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魔法は得意ですけど、メイドさんとして頑張ります!  作者: ぺこ菜ほのめ子
プロローグ
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0. 魔法と約束

 緑の木々に囲まれ、色とりどりの花が咲き誇る森の中で、一つ上のお姉ちゃんは不思議な言葉を唱えると、手のひらの上の白い小鳥にそっと優しい息を吹きかけます。

 小鳥はケガをしていて、胸の辺りから生々しい肉が露出していましたが、優しい光に包まれると、傷はみるみるうちにふさがって、わたしたちの元を離れて、空へと飛んでいきました。


「これが治癒の魔法――生命の息吹よ。傷ついた動物を癒やしてあげたり、枯れた植物にもう一度命を与えたり……。きっとあなたにもできるわ」


 大樹に背中をもたれたまま、お姉ちゃんは言います。


「わ、わたしにもできちゃうんですか?」


「ええ、もちろんよ。だってあなたはわたしの妹なんだもの」


 お姉ちゃんはにっこりと微笑んで、わたしの手を取りました。

 今度は枯れた花に向けて、あの不思議で優しくて暖かい旋律を、見よう見まねで唱えてみるのです。

 すると――くすんだ色をしてしぼんだ花が、再び綺麗に咲きました。

 まるで時間を巻き戻したかのようでした。


「す、すごいですっ」


 わたしは自分のやったことにビックリして、嬉しくなります。


「ふふっ、ね、言ったでしょう。七菜にもできるって」


「はいっ、ありがとうございます、お姉ちゃん」


「七菜にはね、生まれながらに強い魔法の力が流れているのよ。それをどう使うかは七菜次第。

 でも約束してくれる? 人を傷つけるような、悪いことには絶対使わないって」


     *


 わたし――七菜(なな)・レナルミカは、数年前にちょっといろいろなことがありまして、生まれ故郷――ノノキア帝国を捨て、実家を離れて、一つ上のお姉ちゃん――六花(りっか)お姉ちゃんと一緒に、隣国――ミリア共和国の、山に囲まれた田舎町――ピロリアフィオナで生活をしています。

 家族と別居するに至ったのは、お姉ちゃんの提案だったのですが、今ではこっちに引っ越してきてとても良かったと思っています。

 学校は家から結構歩きますけれど、普通の女の子としてお友達と時間を忘れて遊ぶのはとても楽しいですし、家では優しいお姉ちゃんが待っていて、毎日おいしいご飯を作ってくれます。

 これらは当たり前の事かもしれませんけど、引っ越す前のわたしにとっては当たり前ではありませんでした。


 二人暮らしで、実家や親戚筋からの援助も何もないので、自分たちで食い扶持を稼ぐ必要がありました。

 街の外れにある畑を借りて、小麦や大麦、それに野菜といった作物を育てて、たくさん収穫できた作物はお肉や乳製品やお金に交換してもらって、自給自足に近い生活を送っていました。

 お姉ちゃんは体があまり強くなかったので、早朝や学校から戻ってきてから、たくさんお手伝いをしました。

 貧乏な生活でしたけど、わたしたちはとても幸せでした。


 しかし、幸せって長くは続かないんだと思います。

 中学校の卒業式を一週間前に控えたある夕方のこと、お姉ちゃんは台所で突然倒れてしまいました。

 お姉ちゃんに教えてもらった「治癒の魔法」もまるで効かなかったので、仕方なく町の中心地にある大きな病院に連れていきました。

 「入院をして体を休ませる」――それがお医者さんの診断でした。

 詳しいことはよく分かりませんけど、全身の免疫が弱まっているとのことでした。

 ですけど、病院のベッドで目を覚ましたお姉ちゃんはこう言うのです。


「入院なんてできないわ。私たちにはお金がないんだもの。さぁ七菜、一緒にお家に帰りましょう?」


 ……立ち上がって、でも足取りもおぼつかない状態で、そう強がって言います。

 とても見ていられませんでした。

 だからわたしは、お姉ちゃんをベッドに寝かしつけてこう言ったのです。


「だったら、わたしがお金を稼ぎます! お姉ちゃんは、病院で休んでいてください!」


「でも――魔法はなしよ」


「ですが……」


「約束したでしょう。わたしたちの魔法は秘密。私利私欲のためには使わない。どうしても……というときだけ使う。二人で暮らそうと決めたときのこと、覚えてる?」


「覚えています。ですけど、お姉ちゃんの命がかかっているんですよ!?」


「わたしのことは気にしないでいいのよ。七菜が元気に健やかに育ってくれれば、それで幸せよ」


「そんなこと言わないでください……!」


 わたしは涙を流しながら、訴えます。


 ――「魔法」。

 わたしたちの住む世界には「魔法」というものが存在していて、それは簡単に言えば、火とか水の精霊の力を借りて、不思議な現象を起こすことができるというものでした。

 水の魔法ならば、目には見えませんけど大気中に存在している水の精霊に声を掛けて、水の塊を発生させたりするのです。


 魔法の存在は人々の間に広く認知されています。

 ですが、わたしのいま通っている学校や町では、誰も魔法なんて使いません。

 それは、魔法を使えるのはごく一部の人間だけで、それらは大抵魔法使いの多く集まるコミュニティーに隔離されているためです。

 いえ、隔離というと少し語弊があるかもしれません。

 住む世界が違うんです。

 いわば、現代の貴族と平民なんです。

 魔法が使えれば将来を約束されたも同然で、魔法学校に通い、魔法の腕を上げ、国家資格を得て、たとえばエネルギーや軍事といった産業で、魔法を使って働くことができ、たくさんのお金をもらうことができます。


