15. メイドさんと家族と友達と -後編-
「ごめんなさい、ごめんなさいっ! 瑠璃さんがそうだとは知らなくって、変なことを聞いてしまってごめんなさ~~い!!」
不用意な発言のあと、猛烈に謝罪しました。
「さ、騒ぐな!」
……そしたら、頭を軽くぽかりと殴られました。
「まったく……お前が騒ぐせいで、周りのみんながわたしたちの方を見ているぞ!」
我に返って、周囲をきょろきょろと見回すと、瑠璃さんのおっしゃるとおりでした。
そうです。
ここはもう中心市街に向かう道の途中ではなく、街のど真ん中なのです。
休日ということもあって、人がいっぱいなのでした。
「――まあいい。街に着いたことだし、まずはお土産から用意しよう」
瑠璃さんはわたしの手を引くと、人混みをかき分けて石畳の通りをすいすいと進んでいきます。
そして到着したのが、可愛らしい雰囲気の雑貨屋さんでした。
店頭に扇子や植木鉢やバスケットが並んでいて、両開きになった扉をくぐります。
「いらっしゃいませー。……ってあれ、瑠璃じゃないの」
店の奥のレジに立っている女性が、わたしたちに気づいたようです。
茶色いエプロンを着けていて、シュシュでセミロングの髪を頭の上で束ねています。
年齢は瑠璃さんと同じくらいに見えました。
「久しぶりだな」
瑠璃さんは、この方とお知り合いのようでした。
他人にフレンドリーに語りかける先輩の姿はとても新鮮でした。
「今日は、どうしたの? 女の子と一緒なんて珍しいね。この子は――」
「七菜、自己紹介」
「はいっ」
わたしは一歩前に出て、
「七菜・レナルミカっていいます。瑠璃さんのお勤めしているお屋敷の後輩メイドです。よろしくお願いいたします」
「あー、瑠璃の後輩なの! あたしは、羽美・コトノピケラ。この雑貨屋の一人娘。以後、ごひいきに!」
「今日は七菜の初給料日で、故郷にいる姉にお土産を送ろうと思っているんだが、何かいいものはあるか?」
「そっか、今日が初給料日なの! うちはいろいろと扱っているけど――」
羽美さんは、店内をぐるりと見回します。
筆記具、小物入れ、キャラクターグッズ、衣服、ぬいぐるみ、陶器、靴、傘、ぬいぐるみなどなど、小さな店内に所狭しと並んでいました。
「希望を言えば、わたし、サリスモニカらしいお土産が欲しいんですけれど」
そう伝えると、羽美さんは微笑んで、
「それならば、これしかないね!」
差し出されたのは、木造りの時計でした。
短針の両端には、金色の太陽と月のプレートが装飾され、長針は矢を模していて、時計盤の下にはクマの人形が何体か並んでいます。
「わたし、これ知ってます!」
初めてこの街にやってきたときに、見た記憶がありました。
「なら話が早いね! サリスモニカの象徴――今から約五百年前に建立されたクマの時計塔を模した、からくり時計! 一時間毎に、下のクマの人形が踊り始めるの!」
「わぁ~、素敵です!」
「価格はいくらになる?」
「ちょっとお高いのよ。リボン銀貨十枚といったところだね~」
一枚のリリア金貨には、百枚分のリボン銀貨の価値がありました。
わたしの手元にあるお給料ならば、入院費用を差し引いても余裕でした。
「買います! そうです、できれば二つ! お姉ちゃんのお土産にするのと、わたし用のが欲しいので!」
「……あらお嬢ちゃん、初任給の割には意外ともらっているみたいね……」
リボン銀貨二十枚を渡して、パッケージに入ったからくり時計を二ついただきました。
うち一つは、包装紙と赤いリボンでラッピングしてもらいました。
大きな紙袋を手に雑貨屋を後にします。
「良かったな、七菜。いいものが見つかって」
「はい、ありがとうございます、瑠璃さん!」
「そうです! それから、他にもプレゼントしたいものがあるんですけど……」
「なんだ?」
「ご主人様の書かれた本です」
「……なるほどな」
「まだ読んだことがないので。街へ出たついでに、お姉ちゃんの分とわたしの分、買っておこうかなと」
「しかしご主人様の本なら、献本されたものがまだお屋敷の物置に残っていたと思うが……」
「確かにご主人様からいただければ、ただで読めます。でも、わたしが買うことに意味があるんです。それに今月のお給料、ちょっと多めに入れていただきましたし、それくらいご主人様のために貢献してあげないと」
「それもそうだな」
そうして雑貨店の並ぶ通りの小さな書店に立ち寄り、ご主人様の小説を二冊買い、最後に大きな郵便局に寄って、お金と買ったお土産と、急いで書いたお手紙を詰めて、ピロリアフィオナのお姉ちゃんの病院へと送ったのでした。
*
帰り道、瑠璃さんは口を開きます。
「……そういえば、言いそびれていたな。私のことについて――」
「いえ、言わなくてもいいんですよ、瑠璃さん。人には誰だって、言いづらいことがありますから」
「いや、言わせて欲しい。だって、七菜は自分の複雑な家庭事情を私に話してくれたから。私たちは同僚――フェアにやりたいんだ」
そうして、瑠璃さんは淡々と、わたしの知らない昔の事について語ってくれました。
本当の生まれや誕生日はまったく覚えておらず、物心ついたときには、サリスモニカの南にある小さな町――モルニカモニカの孤児院にいたこと。
