23. メイドさんと七色の災禍 -後編-
「まだまだ! 冷気よ、水を凍らせ、凍てつく柱となれっ!」
水の塊が現れたかと思うと、戦場の空気が冷やされて、それは一瞬のうちに鋭い氷の刃となりました。
そしてまっすぐにわたしたちの元へと飛びかかります。
光の壁は、液状の攻撃はやり過ごせても、強力で鋭い物理攻撃には破られる危険性がありました。
だからわたしは身を翻して氷柱を回避し、お姉ちゃんも同じようにかわしました。
「地の精霊よ、巨大な塊となり、風に乗って飛べ!」
「雷の精霊よ、雷撃となり、七菜たちの元へと落ちよ!」
巨大な岩石砲や雷撃なんかも飛び出して、わたしたちはますます防戦一方という感じです。
というよりも、反撃なんてできないんです。
わたしもお姉ちゃんも、相手を攻撃する魔法なんて使いませんから、どうしようもありません。
せめてできるとしたら、光を使った目くらましくらい……?
防衛魔法で攻撃をやり過ごすことはできても、それ以上のことはできない状態でした。
それでも負けるわけにはいきません。
なんとかして四埜お姉ちゃんには、反省をしてもらわなくちゃいけないんです。
でも――その策は、防御に気を取られているということもあって、なかなか思い浮かばないという状態でした。
六花お姉ちゃんは、押し黙ったままでその場を動きませんでした。
その表情にはどこか疲労が見えていて……。
そうでした。お姉ちゃんは病み上がりなのに、厚い結界を張るほどの大きな魔力を使っているんです。負担にならないわけがありません!
短期決戦――これ以上守りに徹してはいけないのだと分かりました。
拳を強く握ります。
魔法が使えないのなら、物理攻撃も視野に入れて――。
そんな折でした。
「いい加減、諦めたらどうなの? あなたたちの負けはもう決まっているの! さあ、もう一度っ! 灼熱の焔よ、大地を溶かし、龍となれ!」
再び練成され、曲がりくねりながらわたしたちを襲う、溶岩の龍!――のはずが、その魔法は不発に終わりました。
なぜ? どうして? 驚きを隠しきれず、何度も何度も呪文を詠唱しますが、無駄に終わるのでした。
いったい何が起きているんでしょう?
魔力切れ? そんなへまを四埜お姉ちゃんがしでかすことなんてありえますでしょうか?
そんな異常事態、六花お姉ちゃんは一歩前に出て口を開きます。
全身で呼吸をして、表情も険しく、今にも倒れてしまいそうな様子でしたので、わたしはすかさず彼女の元へと駆け出しました。
「……四埜お姉さん。私の能力、どういうものだったか覚えていますか?」
わたしに支えられながら、六花お姉ちゃんは尋ねます。
「そんなの……覚えているに決まっているじゃない。あなたはわたしと似ていて、七大精霊を自在に操る能力を持っていた。それだけでなく、光や闇の力も……! 正直、わたしの上位互換なんだって、嫉妬をしていたこともあったから!
でも日々の鍛錬と野心! これがわたしと六花に大きな差をもたらしたのよ!」
「精霊を自在に操る力……それは、ちょっと違います」
「違う?」
「私の能力って、どんな精霊とも仲良くなれる力なんです。いわばそれは、全てを包み込む愛の力」
「どんな精霊とも仲良くなれるですって? はっ……! それって、もしかして――」
「そう。この空間にある全ての精霊に声を掛けて仲良くなって、『四埜お姉さんは悪い人だから、言うことを聞いてはダメ』と教えてあげたんです。
いまこうして魔法を使えないのは、お姉さんに精霊のご加護がないから。精霊の力がなければ魔法が使えないなんて、小学生でも知ってる常識ですよね?」
「お姉ちゃん!」
わたしは嬉しくなって、飛び上がりました!
すごいです!
いつの間に裏でそんなことをしていたなんて、これには四埜お姉ちゃんもわたしもビックリです!
