第4章 勝巳と友美と藍子の聴取
程なくして勝巳が応接間に顔を出した。
「安堂さん、本業は小説家なんですってね。友美や藍子ちゃんが喜びますよ。あの二人は安堂さんの小説を読んだことがあるそうですから」
挨拶もそこそこに勝巳が切り出した。そういえば居間で挨拶をしたときに、友美と藍子の二人は特に理真に興味がありそうな視線を送っていたように思う。
勝巳は白いワイシャツに紺のジャケット、下はグレーのスラックス姿だった。少し童顔で四十歳には見えないが、腹回りのお肉が少し余分なようだ。この辺は年相応だ。医者としてはちょっと頼りなさそうな印象を受ける。
自分はあまり小説を読まないから、などと言いだし、雑談を始めてしまいそうだったので、理真が促し、ようやく事件当夜からのことを話してくれるようになった。
「そう、あの日は友美を駅まで送っていくから、アルコールは飲まないつもりだったんですけどね。久慈村さんが、自分が帰りに送っていくからと言ってくれて。食事が終わったあとは、自分の部屋に戻ってテレビを観たり本を読んだりしていました。もちろんひとりで。翌日の土曜日は午前中だけ医院を開けるんで、早めに風呂に入って寝ました。時間ですか? 風呂が十一時くらいだったかな。僕は烏の行水なんで、風呂を上がって十一時半には寝ましたよ。
土曜日は今言ったように午前中だけ医院があるんで、午後一時までは医院にいましたね。お客は三人来ましたよ。前もって予約してあった人も含めて。午後からは仲間と遊ぶ約束をしていたんで、市内でひとり拾って長岡にいる仲間の家まで車で行きました。遊んだ後帰ってくるのが面倒なんで、泊めてもらうことにしていました。
日曜は昼まで寝てましたね。仲間ら三人で遅い昼飯を食ったあと、長岡を出ました。行くときに拾ったやつを降ろして、家に帰ったのは六時半くらいでした。途中で夕飯の弁当を買いました。親父に電話したら、佐枝子さんがいないというんで。親父が夕飯を作ると言い出したんですけど一応病人ですからね、あまり動くなって言ったんです。八時過ぎに友美からメールが来て、新津駅に九時前に着くから迎えに来いと。それで友美を迎えに行って、家に帰ったのが九時十五分でした。いつもなら月曜は休みなんで遅くまで起きてるんですけれど、その日は疲れて十二時前に寝ちゃいましたね。」
こちらも一度警察で語って話の整理がついているのだろう。勝巳の語りは流暢だった。
「それで月曜日なんですけれど……」
さすがに死体発見当日のこととなると、ショックが抜け切れていないのか、一転して声のトーンが落ちた。
「起きたのは十時前くらいでした、前の日までの疲れで、しばらくベッドでぼーっとしてました。十一時くらいに朝飯と昼飯を兼ねてインスタントラーメンを食べて、十二時になったら、倉庫の掃除に行こうと掃除道具を持って玄関を出ました。習慣だったもので。それで、倉庫のドアを開けようとノブを握ったんですけど、回らないんですよ。鍵が掛かってる。何でかなと。誰か中にいるのかと思って声を掛けてみたんです。でも返事がない。物音も一切しない。それで電気配線用の穴から中を覗いてみようと裏に回ったところ……腕が見えまして……。もう驚いて、家まで走って行って、警察に電話しました」
「通報は固定電話から?」
理真が訊いた。
「ええ、携帯はそのとき持ってきていませんでしたから、部屋に取りに戻るよりは居間の固定電話のほうが近いんで。居間には佐枝子さんがいて、随分驚かせちゃいました」
「そうですか。では、殺害された久慈村さんについて聞かせてもらえますか?」
「親父の弟子みたいな存在でしたね。金曜日のように、この家に遊びにきたり食事したりということもよくありました。医者としては、まあ普通の先生だったんじゃないでしょうか。彼の勤めてる、いや、勤めていた横手病院に知り合いがいるのですが、とびきり優秀という話も、悪い噂も聞きませんでしたから。誰かから恨みを買うとか、そういったことは考えがたいと思いますが、正直よく分からないです。僕自身個人的な付き合いは特になかったですから。会うのはいつもこの家で、親父を介した付き合いでした」
