10. メイドさんとピクニック -前編-
瑠璃さんの毎日は多忙を極めています。
朝早くに起きて、まず掃除を行い、朝食の準備をして、ご主人様のお着替えを手伝います。
朝食の後は食堂や台所の片付けを行い、掃除や洗濯も行って、すぐに昼食の準備に取りかかります。
午後には食料の買い出しや洗濯物の取り込み、それだけでなくお屋敷の備品管理や会計などといった事務処理もこなします。
夕食の後も、諸々のお片付けや、お風呂でご主人様のお背中をお流ししたりして、ようやく一日が終わるのです。
わたしがここでメイドとして働くようになって、掃除とか洗濯とか、ご主人様のお世話とかはある程度教えてもらってできるようになりました。
だからその分、瑠璃さんの負担を軽減させることができるはずなのです。
でも瑠璃さんは、わたしを決して一人前とは認めてくれません。
掃除も洗濯も、わたしが一人で行ったときは、その後で必ず瑠璃さんの厳しいチェックが入ります。
そして重箱の隅をほじくるような評価を下されて、彼女の手が加わるのです。
それから、掃除や洗濯以外のお仕事は、ほとんど教えてもらえません。
あれをやらせてください、これをやらせてください――わたしはいつものようにアピールをしていますが、決まってこう言われるのです。
――お前にはまだ早い、と。
確かにまだ力不足かもしれません。
でもその反応はわたしにとって、不満の種でした。
わたしだって、瑠璃さんのお力になって、負担を減らしたいのです。
明らかに、わたしと瑠璃さんとでお仕事の負担が違うのに、それを見過ごしてはおけないんです。
それに、瑠璃さんはあまり休憩を取ろうとしません。
手持ち無沙汰になったときでも、お部屋に戻って体を休めることなく、まるで警備員さんのように、お屋敷の中を巡回するのです。
瑠璃さんは、ご主人様のご要望に素早く対応するため、と言っていました。
お休みの日だって、瑠璃さんはわたしたち全員のお食事を作ったり、後片付けまでしています。
瑠璃さんには、瑠璃さんなりの、先輩メイドとしての、そしてご主人様にお仕えする僕としてのプライドがあるのだと思います。
というよりも、彼女と一緒に生活をして感じるのは、意地っ張りで素直じゃなくって、変にこだわりが強いというところです。
ご主人様もかつて瑠璃さんをそう評していたのを、わたしは覚えています。
仕事を教えてくれたことに感謝をすれば、「勘違いするな」「別にお前のためにやってるんじゃない」と返し、仕事のやり方に関してはとにかくうるさい――年上なんですけど、そんなところが一周回って可愛いと思う、今日この頃です。
瑠璃さんの口癖に、「メイドとは動く家具であり、ご主人様の影に過ぎない」というものがあります。
カンペキに家事をこなし、それでいて強く主張をせず、ご主人様ともある程度の距離感を保つ瑠璃さんの姿を見ていると、まさにそれを体現していると思います。
でも――このお屋敷にやってきて、それはなんとなく――なんとなくですけど――違うんじゃないかって直感的に思い始めたんです。
ご主人様が望んでいるのは、影として振る舞うのでなく、もっと表に出て、交流を深めることじゃないのかって。
ご主人様の灯火になれるよう、振る舞うべきじゃないのかって――。
だから、自分を犠牲にしてまで働き詰めの今の瑠璃さんを見ていると、とても心配なんです。
無理をして、倒れるようなことがあったら……と。
お姉ちゃんのことがありますから、なおさら気になってしまうのです。
今の瑠璃さんに必要なのは、おだやかな時間なのだと思います。
たとえば――森の中で横になって、お勉強のこともお仕事のことも忘れて何も考えず、ただ自然の声と香りに身をゆだねるような、そんな時間です。
わたしが、ピロリアフィオナにいたときは、時折そうやって「何もしない」で時間を過ごしていました。
何もしないこと以上に贅沢な時間の使い方って他にありません。
頭が空っぽになって、本当に気持ちよくなれます。
リフレッシュして、不意に新しいアイデアが浮かんだりします。
だから瑠璃さんには、どこかにお出かけをして、気分転換して欲しい――。
そんなことを望んでいました。
そしてそれは、そんな折の出来事でした。
「明日、ピクニックに行くのなんてどうかしら?」
三人で机を囲む朝食の時間、ご主人様が提案しました。
「ピクニックですか?」
「ええ。明日から、二連休でしょう? お屋敷の中にこもっていないで、自然の中でゆっくりとした時間を過ごすのも悪くないと思ったのよ」
「わたし、賛成です!」
もちろん目的は、瑠璃さんにリフレッシュしてもらうことです。
わたしは、期待の眼差しを向かいの彼女に向けます。
「……ご主人様がそうおっしゃるなら。私もご同行させていただきます」
「決まりね。それじゃあ明日、アデルカステラへ行きましょう。ステキなお城が立っている丘よ」
「アデルカステラって、結構距離がありますよね?」
わたしは尋ねます。
記憶が正しければ、それはサリスモニカの西北にある小さな町でした。
「バスで三十分ほどだ」
「そうなんですか! じゃあ、明日はバスで――」
「ダメよ」
しかしご主人様は首を横に振ります。
「わたし、車には乗れないわ。あの臭いとか、金属の檻に閉じ込められているかのような閉塞感が、ダメだもの」
「そうだ。ご主人様は、お車が大の苦手だ」
そういえば、ご主人様は他にも掃除機や洗濯機といった現代文明の利器といったものは全部苦手です。
あのけたたましい音がダメなのだとか。
ですからお屋敷では掃除機は使わず、ホウキやハタキを使って清掃します。
さすがに洗濯機は、ご主人様のお部屋からかなり離れているので、許容されていますけれども。
「で、でも! バスに乗れなかったら、歩きになっちゃいますよ? 二時間以上掛かっちゃいます!」
「大丈夫よ。馬車にでも乗りましょう」
「ば、馬車ですか?」
予想外の答えが返ってきて、わたしは思わず聞き返します。
「ええ。観光用で街中を走るのがあるでしょう? 頼み込めば、きっとアデルカステラまで連れてってくれるわよ。うふふ、七菜は馬車に乗ったことあるかしら?」
「ありません!」
もちろん即答です。
「なかなかに気持ちがいいのよ。気分はまさにお姫様といったところかしら?」
「では、ご主人様。後ほど、手配をさせていただきます」
「ありがとう。三、四十分もあれば、着くわよね。ふふっ」
「それから、軽食の準備もいたしましょうか?」
瑠璃さんが尋ねます。
「そうね――やっぱりサンドウィッチかしら?」
「そうですね。オーソドックスですがハムとチーズ、卵、野菜なんかがいいかと思います」
「ええ、最高よ。じゃあ、瑠璃。これもお願いしていいかしら?」
「もちろんです、ご主人様」
「それから――あったかいココアも忘れないで頂戴」
屈託のない笑顔を浮かべたご主人様の要求を、瑠璃さんはいつも通り粛々と受け入れます。
瑠璃さんの心と体のリフレッシュになればと願った、ピクニック。
でも――やっぱり瑠璃さんは、こうしていろいろなお仕事を抱えてしまうみたいでした。
果たして、このピクニックは瑠璃さんにとっての癒しとなってくれるのでしょうか?
それにしても――馬車の手配も、サンドウィッチの準備も、わたしでは何の力にもなれなくって、とても歯がゆいです。
はぁっ、と小さなため息をつきました。