 生まれながらに魔法を使える場合もあれば、ひょんなきっかけから魔法を使うことができるようになる場合もあります。

 大きな街には、大抵魔法訓練学校というものがあって、わたしくらいの子供が日々魔法を使えるように様々なカリキュラムを受けていると聞いています。

 なにせ、魔法が使えるのと使えないのでは、天地ほどの差があるのですから、「将来への投資」として子供に有無を言わさずそういった学校に通わせる親もいるみたいです。特にお金持ちの家の場合は、その傾向が顕著みたいです。


 わたしが生まれたレナルミカ家は、「生まれながらにできてしまう」血筋みたいだったらしく、わたしには六人の姉がいるのですが、例外なく魔法を使えます。

 わたしも多分に漏れません。

 ですが、一番目から五番目の姉のやっていることは、正直言って褒められるものではありませんでした。

 ――戦争で人を殺したり。

 ――魔法を用いた兵器の開発に協力したり。

 ――意図的に自然災害を起こしたり。

 魔法を使って人を傷つけて、不幸にさせて、それでお金儲けをしているのです。


 実は――恥ずかしながら、わたしも昔はそうでした。

 こっちに越してくる前はお姉ちゃんたちと同じで、魔法学校に通っていました。

 ほとんどの魔法使いは七大精霊と呼ばれる、火・水・雷・木・風・土・氷のいずれかの精霊と仲良くなって魔法を使うのですが、レナルミカ家は特殊で、七人全員が七大精霊魔法以外の魔法を使うことができました。

 わたしは光の精霊のご加護を受けていました。

 お姉ちゃん直伝の生命の息吹以外にも、光の精霊に呼びかけておひさまやお月様の光を自在に操ることもできました。

 だから魔法学校では、わたしは同い年では並ぶものがいないほど優秀で、奨学金ももらえたので、周りの人やお姉ちゃんたちからちやほやされていました。


 四年前、帝国の西のとある地域を長い日照りが襲いました。

 作物が枯れて、多くの人が苦しみました。

 それは――わたしの仕業でした。

 四番目のお姉ちゃんに言われて、そそのかされるがままにその地域に日照りを起こしてしまったのです。

 後から知ったところによると、その地方の作物が取れないことで得をする悪い人がいて、裏でお金が動いていたとか……。

 とんでもないことをしてしまったことに気づき、罪の重さに耐えきれませんでした。

 ――わたしが十歳の時のお話です。


 そんなわたしを支えてくれたのは、一つ上の六花お姉ちゃんでした。

 綺麗で優しい心の持ち主で、お姉ちゃんたちのやり方についていけなくなったわたしを慰めてくれました。

 そして一番目から五番目のお姉ちゃんたちと決別して、わたしを魔法とは無縁の世界に連れて行ってくれたのです。

 今のような生活が送れるのは、全て彼女のおかげです。


 ただ、一つだけ約束を交わしていました。

 「人前では魔法を封印するということ」を――。

 普通の人間が暮らす世界でやりたい放題魔法を使ったら、それはもう面倒なことになるので、わたしたちはずっとこの約束を守ってきました。


 だから使わないと決めていますけど、わたし、魔法は大得意なんです。

 でも昔の反省から、人を不幸にする魔法だけは絶対に認めません。

 ですからいわゆる攻撃魔法なんかは使いませんけど、傷を癒やしたり、植物に花を咲かせたりといったお姉ちゃん直伝の「優しい魔法」には自信があります。

 魔法学校に通えば、すぐに特待生になって、お金を手に入れることもできます。


 でも、お姉ちゃんはそれを望みません。

 仮にそうして手に入れたお金なら、お姉ちゃんは受け取ってくれないと思います。

 それならば――

 お姉ちゃんがピロリアフィオナにやってきて、生業(なりわい)として畑仕事を選んだのは、「自然の声を感じられるから」でした。

 そうです。

 魔法を使わなくても、お金はいくらでも稼げます。

 現にクラスメイトの子たちは、卒業後半分が進学し、半分が普通に就職をするそうです。

 就職――。

 学校を卒業したら、お姉ちゃんと一緒にゆっくりとのんびりと作物を育てて時間を過ごすものだと思っていました。

 でもそれでは、とてもじゃないですけど、お姉ちゃんの入院費用を捻出できません。

 わたしに課された使命はただ一つ。


「決めました。それならば――わたし、学校を卒業したら、大きな街に出てお仕事を探します。

 そしてお姉ちゃんの入院費用を稼ぎます。だからお姉ちゃんはここでしっかりと休んでいてくださいね」

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