13. メイドさんと呪いと秘密と -後編-
「七菜、わたしがあなたを『呪われている』と言ったときのこと、覚えているかしら?」
「お料理に失敗して、コンロとオーブンを爆発させてしまった時のことですよね?」
忘れもしません。
これがきっかけで、キッチン出入り禁止となってしまったのですから。
「それが『呪い』よ。七菜、あなたには『料理ができない呪い』が掛かっているの。
そして――それが、わたしがあなたを疑い始めたきっかけよ」
……そう言われても、なんだかよく分かりません。
わたしは小首をかしげます。
「つまりは――魔法使いは、魔法を使える代わりに、日常生活を送る上で何らかの不便を被らなくてはいけないのよ。
魔法とは悪魔との契約なのだから。力を得られる代わりに、本来ならばごく普通に持っているはずの何かを一つ悪魔に捧げてしまっているのよ。
小さいものでは、靴紐が結べないことから、大きなものでは、視力を失うことまであるけれど、七菜の場合、それは料理ができないということなのよ」
「じゃあ――あの日、キッチンとオーブンが両方爆発したのは、偶然じゃなくって――」
「必然よ。もしかして以前にも同じようなこと、あったんじゃないのかしら?」
「………………」
わたしは言葉を失ってしまいました。
昔の事でよく覚えていませんけど、お姉ちゃんにも、小さい頃からキッチンの出入りを禁止にされていたからです。
もしかしてお姉ちゃんは、そのことを知っていて――?
「七菜、あなたは七人姉妹の末っ子なのよね? 思い出してみて。あなたのお姉さん方、いずれも何かおかしいところ、あったんじゃないの?」
言われてみると、その通りでした。
一番上のお姉ちゃん――一果お姉ちゃんは、文字を書くと決まって鏡文字になります。
二番目のお姉ちゃん――二葉お姉ちゃんは、スプーンを持つことができません。(持つだけで変にぐにゃりと曲がるのです)
三番目のお姉ちゃん――三葉お姉ちゃんは、二葉お姉ちゃんとは双子で、フォークを持つことができません。
四番目のお姉ちゃん――四埜お姉ちゃんは、ガラスに触れません。(触ると割れます)
五番目のお姉ちゃん――五樹お姉ちゃんは、お洋服のボタンを掛けられません。
それは、なんとなくですけど、魔法が使えることと関係があると思ってはいました。
体からほとばしる魔力が、物に対して不思議な力を無意識のうちに掛けてしまい、そうなってしまうのだと。
でもそれは、魔法を使えることに対する「代償」――悪魔との契約の代償――そう、ご主人様はおっしゃいます。
そして六番目のお姉ちゃん――六花お姉ちゃんは――
「もしかして、お姉ちゃんの体が弱いのって……」
物を壊すことと、体が弱いことは、これまで同一線上で考えたことは一度もありませんでした。
でもそれが魔法に対する代償だとすれば――
「その可能性が高いわ。あなたのお姉さん、もしかしてかなりの魔法の腕前なのかしら?
得てして強い魔力を持つほど、その代償も大きくなるものよ」
「そんな――。じゃ、じゃあ、いまお姉ちゃん、入院していますけれども……」
「決して無駄ではないわよ。体を休めるという意味ではね。ただ病院で『体の弱さ』そのものの完治はまず無理よ。それは悪魔との契約で失ったものだから――。
でも、これまではごくごく普通に生活を送ってきたんでしょう? 無理をせず、しっかりと休養をとっていれば、退院しても普通の日常生活は送れるはずよ」
「そうなんですか……」
お姉ちゃんの体の弱さは、「呪い」。
わたしのお料理ができないことや、お姉ちゃんたちの個性的な呪いに比べれば、遥かに重い内容です。
わたしはがっくりとうなだれます。
でもご主人様は、うつむくわたしの顎を指でクイッてつまみ上げると、
「七菜、わたしがあなたを雇った理由、覚えているかしら? 一応言っておくけど、まだあの瞬間は、あなたが魔法を使えるなんて知らなかったんだから」
「……笑顔ですか?」
「そうよ。あなたのおひさまのような笑顔に心打たれたから」
でも、今は……。
「わたし、ちょっとダメかもしれないです。わたしのことならいいんですけど、お姉ちゃんがそういう悪い呪いに掛かっているんだって思うと……」
「はぁっ。まったくあなたったら、本当に純粋なんだから」
ご主人様は小さくため息をついて、
「あなたに魔法を教えてあげるわ。いまの暗い気持ちを吹っ飛ばす、素敵な魔法を――」
「魔法……。そうです、やっぱりご主人様も魔法使いなんですよね?」
初めて出会ったときからちょっと疑っていましたけど、いまこの瞬間、それは確信へと変わったのでした。
「そうね。まあ魔法使いと言っても差し支えないかしら?
