12. メイドさんと呪いと秘密と -前編-
※ちょっと血が出ます……。
とある日の午後のこと。
瑠璃さんが買い出しに出かけたあと、ご主人様に執務室に来るようにと言われました。
きっと、いつものようにおしゃべりの相手をするのでしょう。
わたしは先日のピクニックのこともありまして、気合いを入れて入室いたしました。
ご主人様の「おともだち」になれるよう、頑張ろうって。
「あら、七菜。来てくれたのね。ちょっとその辺りで座って待ってて頂戴。いま筆が乗っているところなのよ。」
ご主人様は羽根ペンを片手に、執筆業務の真っ最中でした。
わたしは壁際に並んだアンティークの椅子に腰掛け、ご主人様の手が空くのを待っていました。
「申し訳ないわね。待たせちゃって」
しばらくして、椅子から立ち上がってご主人様はおっしゃいます。
「いいえ、そんなことありません!」
「七菜。今日、あなたにここに来てもらったのは他でもないのよ」
そしていつになく真剣な眼差しでわたしを見つめるのです。
しかも普段は滅多にしない前置きをして。
まるでそれは、言いにくいことを和らげるためのクッションのような――
「あなた、魔法が使えるのよね?」
「…………!」
ド直球でした。
心臓に刃物を突き付けられたかのような感覚です。
息を呑みます。
どうして? なんでご主人様がそのことを!?
「な、何をおっしゃってるんですか? 突然そんな冗談を――」
「冗談なんかじゃないわよ」
紅い瞳でわたしを力強く睨み付けます。
冗談じゃない――。
何か確信があるのでしょうか、それもわたしを驚かせるために、ブラフで言っているのでしょうか。
でもどちらにせよ、それを認めるわけにはいきません。
わたしが魔法を使えるというのは、お姉ちゃんとだけの絶対の秘密なのですから。
もし万が一、そう疑われた時の台本も頭の中にありました。
「わたしが魔法を使えるなんてありえません。もしわたしが魔法を使えるのなら、魔法学校に通っていますもの」
それは、ごくごく自然で当然な言い分ですけれども、それゆえ難攻不落と言っても過言ではありませんでした。
魔法って特別な才能なんです。
魔法を使える人々は、現代の貴族のような存在です。
もし魔法を使えれば、魔法学校に通って、魔法を管理する国の機関に勤めて、多額のお金を稼ぐことができます。
そして魔法を使えない人々だって、一縷の望みを託して魔法訓練学校のようなところに通って、才能を開花させようとするのです。
そんな世界で、魔法の才能を放棄するなんてありえますでしょうか?
――いいえ、ありえません!
わたしは内心勝ち誇った気でいました。
「あら、そうなの」
でも――ご主人様はクスクスと笑います。
そして机の上の銀のペーパーナイフを右手に取り、あろう事かそれを自身の左腕に向けるのでした。
「ご、ご主人様!? な、何を――」
「何って――あなたの化けの皮を剥がすだけよ。それができるのなら、傷の一つや二つ安いものだわ」
そう言い放って、ご主人様は鋭い刃を白くて綺麗な腕に――
――――――
――――
――
「ほら――やっぱりあなたは魔法を使えるじゃないの」
いったい――何が起きたんでしょうか?
その突拍子もない行動に、わたしは平静を失って、しばらくの間記憶が飛んでいたのでした。
純白のワンピースの袖から伸びる腕には傷一つありませんでした。
でも――床に落ちた血のついたペーパーナイフと、ワンピースの裾を汚す赤い血痕が、わたしが何をしてしまったのかを鮮明に物語っていました。
治癒の魔法を掛けてしまったんです。
ご主人様はわたしのことを疑っていましたけど、目の前でお怪我をされては放っておくことなんてできませんから……。
完全に――ご主人様にしてやられました。
ついに魔法のことがバレてしまって、わたしはがっくりとうなだれて、言葉も失います。
しかしそんなわたしとは裏腹に、ご主人様はその場で飛び上がって、
「やっぱり、七菜は魔法が使えたのね! それにしてもあなた、すごいわ! 天才よ!