「くっ……! 火の精霊! 土の精霊! わたしの言うことが聞けないっていうの? あの女の言うことを聞くの!?」
あきらめがつかず、精霊に呼びかけて、構えた手のひらをこちらに向けますが、何も起きることはありませんでした。
「さあ、七菜……。反撃開始よ……!」
喘ぐような息づかいで、お姉ちゃんは言いました。
「で、でもっ、わたしには攻撃魔法なんてありませんし、どうすればいいのか……」
「そんなの簡単よ。あなたの優しい心を光にして、四埜お姉さんにぶつければいいのよ」
「わたしの、心を――」
お姉ちゃんの言うことは、なんとなく分かります。
故郷を離れて、サリスモニカにやってきて、ご主人様や瑠璃さん、そして街の人など、たくさんの人の心に触れて、今日ここまでやってくることができました。
家族。友達。仲間。いろいろとわたしが学んできた優しい気持ちを、隣の人を大切にする心を、四埜お姉ちゃんにも伝えてあげるんです。
「わたしは、わたしは――あなたたちに負けたりなんかしない!!」
四埜お姉ちゃんは、必死の形相でわたしたちに飛びかかろうとします。
わたしはお姉ちゃんの手を握って、心の中で「少しだけ力を貸してください」とつぶやきました。
光の精霊に声を掛け、右手をまっすぐこちらに向かってくるお姉ちゃん向けて、
「わたしの心よ、白き光となって、四埜お姉ちゃんの悪い心を綺麗にしてくださいっ!!」
瞬間、放たれた光が戦場中に広がり、四埜お姉ちゃんの叫び声が響き渡り、そして辺りは真っ白になりました。
ただ感じるのは、左手のぬくもりだけ。
「闇に堕ちた心を綺麗にする浄化魔法。すごいわね、七菜。誰に教わったでもなく、そんな魔法を使えちゃうんだから」
薄れ行く意識の中で、優しい天使のような声が耳に届きました。
*
目が覚めると、わたしは神社の境内に横になっていました。
隣には、四埜お姉ちゃん。彼女はまだ気を失っているようでした。
そしてそんなわたしたちを取り囲むように、都和さん、ご主人様、瑠璃さん、そしてお姉ちゃんの暖かい笑顔。お姉ちゃんは、瑠璃さんに支えられて立っていました。
笹に吊された短冊が風になびいているのが目に入りました。
その瞬間、わたし、みんなの希望を守ることができたんだって、初めて理解しました。
最後にわたしが放った光の魔法――心を綺麗にする魔法――が、どれくらいの効力があるのかは、隣で眠る彼女が目覚めてからのお楽しみですが……。
瑠璃さんの手を借りて、わたしは立ち上がります。
「ありがとうございます、七菜さん。なんとお礼をしていいものか……」
都和さんは、わたしを力強く抱きしめました。
豊満な胸の膨らみが顔に押しつけられて、少し苦しいです……。
「でもこれで、明日のお祭り、無事に迎えられますよね!」
「ええ。明日は、予報通り晴れ! 最高の星祭りにいたしましょう!」
「さて、無事姉妹喧嘩も終わった事だし、わたしたちは帰ろうかしらね? 瑠璃、このバカは背負ってあげなさい」
意識を失った四埜お姉ちゃんを指差して、命令します。
「背負うって、屋敷に連れて行かれるんですか?」
「ここに置いておくわけにもいかないでしょう。目が覚めて暴れられても困るし。屋敷にいてもらうのが一番安全よ。七菜に六花――血を分けた姉妹もいることだし。なんかあったら、二人に責任を取ってもらうから」
「……ごめんなさい。わたしのお姉ちゃんがとんだ迷惑を掛けて……」
「気にしなくてもいいのよ。『終わりよければ全てよし』だから。それに――今回はいろいろと、七菜の素敵な魔法が見られて、わたしは大満足だったから! こんな天才がすぐ側にいるなんて、うふふ、これからいろいろと楽しみになって来たわ」
「いろいろって……これから何かわたしにさせるおつもりですか!?」
「ふふっ。じゃあ都和、残りの設営準備やなんやらは任せるわね。明日、楽しみにしてるから。もし人手が足りないとかあれば、瑠璃がヘルプに入るわ。
さぁて、じゃあ帰ろうかしら。わたしたちの家に」
ご主人様はきびすを返して、石段を下っていきました。




