14. メイドさんと家族と友達と -前編-
月末の日曜日の朝食時のことです。
わたしたちが配膳をしているところに、ご主人様は片手に白い封筒を二つ持って食堂に現れました。
着席をして、普段ならば瑠璃さんの「いただきます」コールがあるのですが、
「お疲れ様、二人とも。今月も本当にありがとうね」
瑠璃さんは立ち上がって、そうおっしゃるご主人様のもとへと向かいます。
そして差し出した両手に、その白い袋を畏まって授かるのでした。
「七菜は、そういえば今月が初めてよね。ほら、あなたもおいで?」
ご主人様の手招きを見て、それがなんなのかわたしは察しました。
――お給料日!
月末の今日は、働いた分の対価をいただける日なのでした。
「ありがとう、七菜。来月もよろしくね」
「はいっ。こちらこそ!」
お給料をいただくのは、もちろん初めての経験でした。
自然と体が硬くなってしまいます。
それに緊張だけでなく、興奮もしていました。
授かった封筒から感じる、金貨のずっしりとした重み――。
頑張って良かった!――そう思うのでした。
「二人とも。朝ご飯の前に中身は確認して頂戴。後でお給料が間違っていたなんて言われても、対応できないから」
そう言われて、瑠璃さんは封筒のシールを剥がして、中身を確認します。
わたしも同じようにします。
「あれっ?」
「あら、どうしたの?」
「お給料が若干多いような……」
契約によれば一ヶ月でリリア金貨五枚のはずでした。
お給料袋の中には、確かに金貨が五枚入っていましたけど、わたしは今月途中から働き始めたのです。
ですからそれよりも若干少なくて然るべきなのです。
「別にいいのよ。あなたの働きに対する正当な評価よ。ふふっ、決して細かいのを用意するのが面倒だった、というわけではないのよ」
しかしご主人様は、笑ってそうおっしゃいました。
「はい、分かりました!」
つべこべ言わずに、わたしはご主人様の評価を素直に受け取ることにいたしました。
「ちなみにお金なんだけど、七菜はどう管理するつもりかしら?」
「管理ですか?」
「そう、お金って大事なものでしょう。あなたたちの部屋に金庫があるから、そこにしまうのもよし。もしそれが不安なら、わたしが預かってもいいわ。瑠璃はそうしているし。銀行に預けるのもありね。もし口座を持っていないようなら、これをきっかけに作っても――」
ご主人様は、次々と提案してくださいます。
でも――
「いいえ、わたしは――」
「あぁ、そうだったわね!」
胸の前でポンと手を打って、
「七菜、入院している故郷のお姉さんに、お金を送らなくちゃいけないんだものね」
「入院している故郷のお姉さん……ですか?」
瑠璃さんは、驚いたような顔をして、口を挟みました。
「そう。七菜のお姉さん、体が弱くてピロリアフィオナの病院にいるみたいなんだけど――って、瑠璃、そのこと知らないの?」
「いいえ、初耳ですが……」
「はぁ~、呆れたわ。あなたたち、唯一無二の同僚なのよ? それなのに、お互いのことを知らないなんて……」
ご主人様は、首を横に振ります。
「そ、それは話す機会がなかっただけで……」
「わ、わたしも、わざわざ自分のことを話す必要なんてないと思いまして……」
それは本心でした。
お姉ちゃんの入院のこととか、家族と別居していることとか、正直に言ってしまえば、瑠璃さんに心配を掛けてしまうと思ったからです。
ご主人様に告白したのは、もう隠せないからと感じたからで。
「言い訳無用よ! 瑠璃も七菜も、お互いのことをもっと知りなさい! 趣味のこと、特技のこと、故郷のこと!