孤児院で料理や掃除・洗濯、裁縫、年下の世話などいろいろなことを行い、信頼されていたこと。
十六歳の誕生日に孤児院を離れ、働くためにサリスモニカに単身やってきたこと。
偶然に都和さんとご主人様に拾われて、いまメイドとして働く彼女があること。
「――そうだったんですね」
瑠璃さんはお料理もお掃除もカンペキですけど、それはやはり孤児院での経験があってこそなのだと感じました。
「言った通り、私には家族がいない。それに――友達だっていない。孤児院では私が最年長で、歳が近い子なんてほとんどいなかったから。
だから私は、人との距離感を掴むのが少し苦手だ。メイドの仕事は、ご主人様から指示されたことを粛々と処理していけばいいと思っていたんだが、最近――特にお前がやってきてから――なんだかそれも違うような気がしてきて、少し戸惑っている」
瑠璃さんも、瑠璃さんなりに悩んでいるのだと、わたしはハッと気づきました。
これは――彼女が、ご主人様の本当の満足を理解する、またとないチャンスなのかもしれません。
「瑠璃さん、よく『メイドは動く家具であり、ご主人様の影』と口にしますよね?」
「当然だ。メイドは決して表に出てはいけないんだから」
「わたしも最初はそういう偏見を持っていました。小説中のメイドさんは、ご主人様の道具として影として活躍していましたから。
でもそれは違うんだって考えるようになったんです。
おそらくですけど――ご主人様はわたしたちメイドを、家族とか友達とか、そういう関係で考えていらっしゃるのだと思います」
「か、家族に友達だって?」
瑠璃さんは調子の外れた声を出します。
「ご主人様が一番楽しそうにしているのってどんなときだと思いますか?」
「ご飯を食べるとき。お茶をするとき。それから――お風呂でお背中を流しているとき。そういうときにご主人様は上機嫌だ」
「そうです! 正確に言えば、テーブルを三人で囲んで、わたしたちメイドとおしゃべりしたり、一糸まとわぬ姿になって、裸の付き合いをしているときです!
それにこの前のピクニックだって、瑠璃さんはお昼寝していましたけど、わたしと一緒にバドミントンをされて、ご主人様、この上ない笑顔を浮かべていました!
決して、仕事を完璧にこなしたからといって、ご主人様は喜ばれるわけじゃないんです!
わたしたちメイドと、友達のようなスキンシップをしているときに喜ばれるんです!」
わたしは胸中の正直な思いを吐き出しました。
「言われてみると――そうだったのか……」
「あの広いお屋敷で、ご主人様は身内がいなくて一人で、瑠璃さんも一人、わたしだってお姉ちゃんは遠くにいますから一人です。
でも、それでも、一つ屋根の下で過ごすわたしたちは、友達で家族のようなものだと思っています。
――いいえ、思ったのはついさっきのことです。今日、ご主人様に怒られて、目が覚めたんです。一つ屋根の下で衣食住を共にする友達や家族のような仲間なのに、その人のことをまったく知らないで、わたしもわたしのことを全然話さないなんてありえないって反省したんです!」
「そうだな、それは私も反省しなくちゃいけないな」
「はいっ!」
「それにしても、友達で家族か――。なんだか、いい響きだな。私はそういうのに無縁だったから、なおさらそう感じるのかもしれないな」
瑠璃さんは照れくさそうに、そっぽを向きます。
「はいっ、そうですね、瑠璃お姉ちゃん!」
そしてその発言の瞬間、彼女の動きが止まりました。
「七菜? お前、いまなんて――」
「瑠璃お姉ちゃんです! 年上で、家族ですから――」
「ふ、ふざけるなっっ! 今すぐに訂正しろ! は、恥ずかしい!」
「で、でも、瑠璃さんだって、都和さんのことを都和お姉様って――」
「それとこれとは、話が別だ~~~っ!!」
顔を真っ赤にして、一人帰路を小走りに歩いていってしまいます。
どうやら……しばらくの間はこれまで通り「瑠璃さん」と呼ばなくちゃいけないみたいです。
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六花お姉ちゃんへ
お元気でしょうか?
わたしはいつも元気です!
先日送った、わたしのメイド服とお屋敷の写真はいかがだったでしょうか?
メイド服はクラシックな雰囲気でとても可愛くて、お屋敷もレトロで素敵だと感じてくれましたでしょうか?
メイドさんとして働いて、はや一ヶ月が経とうとしていますが、ついに初のお給料日を迎えました。
このお手紙と一緒に、約束のお金と、サリスモニカのお土産を一緒に送っています。
時計はサリスモニカのシンボルを模したもので、お姉ちゃんが元気になったら、是非こちらに遊びに来て欲しいです。
本は、ご主人様が書かれた小説です。
わたしもこれから読むのですが、今度感想を送ってくださいね。
それではお大事に。
はやく元気になぁれ!
P.S.手紙の文字がところどころにじんでしまったのは、本当にわたしがお金を稼いで、お姉ちゃんのために何かをしてあげられたんだと思うと、達成感のせいか嬉しくなって、突然涙が止まらなくなってしまったからです。
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