勝巳は落ち着きを取り戻したようだ。口調が戻っている。
「なるほど。ひとつ気になったんですが、お父様は外科医ですよね。久慈村さんは内科医と聞きました。分野が違うのに師弟関係になるということはよくあるんでしょうか」
「ああ、弟子といいましたけれど、いい言い方をした場合です。要は親父の取り巻きだったんですよ。『腰巾着』なんて陰口叩くやつもいましたよ、彼のことを。親父は有名な医者でしたんで、後光にあやかろうと同じように揉み手をして近づく医者や看護師も多かったそうですけれど、とにかく親父は現役の頃は偏屈な性格でして、耐えられずに結局みんな離れていく。そんな親父に最後までくっついていたのが久慈村さんだったということです。そういう意味では、とても根性がある男だったのではないでしょうか。親父が引退してこっちに戻るときにもついてきて。横手病院にも親父のコネで入ったようなものです」
「そういうことだったんですか」
被害者の人物像がだんだん掴めてきた。
「死体が発見された倉庫について伺いたいのですが。毎週月曜日に勝巳さんが掃除をするのが習慣だそうですけれど、そのことは皆さん知っていたのでしょうか?」
「ええ、家のものは全員。久慈村さんにもいつか話したことがあったと思います」
「出入り口のドアの鍵は、勝巳さんがお持ちと聞きましたが。ずっとですか?」
「はい。何年か前にドアが壊れてしまって、付け替えたんです。その前は鍵のない普通のドアでした」
「鍵付きのドアにしたのは、やはり用心のため?」
「ああ、いえ、あんな場所だし、泥棒が入る心配もないとは思ったんですけど。鍵付きも鍵なしもドアの値段がそんなに違わなかったので。まあ、結局一度も鍵を使うことはなかったですけど」
「そういえば、鍵はみつかったんですか?」
と、これは中野刑事である。
「いえ、まだです。思い当たるところは色々探したんですけれど。何しろドアを取り付けて鍵をもらってから、一度も使ってませんから。自分の部屋のどこかにしまったことまでは分かるんですけれど。どこにやったのか……」
勝巳は言いながら頭を掻く。
「すみませんが、引き続き捜索をお願いします。犯行に使用されたかもしれませんので」
「合鍵はないんですか? 新しい鍵って大抵二つ用意されると思うんですけど」
と理真が疑問を挟んだ。
「それがですね。二つとも一緒にしたままなくしてしまいまして」
勝巳は再び頭を掻いた。
「久慈村さんが倉庫で発見された理由に何か思い当たることはあるでしょうか?」
「うーん、分かりません。彼も倉庫の存在は知っていたとは思いますが、あそこに行ったりだとか、中を見せてくれとか言われたこともありません」
「倉庫にはいくつかレプリカの武器がありましたが、あれは全て勝巳さんのものですか?」
「ええ、そうです。一時期ああいうものに凝った時期があったんですけれど、かさばるし、持っておくのにも場所を取りますし。気に入った何点かだけを残して、あとは売ったり仲間にあげたりして処分しました」
「手元に残したものは何ですか?」
「長い西洋剣と、戦斧、ああ、斧のことです。それと、あれです……」
「凶器に使用されたモーニングスターですね」
勝巳は、こくりと頷いて、
「珍しい武器で、入手にも苦労しましたから、手放す気にはなれなくて」
「最後に。ご自身のコレクションが殺害の凶器として使用されましたが、それについても何か思い当たることはありませんか?」
「……正直、さっぱりわけが分かりません」
「勝巳さんがああいった武器をコレクションしていること、あの倉庫に保管されていることを家族以外で知っていた人はどれくらいいるでしょう?」
「当然僕の友人らは知っていますよ。だいぶ処分して、今は倉庫にしまってる、って話したことがあります。僕の医院の看護師さんたちも。久慈村さん経由で横手病院の人たちも耳にしていたかもしれませんね。まさかあんなことに使われるなんて……」
自身のコレクションが殺害凶器として使用された。心中穏やかならぬものがあって当然だろう。再び勝巳の声は小さくなっていった。
