22. メイドさんと七色の災禍 -前編-
しかし嵐が消えて、それで全てが終わったというわけにはいかないでしょう。
あの雨雲がかき消されたのならば、それを発生させた張本人が見て見ぬふりするはずはないからです。
光の発生源へとやってきて、その原因を探るはずです。
その予感は的中しました。
雨雲を雲散霧消させて小一時間ほど待機していると、風に乗ってミニスカートをなびかせて、一人の少女が西の空から神社の境内に降り立ちました。地上から姿を見られないように、白い霧で全身を覆い隠して。
四年も会っていなくて、背や胸は大きくなっていましたけれども、姉妹共通のエメラルドの瞳や、セミロングの金髪は変わっていません。
「虹色の災禍」――四埜お姉ちゃんです。
「嵐が光に包まれて消えてなくなったと思ってきてみたら――六花に七菜じゃないの。こんなところで会うなんて、久しぶりじゃない。元気そうにしているみたいね」
冷たい瞳でわたしたちをねめつけると、薄笑いを浮かべました。
この冷酷そうな態度も、まるで昔と変わっていませんでした。
「四埜お姉ちゃんこそ」と、わたしは返します。
「それよりも説明してくれない? せっかく人が最高傑作の巨大な雨雲を作ったっていうのに、どうして消しちゃうわけ? やったのは六花か七菜なんでしょう?」
「それはこっちのセリフです! どうしてあんなことをしたんですか!!」
「あははっ、愚問ね。そう望む人がいるからよ。お祭りを中止にさせたい人がいるの。だからわたしは依頼を受けて、今回の作戦を実行に移したの。
天気予報にはない、突然の大嵐。そうね――魔法に疎い人なら、さしずめ星祭りの開催に女神様がお怒りになった――とでも思うんじゃないかしら?」
「誰なんですか? その望む人っていうのは……」
「やだ、七菜ったらお馬鹿さんね。依頼人のこと、漏らすわけないじゃない。わたし、プロなのよ?
そんなことより一つ聞いてもいいかしら? あなたのそのお洋服は何? まるで給仕みたいな格好をして――」
「見たままです。いまわたしは、こちらのご主人様のもとメイドさんをしているんです!」
「そうよ。わたしは玲櫻・ノルカワインデ・シャオズムレイネ。七菜の主よ。お初にお目に掛かるわね」
ですがご主人様のご挨拶を無視して、四埜お姉ちゃんは高笑いをします。
「あははっ。メイドさんですって? 傑作だわ! せっかく素敵な才能を持って生まれたのに、それを捨てて給仕なんていうゴミみたいな仕事をしているなんて! 臆病者の六花と、一緒に逃げ出した七菜らしいわ!」
「そんなことありません! メイドさんって、ご主人様やお客様を幸せにする素敵なお仕事です! 魔法を使って人を不幸にする、お姉ちゃんたちの何倍も何倍も素晴らしいんですから! それに六花お姉ちゃんは、臆病者なんかじゃありません! 人の弱さが分かる、とても優しくって強い人なんです!!」
「よく言ってくれたわ、七菜。じゃあさっそく――このバカをこてんぱんにのしなさい! 業務命令よ!」
意気揚々として四埜お姉ちゃんを指差しますが、わたしはたじろいで、
「う、うーん……。わ、わたし、人を傷つける魔法は使えません……」
「はぁ、この期に及んで何を言ってるのよー……」
ご主人様は大きくため息をつきましたが、実際そうなんだからしょうがありません。
対して四埜お姉ちゃんは、七大精霊魔法のプロ。
普段は天災を起こして、それに対して報酬をいただくのが主のようですが、溶岩・雷雲・吹雪・津波を起こしたりと、戦闘能力もすさまじいものがあります。
普通の兵士が千人――いえ一万人いたとしても、彼女には敵わないのでは? と思うぐらいです。
よくよく考えるとわたしたち、姉妹とはいえ、とんでもない人に立ち向かおうとしているんですね。
……正直言って、ヤバくないですか?