ただわたしは、あなたたちと違って、精霊に語りかける力を持たないわよ。だから火も水も風も冷気も操れないわ。精霊の力を借りない魔法――たとえば、『気』を読んだり、操作したりといったことはできるけど。いわゆる『無』の魔法ね。」
でもそれとは別に、わたしには今のあなたに元気を与える術があるのよ」
「どういうことですか?」
「『言霊』という言葉があるわ。言葉には不思議な力が宿っている、そういう意味。
ついさっき、わたしが魔法使いが被る様々な不具合のことを『呪い』と言ったのもそう。呪いという言葉にはネガティブな力が宿っていて、こうしてあなたを悲しませたわ。
でも、全ては考え方次第なのよ。何でも前向きに考えるの。ピンチはチャンスなの。
どうしてもあなたたちは、『できないこと』を劣っているとか、無能だとか考えて、自分を追い込もうとするのよね。
確かに『できるひと』と比べたら、それに劣等感を覚えるかもしれない。
でもたとえば――あなたの『お料理できない』は、逆に言えば、『瑠璃作ったおいしいご飯をごちそうになれる』『あなたのお姉さんのおいしいご飯をごちそうになれる』、そういう風に言えないかしら?
人は一人じゃないわ。回りに支えてくれる人がいる。すると『まったくできないこと』というのは、回りのできる人の恩恵を被るということにならないかしら? ふふっ、中途半端にできるよりも、かえって開き直れていいと思うんだけど」
「あっ……」
言われて、気がつきました。
そうなのかもしれません。
それに、かつてお姉ちゃんも言っていたんです。
――体が弱いけれど、それで良かった、って。
――なぜならば、弱い立場の人間の気持ちが分かるから、って。
もしお姉ちゃんの体が弱くなかったら、圧倒的な魔法力を持ってして人の助けを必要としないようだったら、他のお姉ちゃんたちと同じ道を歩んで、わたしも自ずとその道を進んでいたかもしれません……。
「体が弱いということは、逆に言えば、生きるために周囲の支えを借りなければいけないということよ。
七菜、あなたがしっかりとお姉さんを支えてあげるの。そうして、お姉さんの体が弱くなければ得られなかったであろう、より深い姉妹愛を築き上げるのよ」
「はいっ!」
ご主人様のお言葉を聞いて、わたしの心の中の曇りは綺麗に晴れました。
ご主人様の魔法は――わたしの想像する魔法とは異なりましたけど――すごいなって思いました。
言霊――そういえば、ご主人様は小説家をされているのでした。
「一つお伺いしてもいいでしょうか?」
わたしはご主人様におたずねします。
「やっぱりご主人様も、呪われているんでしょうか?」
「ええ、わたしも『呪い』を被っているわよ。でも――ふふっ、七菜にはそれがなんだか分かるかしら?」
不敵な笑みを浮かべました。
「わたし、たぶん分かると思います!」
それは、初めてご主人様とお会いしてから今に至るまで、ずっと違和感を覚えていたことでした。
でもそれが「呪い」なのだと分かると、全てスッキリ解決します。
「ズバリ――歳を取っても、体が成長しない呪いです!」
これ以外の答えはありえません!
自信満々で言い放ちました。
でも「ねんれいさしょう」な彼女は冷笑を浮かべて、
「残念。大ハズレよ」
「ええええぇぇ~~っ!?」
「あら、何をそんなに驚いているのよ?」
「だ、だって――ご主人様って、その中身がすごい大人びてまして、とてもじゃないですけど、見た目と中身が一致していないというか……」
「あら、わたしを『ロリババア』と蔑んでいるのかしら。わたし、心も体もピチピチの十歳なのに」
「そんな訳ありませ~~んっ!!」
盛大にツッコむわたしでした。
「わたしの『呪い』はね――」
ご主人様は、わたしの右手をその小さな手のひらで握りしめて、
「あなたたちメイドと一緒に生きるという『呪い』なのよ」
そんな意味深な発言を最後に、執務室を出て行ってしまいました。
*
「呪い」のこと。
ご主人様の秘密。
いろいろな事を知りました。
ご主人様は、親族や、幼い頃に通っていた魔法学校の関係者を除けば、わたしの秘密を知る唯一のお方となりました。
それにしても――魔法を捨てようとして、この街にお仕事を探しにやってきたのに、こうして魔法関係者と触れ合ってしまうのは、やっぱり運命という奴なんでしょうか?
でもすごいスッキリしました。
お姉ちゃんとの約束は破る形になってしまいましたけど、本当の自分を隠さないでありのままを知ってもらうってとても気持ちがいいです。
そうです。
もう、いまこの瞬間から、開き直ってしまいましょうか?
花壇に植えた植物の種は、花を咲かせるまでまだ時間が掛かりますけど、得意の魔法を使えば一発です。
うん、やっちゃいましょう。
きっとこれにはご主人様も大喜びのはずです。
それにわたし自身も、このお屋敷をもっともっと色とりどりの花でいっぱいにしたいなって願っていますから!




