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第27章 服毒の道筋

友美(ともみ)ちゃんの次のターゲットは時坂保(ときさかたもつ)さんでした。久慈村(くじむら)さんのときと違って、保さん殺害には特に計画は立てていなかったのではありませんか。食事会や病院で会う頻度の高い久慈村さんと違い、友美ちゃんが保さんに会う機会は、ほとんどなかったでしょうからね。じっくりと計画を練って掛かろうと思っていたのではないでしょうか。

 しかし、あなたは思いも掛けず保さんを殺すチャンスを得ます。私と由宇(ゆう)丸柴(まるしば)刑事、藍子(あいこ)ちゃんとのファミレスでの食事です。そのときの会話の中で藍子ちゃんの口から、その日の夜、保さんが新津(にいつ)駅前で飲み歩いているという情報を得ます。酔った状態の老人相手なら不意を突いた肉弾戦で殺害することが出来ると考えたのでしょう。私たちとの食事を終えたあなたは、すぐさま行動を開始します。

 藍子ちゃんを家まで送り届けたあと、車で新津駅前まで向かいます。いや、途中凶器の刃物を入手しなければなりませんね。凶器は刃渡り十五センチくらいの刃物だと推測されています。恐らく包丁かナイフでしょう。コンビニで買えるような代物ではありませんし、時間帯からスーパーやホームセンターは開いていない。家の包丁を持ち出したのではないですか。これだけ大きな家です、普段使っていない包丁の一本くらいあるでしょう。なくなっても佐枝子(さえこ)さんが気がついていないだけなのでしょう。それとも、友美ちゃんが個人的に使っていたナイフなどですか。どちらにせよ凶器の刃物を持ったあなたは新津駅前の適当なところに車を停めて保さんを探しに行きます。

 店を一軒一軒覗いてみるようなことはしなかったでしょう。店の人に顔を憶えられてはまずいし、知り合いに出くわさないとも限りません。路上で発見できるのを期待したのでしょう。保さんが見つからなくても、それならそれで仕方ないと考えていたのですね。今夜のうちに無理矢理殺してしまう必要はない。もし発見できたら僥倖(ぎょうこう)くらいの気持ちだったのでは。

 しかし、幸か不幸か、保さんを発見してしまいます。二人の連れと一緒。あなたは慎重に尾行した。ここでも、もし保さんに隙がなく殺害を実行できなくても構わないと思っていたのでしょう。ですが、またしても運命の女神、いや、死神は、友美ちゃんに微笑みました。連れの二人が先行して保さんが取り残される状況が発生したのです。友美ちゃん、あなたにためらいはなかった。凶器を構え一気に詰め寄ると、後ろから保さんの腰の辺りに一撃」


 友美は苦悶のような表情を一瞬見せた。そのときのことを思い出しているのだろうか。


「しかし、人を刺し殺すということは、うら若い女性、いや、普通の人間には大変重荷な行為です。そもそもなぜ一撃で仕留められる可能性のある首などを狙わなかったのか。手が震えて上段に凶器を構えることが出来なかったのではありませんか。凶器を握るには両手でしっかりと腰溜めにしておくしかなかった。久慈村さんのときのような、仕掛けを作っておいてあとは成り行き任せの遠隔殺人とはわけが違う。自分の手で人を刺すという行動を甘く考えていましたね。

 それでも本当にやってしまえたところは、それだけの覚悟を持っていたということでしょうか。ともかく保さんを刺してしまったあなたは、凶器を抜きとり、すぐさま逃げ出します。ターゲットの生死を確認したり、止めを刺すため、もう一撃加える余裕もなかった。人を刺した感覚に恐怖しましたか。なにより、誰かに目撃されるのを恐れたあなたは、もうとにかくすぐにその場から逃げ出すしかなかった。

 ここで保さんが死んでいれば何の問題もなかったでしょう。恐怖を克服した代価を得たことになります。しかし、保さんは生きていた。家に帰ったあなたは、藍子ちゃんから保さんが刺されて病院に搬送されたとの電話を受けました。そのとき、どう思いましたか。保さんが生きていたことに驚きましたか。それとも、やっぱり、と思ったのではありませんか。あのくらいの傷で死ぬとは思えない。すぐに保さんは病院に入院することになると。あなたはすぐに保さんを今度こそ確実に殺す計画を練る。

 ですが、もう直接手に掛けるような殺し方は無理と考えました。やはり遠隔殺人しかない。そこで選んだ殺し方が、毒殺。使う毒は久慈村さん経由で入手していたシアン化カリウムです。

 新たな計画は、こうです。保さんの飲む薬にシアン化カリウムを混入させる。それを保さんが飲み、死ぬ時間帯に、また鉄壁のアリバイを用意すればいい。保さんが薬を常用していることは以前に藍子ちゃんから聞いていたのですね。問題は、その薬を入手する方法でしたが、渡りに船。翌日、西根(にしね)家の人たちは保さんの入院用の荷物を病院へ運ぶ依頼をされます。あなたは首尾よく荷物の中から保さんの薬を入手できた。