一歩二歩と後退してしまいます。
「あははっ、相変わらずなのね。せっかくわたしの魔法を打ち消すくらいの力を持っているのに、宝の持ち腐れよ。で、どうするわけ? わたしは依頼通り、星祭りを中止にしなくちゃいけないんだけど、もう一度大嵐っていうのも時間が掛かるしつまらないし、今度は大地震で神社ごと壊しちゃおうかしら? それとも溶岩でドロドロに溶かして欲しい?」
「そ、そんなこと、許されませんっ! 境内の笹に飾ってある短冊を見てください! 街の人たちの想いが詰まってるんですよ! それに街の中でも外でも、お祭りを楽しみにしている人たちがいるんですから! だからそんなこと――絶対にやめてください!」
わたしは必死に懇願します。
でも妹とはいえ、四埜お姉ちゃんがわたしの願いを聞き入れてくれるはずはありませんでした。
「どうやら、姉妹喧嘩は不可避のようね。どちらかが立ち上がれなくなるまで――場合によっては死ぬまで――やらないと終わらないみたい」
ご主人様はきびすを返します。
瑠璃さんは、「どこへ行くのですか?」と呼び止めます。
「姉妹喧嘩なら、わたしたちの出る幕はないわ。部外者だもの。好きなだけやらせてあげましょう。ま、わたしは七菜が勝つと思っているけど」
「そう、あなたたちは部外者。邪魔なだけよ。それにしても、賢明な判断ね。あなたたち、ここにいて巻き添えを食らっても知らないんだから。
ちなみに一つ言わせてもらうけれど、勝つのは間違いなくわたしよ」
「さて、どうかしら。それよりも、いまわたしたちのするべき仕事は、情報の隠蔽ね。どうやらあのバカ女、恐ろしいレベルの魔法が使えるようだから、しばらくの間、何も知らないでこのあたりにやってくる人の目をごまかす必要があるわ。
七菜、六花。わたしは、神社周辺に結界を張って、人が近づけないようにさせてもらうわ。それでいいわね?」
「ご主人様、ありがとうございます!」
街の人たちの想いが掛かっていると言いましても、詰まるところは姉妹喧嘩なんですよね、これ。
互いに魔法を掛け合って、相手が倒れるか、屈服するまで終わらない喧嘩。
わたしには攻撃手段なんてありませんけれども、でも負けるわけにはいかないです。
ご主人様たち三人は石段の下へと消えました。
すると神社をすっぽりと覆う、魔法の気配が感じられるようになります。
これで戦場に一般の方が近づかないようにはなるのですが、それで懸念材料が全て消えたというわけにはいきません。
境内には、神様のいらっしゃるという建物や、お賽銭箱、それに何より願いを託した短冊があって、四埜お姉ちゃんが魔法を使えば、跡形もなく抹消される可能性がありまして――
しかしそれは杞憂に終わりそうです。
背後から、六花お姉ちゃんの優しい旋律が響いて、わたしたち三人を、暖かな薄桃色の光が包んだのです。
「四埜お姉さん。厚い魔法の壁を張りました。これならばどんなに魔法を使ったって、外には何も漏れないはずです」
「なるほどね……ここが戦場で、あなたたちの墓場ってことね」
四埜お姉ちゃんは冷ややかな笑いを浮かべると、わたしたちに右手を伸ばして、呪文を唱えました。
「灼熱の焔よ、大地を溶かし、龍となれ!」
瞬間、戦場中の空気が一瞬のうちに熱くなるのを感じます。
紅蓮色の焔の筋――溶岩の鞭がわたしたちに襲いかかります!
やっぱり――容赦ないんですね。もしこんな魔法に触れでもしたら、即死です。そう思うと少し悲しくなりました。
でもこれくらいの攻撃ならなんとかなります。
わたしとお姉ちゃんはそれぞれ魔法を唱えて、自分たちの体に光の鎧を纏い、灼熱の攻撃をやり過ごしました。