「使用された凶器、モーニングスターでしたっけ、あれが使用されたことについて何か思い当たることはありますか?」
「それが一番分からないですよ。物騒なことを言うようですけど、あそこにはもっと他に人を殺すのに扱いやすい武器や道具がたくさんあるのに。金属バットとか。どうしてよりによってあれを使ってくれたのか。あ、すみません。不謹慎なことを」
凶器としてモーニングスターが選ばれた理由について理真と同意見のようだ。苦労して手に入れて処分もしなかったコレクションは、当然今証拠品として警察の管理下にある。戻ってきたとしても、人を殺めた武器を再び棚に戻すことに抵抗はあるだろう。
「金曜日の夜に殺害現場の倉庫のほうから、何か物音を聞いたりしませんでしたか?」
「分かりません。僕の部屋は倉庫から離れているので……」
「そうですか。ありがとうございました。すみませんが、次は友美さんをお願いします」
理真の質問は終わり。勝巳は退室した。
西根友美は白いセーターにジーンズ姿で現れた。明るすぎない茶色に染められた髪が肩にかかっている。中々の美人だ。丁寧にお茶のお代わりを持ってきてくれている。佐枝子が出してくれた最初のお茶にほとんど手を付けていなかった中野刑事は、慌てて冷めたお茶を一気に喉に流し込んだ。
「安堂先生、探偵もやられているんですか。意外です。私、警察の方から探偵さんが捜査に協力してくれるって聞いて、探偵さんって会ったことないもので、どんな人がくるのかなって思ってたら、作家の安堂理真先生だって分かって、もう本当びっくりするやら驚くやら……」
何も聞かれないうちに友美のほうから喋り出した。友美と、その友人の藍子は理真のファンという話だった。びっくりするのも驚くのも同じことだろう。動揺しているようだ。
「もじゃもじゃ頭に袴履きのおじさんじゃなくて意外だったでしょ」
中野刑事、ここでも金田一耕助を例に出して、あ、さては他のレジェンド探偵を知らないな。刑事のくせに。
「新刊の発売予定があるんですよね。楽しみです」
華麗にスルーされる中野刑事。新刊とは『ボス猫と蝙蝠女』のことだろうか。発売日に書店に並んだ本のタイトルを見て驚くなよ。
「著者近影の写真もきれいですけど、直にお会いしたほうがずっと美人ですね」
「ありがとうございます。まあ、今は事件の話を……」
と、友美から求められた握手に応じながら理真。
そう、今のお前は作家ではなく探偵なのだ。そうは言っても顔がほころんでいるのは隠しきれない。まあ、ファンを目の前にして、おまけに美人と評されればやむを得まい。理真の言葉を聞き、友美は対照的に背筋を伸ばし居住まいを整える。
では事件当夜から月曜日までの行動を、と、理真からお決まりの質問がされ、
「金曜日は八時半に家を出ました。新潟駅最終の新幹線で東京に行くことになっていましたから。新津駅まで兄に送ってもらうつもりだったんですけど、久慈村さんが送ってくれることになって。新津駅に着いたのは八時四十五分くらいでした。新津駅を出る電車は九時ちょうどくらいでしたので十分間に合いました。新潟駅に着いて新幹線に乗り継いで、九時四十分くらいにデッキに出て母と藍子ちゃんに電話をしました。ちゃんと新幹線に乗れたからと。お母さんには報告だけでしたけど、藍子ちゃんとは少し長電話をしました。東京に着いたのは十一時半くらいでした。駅で美樹、あ、東京の友達です、と合流して、山手線に乗って。東京って夜中でも電車が何本も走っていてすごいですよね。日暮里で降りて、美樹のアパートがそこから近いんです……あの、東京でのことも詳しく話したほうがいいですか?」
「あ、いえ、簡単に」
確かに被害者の死亡時刻に友美は新幹線の中だ。それから土日に東京見物をした話を詳しく聞いてもあまり参考にはならないだろう。
「東京ではスカイツリーや渋谷とかに行きました。ずっと美樹と一緒でした。帰りの新幹線は午後六時くらいのに乗りました。新潟駅で在来線に乗り継いで新津駅に着いたのは九時前。前もって電話していたので、兄が駅に迎えにきてくれていました。家に着いてからはお風呂に入ってすぐに寝ました。疲れていましたから。