わたしを満足させることも大事だけど、すぐ隣にいる人を満足させることも同じくらい大事なのよ! そして満足させるには、その人のことをよく知らなくちゃダメなんだから!」
「「は、はい……」」
初めてご主人様に叱られました。
お怒りになるご主人様、とっても恐ろしいです……。
「そうね――今日はお休みよね。瑠璃、あなたは今日、七菜を街に連れて行って、お金を送る方法を教えてあげたり、七菜のお姉さんのお土産を選んであげたりしなさい。
そして! あなたたち、もっと交流を深めなさい! 自分のこと、故郷のこと、いっぱい話しなさい! 今日は休日だけど、これは業務命令! いいわね?」
「「か、かしこまりました……」」
断ることなどできるはずもなく、わたしたちは「業務命令」を受け入れることにしました。
*
「そうか。七菜にはお姉さんがいて、いまは入院中なんだな」
中心市街へと向かう道すがら、わたしたちは命令通り、お互いのことをお話します。
「はい。サリスモニカで働こうと思ったのも、入院費用を稼ぐためだったんです。故郷では、お姉ちゃんと二人暮らしだったので」
「二人って――他に家族はいないのか?」
「…………」
答えづらい質問が来て、沈黙します。
「自分のことをいっぱい話す」――ご主人様にそう命令されましたけど、その後で「でもそれは、自分の全てをさらけ出すことではないわ」と耳打ちされました。
おそらくそれは、魔法のことを指しているのだと思います。
わたしの家は、家族が皆魔法使いで、家族のことを語るにしても、常に魔法のことを隠しつつ、うまく脚色しなければなりませんでした。
「えっとですね、ちょっと喧嘩しちゃったんです」
「喧嘩?」
「わたし、七姉妹の末っ子で、昔は家族みんなでノノキアで暮らしていたんです」
ノノキアはわたしたちの住む国の北隣に存在する、皇帝様が君臨している、少し独裁色の強い大国でした。
「でもちょっとしたことから喧嘩をして、それで六番目のお姉ちゃんと二人で家を出て、ついこの間までピロリアフィオナで農業なんかをやっていたんです」
「そうだったのか――」
瑠璃さんは唖然とした表情をしていました。
「意外だな」
「そうでしょうか?」
「正直に、思ったことを言ってもいいか?」
「もちろんです! どんなことでも、オブラートに包まれるよりかは、正直に言ってもらったほうがいいです!」
「ありがとう。――案外、苦労人なんだな……そう思った」
わたしたちは中心市街へと通じる大きな橋にさしかかりました。
「初めて会ったときから、お前はいつでも笑顔で元気でいて、まだ世間のことなんて知らない、世界の綺麗なところしかしらないような、キラキラした小娘だって思っていた。正直に言えば――」
「そうだったんですか……」
「でも一緒に働く中で、頑張り屋で、真面目で、ちょっとおっちょこちょいなところもあるけれど、根気があるって思うようになった」
それは瑠璃さんがそうですから。
瑠璃さんを見習って、わたしも自ずと諦めない気持ちを持って日々仕事に取り組めているんだと思います。
「でも、うらやましいな。ノノキアの家族とは疎遠かもしれないけれど、一緒に家出できるほどの仲良しなお姉さんがいるのって」
「はい! 優しくて、頭も良くって、美人な、自慢のお姉ちゃんです!」
「是非、今度会ってみたいな……」
瑠璃さんはぼそりと言います。
「ほ、ホントですかっ!? きっとお姉ちゃんも大喜びです! それにお姉ちゃんにも、瑠璃さんのこと、紹介してあげたいです。厳しいですけれども、真面目で美人で可愛い先輩だって!」
「び、美人で可愛い……。べ、別に――お前にそんなこと言われても、何も出ないからな!」
瑠璃さんは顔を赤くして、そっぽを向いてしまいました。
「そうです! 瑠璃さんはどうなんですか? さっきお姉ちゃんのこと、うらやましいって言ってましたけど、一人っ子なんですか?」
「私は――」
瑠璃さんは押し黙ります。
何か言いづらいことがあるのだろうと、わたしは自分のこともあり察しました。
「――分からないんだ」
「え?」
「親の顔も、兄弟姉妹がいたかどうかすら分からない。
私は、孤児院の出身だから」
そう告白する瑠璃さんの表情は、どこか物寂しげでした。




