいの子が多い印象でしょうか?
男の子が全体の3/4ほどで、残りが女の子といった男女比です。
そんな生徒の中で、ふとわたしは一人の女の子に目が止まりました。
わたしよりも何歳か年下と思しき幼い顔立ちの、亜麻色のロングヘアーが綺麗な女の子でした。頭に星形のヘアピンをつけているのが印象的でした。
わいわいと騒がしい教室の中で彼女は机に向かい、黙々と花と茎と葉を組み合わせる造花作りを行っていたのでした。