月曜日は七時に車で家を出ました。始業時間は八時半で、会社まで車で一時間かからないのですが、月曜日はいつもより道が混むので余裕を見て出るんです。それで、お昼休みが終わったすぐでした。母から電話があって、久慈村さんのことを聞きました……」
理真の新刊の話をしていたときの元気はどこへやら。勝巳のときと同じくように、すっかり声のトーンが落ちる。まあ無理もないだろう。
「その久慈村さんについて聞かせてくれますか? 病気を診てもらったこともあったそうですね」
「はい、何回か看てもらったことがありました。とてもいい先生で。誰かに殺されるなんて、そんなこと……」
すっかり俯いてしまった。
「殺害現場となったあの倉庫については? なぜ久慈村さんがあそこにいたのか、何か心当たりはないですか?」
「分かりません。久慈村さんも倉庫があると知ってはいたでしょうけれど、行ったことは一度もないんじゃないでしょうか。特に用事があるとも思えませんし」
「そうですか。どうもありがとう。すみませんが藍子さんを呼んできてもらえますか」
「はい」と友美は立ち上がり、「先生、あとでサイン下さいね」
「ええ、よろこんで。それと『先生』はやめて下さい。普通にさん付けで。藍子さんにもそう言っておいて下さいね」
「はい、わかりました」
友美は古い茶碗を載せたお盆を持ち、部屋を出た。
「いや、大したものですね。さすがは安堂さんだ。若い女性に絶大な人気ですね!」
「そんなことないですって。たまたま読者の方だっただけですよ――」
中野刑事と理真の会話を遮るように、荒々しいノックの音が。こちらが何も答えないうちに、
「失礼します!」
と、元気のいい声と共に少女が入ってきた。早い! 今までとは比較にならない格段の早さでの登場だ。
「時坂藍子です。よろしくお願いします!」
黒髪をポニーテールにまとめたセーラー服の少女が一礼して着席する。
「こちらこそよろしく。早かったですね」
さすがの理真も少し気圧されているようだ。
「廊下の先でスタンバってました。安堂せんせ……じゃなかった。安堂さんとお話できる機会なんで、少しでも時間を無駄にしまいと。あ、あの、新刊楽しみです! それと、サインお願いします!」
藍子は両手で本を差し出す。これは理真のデビュー作『月光ドレス』のハードカバーじゃないか。この頃はちゃんと恋愛小説っぽいタイトルを付けてたんだなぁ。
「藍子ちゃん、先に事件のことを聞かせてもらえる? サインはあとで必ずするから、ね」
「し、失礼しました。そ、そうですよね。私って……」
やさしく理真が言うと、藍子は真っ赤になって本を後ろ手に隠す。何も隠さなくても。
「金曜日は、皆さんと夕ご飯を食べて、友美ちゃんが久慈村先生と一緒に家を出たあと、佐枝子おばさんと一緒にご飯の片付けをしました。そのあと友美ちゃんの部屋へ行きました。その日は泊めてもらうことになっていましたので。部屋でテレビを観たり、音楽を聴いたり、本を読んだりしていました。途中友美ちゃんから電話が来ました。九時四十五分でした。十一時くらいにお風呂に入って。上がったあとも少し本を読んだりして、十二時半くらいに寝ました」
「部屋にいたとき、何か変なこととかなかった? 倉庫のほうから物音を聞いたとか」
「何も聞いたりはしませんでした。部屋はずっと窓もカーテンも閉めていたし、外を見ることもなかったですから」
「翌朝は、どう?」
「はい……私、朝起きたときに、カーテンを開けて外を見たんですよ。時間からいって、そのとき、あの倉庫ではもう久慈村さんが亡くなっていたんですよね……でも、私、あんまり目がよくないから、久慈村さんの手があの穴から出てたことは分からなかったです……もっとよく見てみたら、気付いてたかも……ごめんなさい」
俯いてしまった藍子だったが、すぐに顔を上げた。
「謝ることないのよ。じゃあ、土曜日のことから続けてくれる?」