今のって、光の魔法よね!? 今まで火や水や風といった、いわゆる七大精霊の魔法を使う子は見てきたけれど、光の治癒魔法、それも呪文の詠唱もなしに、瞬時に唱えられる子なんて初めて見るわよ!
回復量もすさまじいし、あなたったらそんなすさまじい才能を隠していたのね」
いつになく興奮して、わたしのことを褒めてくださいました。
しかし……褒められても、全然嬉しくありません……。
「七菜、あなたはどうしてそれだけの才能を持ちながら、魔法学校に通わないのかしら?
これほどの才能があれば、奨学金だって間違いなく手にできるわ。
それなのになぜ、こんなお屋敷でメイドして働いているのか――」
そしてわたしの矛盾を突くのです。
もうご主人様には何を隠しても無駄なんだろうなって感じました。
「わたしが魔法を隠していた理由、それは――」
そしてあまり乗り気ではありませんが、ずっとナイショにしてきたことを語り始めます。
家族のこと――魔法を使える家系ですが、魔法を使って周囲の人間を不幸にさせるのがイヤで、実家を離れたこと。
お姉ちゃんのこと――「私利私欲のために魔法を使わない」という約束をして、それが魔法を捨てて普通の女の子として働いている理由なのですが、いま彼女は体を壊して入院をしていること。
「――そういうわけなんです」
正直に伝えました。
「そうだったの。あなた、ちょっと変わっているわね。いえ――奇人・変人の類いと言っても言いすぎではないわね」
さんざんな言われようでした。
「でも――よく分かったわ。七菜、あなたはわたしとよく似ているっていうことが」
そして意味深な発言をして、また一人お笑いになるのでした。
「それにしても、どうして分かったんですか? わたしが魔法を使えるって……」
「大抵の魔法使いは、体が震えるような独特な気配――いわばオーラを知らず知らずのうちに放っているわ」
かつて、お姉ちゃんもそう話していました。
中~上級の魔法使いともなると、魔法のオーラを読み取って、その者が魔法使いかどうか、また魔法の気配がどこにあるかを知ることができるようです。
だから魔法のオーラを隠さないでいることは、自分の居場所を相手に知らせるようなことであり、とても危険であって、特に魔法使いのコミュニティから離れて生活をするわたしたちにとっては、木を森の中に隠せないのでなおさらであると教わっていました。
「で、でも、わたしは魔法の気配を消していたはずで!」
だからお姉ちゃんから、魔法の臭いを消す魔法を教わって、もう無意識のうちに常に自分を覆い隠せるようにしておいたはずなのでした。
だから魔法の気配でバレたなんて考えづらいのですが――
「ええ、そうね。初めて出会ったときから今に至るまで、あなたからは魔法のオーラを感じることができなかったわ」
どうやらお姉ちゃん直伝の、気配を消す魔法は問題なかったようです。
ホッと胸をなで下ろします。
となると思い当たる節は――
「では、もしかして――先日、寝たふりをして実は起きていらっしゃったんですか?」
「あら、どういうことかしら? 説明してくれない?」
わたしは、先日のピクニックで、お疲れになっていた瑠璃さんに治癒の魔法を掛けてしまったことを告白します。
「それは知らなかったわ。
……あの日、瑠璃からごくごく弱い魔法のオーラを感じていたのだけれど、そういうことだったのね」
どうやら違っていたようです。
そうなると、どうしてバレてしまったのか、わたしにはさっぱり分かりませんでした。
「では、ご主人様はどうして――」
「わたしがあなたを疑ったのは、言うなればあなたに『呪い』が掛かっていたからよ。魔法を使うものならば、誰しもが被る……ね」
にやりと笑います。
「呪い」――?
魔法を使うものならば、誰しもが被る――?
ですが、わたしにはそれが何のことなのか、さっぱりなのでした。




