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魔法は得意ですけど、メイドさんとして頑張ります!  作者: ぺこ菜ほのめ子
第一章 はじまり
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1. メイドさんと天使の羽根

 卒業式が終わるとすぐに病院へと向かい、お姉ちゃんにお別れの挨拶をしてから、駅のホームへと向かいます。

 手には最低限の衣類と雑貨を詰め込んだトランクケース。

 えんじ色の二等車両に乗り込み、色鮮やかな花が咲き誇る平原や険しい山脈を越えて、ひたすら西へ西へと向かい、約六時間の旅路の果てに、目的地――サリスモニカに到着しました。


 サリスモニカ――この国の首都。

 首都なんですけれども、この国では四番目に大きな街で、国の機関などもほとんどないちょっと特殊な街でした。


 働く街としてここを選んだのは二つあります。

 一つは、お給料がいいから。

 やっぱり都会は、田舎と比べるととても経済的に賑わっているようで、ピロリアフィオナで働くのよりもずっと多くのお金を稼ぐことができるようでした。

 ですがお給料がいいといっても、生活費がそれ以上に掛かってしまえば「捕らぬ狸の皮算用」というものです。

 だからわたしは「住み込み」や「寮」で働けることを条件に決めていました。

 噂によると、旅館や飲食店ならば、わたしの希望する条件に合致するみたいでした。

 それにこれらのお店は慢性的に人手不足で、何も取り柄がないわたしのような普通の女の子でも、とりあえず雇ってくれるらしいと聞いていました。


 そして二つ目の理由は、写真で見た街並みがまるで絵本の中の世界のようで、とても感動したからでした。

 赤レンガと白壁の家々。

 石畳の通り。

 蒼く透き通った川。

 賑やかな商店街。

 いたるところで見かける噴水。

 サリスモニカの中心市街は、約六〇〇年前の街並みをそのまま残しているらしいです。

 とは言いましても、古くさくなく暖かみを感じるその街の雰囲気はどれもが想像以上で、わたしはウキウキとした気分で、本来の目的も忘れて、しばらくの間、街の観光にいそしんでしまいました。


   *


 鐘の音が高く鈍く響き渡りました。

 その音に顔を上げると、石造りの街の広場にそびえる時計塔の短針がVIを、長針がXIIを指していました。

 短針の両端には、金色の太陽と月のプレートが装飾され、長針は矢を模していて、このレトロチックな街の雰囲気にとても合っていると思いました。

 広場で体を休めていた白い鳩は夕焼け空を目指して飛んでいきます。

 そんな幻想的な雰囲気に飲み込まれて、わたしはぼんやりと、ただぼんやりと時計の脇に取り付けられたからくり――小さなクマの人形が踊っていました――を見るのに夢中になっていたのでした。


 ――だからそのときまで、わたしはそばに近づく影の存在にまったく気づかなかったのです。


「危ないっ!!」


 凜々しい女性の声が響くのと同時に、わたしは肩を背後からつかまれて、無理やり後方に引っ張られました。


「きゃぅっ!?」


 驚いて小動物的な変な声が出ました。

 バランスを大きく崩し、そのまま尻餅をついてしまいます。

 ――突然のことに頭が真っ白になりました。

 でも――わたしの目の前で、夕日に色づいた水が、空を目指して勢いよく噴き出したのを見たとき、頭の中のもやもやが晴れて、現状をゆっくりと把握していくのでした。


「噴水……?」


 地面から勢いよく飛び出す水の柱。

 もし、わたしがぼんやりとあの場所に立ち尽くしたままだったら?

 わたしは首を空に向かって仰ぎます。蒼く冷たい瞳が、わたしを見つめていました。


「観光客か? 気をつけた方がいい。この広場は二時間毎に噴水が出る。お前みたいに、時計塔に見とれてびしょびしょになるような子も、ときどきいるんだから」


 純白のエプロンと漆黒のドレスに全身をすっぽりと包んだ女の子でした。

 歳は、わたしのお姉ちゃんと同じくらい――わたしよりも二つ上――といった感じでしょうか?

 左手には麻布で覆われた大きなバスケットを持っていました。

 黒のリボンで銀色の髪をツインテールにしていて、ほつれた銀糸のような髪は夕日を浴びて、とても綺麗でした。


「失礼するぞ」


 白いエプロンと黒いドレスを身に纏った少女はそれだけ言うと、きびすを返します。

 わたしは慌てて体を起こし、


「ま、待ってください! あ、ありがとうございます! このたびは危ないところを助けていただいてっ!」


 命の恩人に向かって深々と頭を下げます。


「あの……お礼をさせていただけないでしょうか?

 わたし、この街に来たばかりで右も左も分からないんですけれど、それでも何かをしてあげないとって思いまして――」


 手持ちのお金だって、数日分の宿賃だけ。ほとんどありません。

 ですが「恩は必ず返すように」とお姉ちゃんに言われていましたから、ほぼ無意識にそう発言していました。


「すまないが、私は急いでいるんだ」


 しかし少女は、わたしの提案を歯牙にも掛けず、そのまま路地に向かって歩を進めてしまいました。

 その姿を見て、わたしは言葉を失ってしまいます。

 それは、提案を無下にされてしょぼくれていたからではなく、


「……まるで天使さんみたいです」


 完全に銀髪の彼女に見とれていたからなのでした。


 純白エプロンの、背中で交差したひもの、肩の辺りにあしらわれた大きなフリルと、腰の辺りでリボン結びにされたひもは、後ろから見るとまるで天使の羽根のようでした。

 わたしを間一髪で救ってくれたこと。背筋を伸ばし、歩幅を揃えて凛然として歩を進めるその姿が格好いいこと。

 それらと相まって、彼女は本当の天使のようでした。

 彼女は、そう――六枚の羽根を纏った大天使なのでした。


 そんな風にして、だらしなく一目惚れをしていたわたしですが、突如本来の目的を思い出します。

 ――仕事を探す。

 そうでした!

 すっかり観光気分でしたが、わたしがこの街にやってきたのは、お仕事を探すためで!!


「あっ、もしかして……?」


 ――純白のエプロンと漆黒のドレス。

 あの可愛らしい雰囲気のお洋服は、オシャレな喫茶店の制服とかじゃないんでしょうか?

 もしかしたら、あの子が働いているお店は現在求人中なのかもしれません。

 しかも住み込みで働けたり、寮を持っているかもしれません!

 この街や人に対するコネはまったくありませんでした。

 こうして助けてもらったのも、もしかしたら何かの縁なのかもしれません。

 だからわたしは藁にもすがる思いで、路地裏に入った彼女を追いかけることにしたのでした。

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