「はい。翌日は七時前に起きて、佐枝子おばさんと一緒に朝ご飯を作りました。午前中はおばさんと居間で過ごして、お昼に帰りました。佐枝子おばさんがちょうどお買い物に行くところだったんで、私の家まで車で送ってもらいました。近くなんで悪いなと思ったんですけど、途中だからって。帰ってからはずっと家にいました。勉強もあるし。東京の友美ちゃんから電話も来ましたよ。メールも送ってもらいました。スカイツリーで撮った写真とか。私も今度行きたいな。
日曜日は学校の友達と町まで遊びに行ったりしてました。
月曜日の五限の授業中でした、久慈村先生のことを聞いたのは。英語の授業だったんですけど、担任の先生が教室に入ってきて、『時坂、ちょっといいか』って。私、もうびっくりして。それから一度も学校には戻ってないんです。友達からいっぱい電話かかってくるし。実際会ったらすごく質問攻めにされるんじゃないかって、ちょっと学校に行くのいやだなって……。あ、関係ない話でしたね」
「ううん、いいのよ。よく分かったわ。ちょっと質問させてもらえるかな。藍子ちゃんは西根さんの家、ここに泊まることはよくあるの?」
「はい、月に一回くらいは泊めてもらいます。いつもは友美ちゃんが一緒なんですけど、この前が初めてです、ひとりで泊まったのは」
「元々ひとりで泊まることになっていたの?」
「いえ、最初は友美ちゃんもいるはずだったんですけど、三日くらい前になって、友美ちゃんが東京にいる友達から遊びに来ないかって突然誘われたそうで。私は、じゃあ泊まりは止めにするって言ったんですけど、せっかくだからひとりで泊まりなよって言ってくれたんで、たまにはひとりもいいかなと思って予定通り泊めてもらうことにしたんです。一度ゆっくりと友美ちゃんの部屋でひとりでくつろいでみたいと思ってたんで。私、友美ちゃんの部屋好きなんです。大人の女性の部屋って感じで。本もたくさんあるし」
「そうだったの。金曜日お風呂に入ったのは十一時頃だったって言ってたよね、確か、勝巳さんも十一時くらいにお風呂に入ったって言ってたけれど?」
「あ、そのことですか。私が入ったのは建て増しした棟の二階のお風呂です。友美ちゃんの部屋もそっちにあるし、新しいし、私そっちのお風呂のほうが好きなんで、泊めてもらうときはいつもそっちを使うんです」
家にお風呂が二カ所にあるのか。建て増ししたことも踏まえると、二世帯住宅としているのかもしれない。あとは長男の勝巳がそれに答えるだけか。
「あの倉庫については何か知ってるかな? 行ったことはある?」
「はい。一度、友美ちゃんと行ったこともあります。私『ロード・オブ・ザ・リング』好きなんで、剣とか持たせてもらいに。ちょっとはしゃいじゃいました。友美ちゃんは、いい歳してこんなので遊んでるからお嫁さんが来ないのとか言って笑ってましたけど。金属で出来てて結構重いから、これ、人殺せるよねなんて言ってたんですけど、まさか本当に人殺しに使われるなんて……」
「実際に凶器になった武器、モーニングスターっていうそうなんだけど、それもあることは知ってた?」
「はい、今はもう武器は三つしかないって聞いていて。剣と、斧と、あとはその武器。特徴のあるものなんで、憶えてました」
「亡くなった久慈村さんについてはどう? 親しい間柄だったのかしら」
「いえ、友美ちゃんのお父さんのお弟子さんだってことくらいしか。金曜日みたいな食事会でたまに会うくらいでした。お話するときもだいたい友美ちゃんや勝巳さんが一緒でしたし。どうしてあんなところで殺されたかも全然分かりません」
「うん。とても参考になったわ。ありがとう」
「はい、お役に立てて光栄です。それじゃ……」
藍子は立ち上がりドアへ向かう。
「あ、ちょっと待って藍子ちゃん」
「は、はい。――あ!『最後にひとつだけ』ってやつですか。名探偵がよくやる!」
「中野さん、ペン持ってますか?」
中野刑事が懐からボールペンを取り出し渡す。
「サイン」理真がウインクしてペンをタクトのように振る。
藍子は腰を九十度折り曲げて『月光ドレス』を両手で理真に差し出した。