 薬の中に粉末であるシアン化カリウムを混入させるには、粒剤かカプセル剤が必要ですが、粒剤は避けたい。見た目が全然違う場合もあるし、何よりシアン化カリウムは強い苦みがある。元々薬は苦いとはいえ、口に入れた直後、いつもと味が違うと疑問を抱かれ吐き出されてしまう恐れがあります。保さんがオブラートを使ってくれれば問題ないのですが、薬の中にオブラートはありませんでした。しかし、粒剤の他にカプセル剤があったため、問題なくこちらを使うことができる。

 あなたはカプセル剤の中のひとつを取り出し、中身をシアン化カリウムと入れ替えて元に戻した。カプセル剤を取り出すのには、裏のアルミ箔にカッターで薬が通る最小限の切れ目を入れてピンセットなどを使ってやったのではないですか。切れ目くらいでは薬は落ちないし、飲むときにわざわざ裏のアルミ箔を調べる人はいません。薬が出されてしまったらカッターの切れ目も消えてしまうのですから。

 問題は、いつ、その毒入り薬を飲ませるかです。いかにも犯人が保さんを毒殺したという形に見せるため、他にも工作を行う必要がある。保さんが刺された夜、医師が保さんが入る病室の号を口にしていました。当然友美ちゃん、あなたも聞いていた。その病室にふさわしい、ニセの証拠をでっちあげる時間がいる。かといって、あまり遅くすることもよくない。毒入りカプセル薬という証拠があまり長く存在し続けることは気持ちが悪いですからね。あなたは保さんを殺すまでの期間を一日と定めた。その日は土曜日だったので日曜日の昼です。それまでに保さん殺害の計画立案、工作の実行を行わなければならない」

「ちょっと待って」


 友美が初めて理真の語りを止めた。


安堂(あんどう)さん、一日後に毒入りの薬を飲ませるって、そんなことが出来るの。他のカプセルに毒物は入っていなかったんですよね。そんなピンポイントにそのとき飲む薬を指定することが」

「初めて反論してくれましたね。出来ます。保さんの薬の飲み方を知っていれば。友美ちゃん、あなたは藍子ちゃんから薬の飲み方についての、ある方法を聞かされていましたね。そして、それの発案者が保さんであることも」

「……安堂さんも、聞いたの?」

「はい、あの日、ファミレスで。ちょうど友美ちゃんがトイレに立って席を外していたときです。一応解説します。保さんは一回一錠服用する薬を飲む場合、一ダースワンセットの薬を縦一列から消費していく飲み方をしていた。保さんの死後、接収された薬の中に一回一錠、食後に飲むカプセル薬がありました。その薬は一ダースの縦一列のうち五個が消費された状態でした。この薬が保さんの入院直後、どんな状態で消費されていたかは分かりませんが、一個だけ消費されていたか、もしくは一個も消費されていない状態だったと考えられます。一個だけ消費されていた場合、話は簡単です。保さんは、ここを起点にして縦に薬を使っていくに違いない。自ずと、どの薬がいつ飲まれるか分かります。

 搬送され入院した翌朝はまだ麻酔が効いて眠っていたため、朝食をとるはずがない。薬は飲まれないでしょう。薬の服用を再開するのは、その日、土曜日の昼食からです。二つ目の薬が使われるはずです。そこから数えていきます。三つ目、土曜夕食、四つ目、日曜朝食、そして五つ目、日曜昼食、この五つ目の薬の中身を、毒と入れ替えればいいわけです。もし、この薬一ダースがひとつも消費されていない状態だった場合、角のひとつを出して捨ててしまえばいい。保さんはそこから使い始めるでしょうからね」

「そうなの。知っていたの……だったら、もっと別の方法を考えたかもしれないのに」


 友美は悔しそうに呟いた。犯行を認めるような発言をしてしまっている。


「続けます。あなたは荷物を運び入れに保さんの病室を訪れ、入り口の前には常に警官が見張りに付いていることを知ります。犯人がこの部屋に入り込むには窓からしかない。前もって知っていた最上階の病室という情報と合わせて、ニセの証拠作りの計画を練ります。

 ここからの友美ちゃん、あなたの計画立案と行動の早さには正直脱帽します。あなたは保さん殺害のシナリオを一気に頭の中で書き上げた。家族で一緒に来ている以上、病院にはあまり長くいられない。

 まず、買い出しの中にペットボトルのウーロン茶を加え、これをニセの毒物混入経路とした。ウーロン茶を選んだのは、シアン化カリウムの苦みを消せるため。被害者が嚥下してもおかしくない飲料ということでですね。その中身を三分の二程度捨て、持ってきていたシアン化カリウムを百ミリグラムだけ混ぜました。それを誰にも気付かれないよう、そっと冷蔵庫に入れます。このペットボトルには指紋を拭き取った跡がありました。友美ちゃん、あなた自身の指紋を拭き取ったんですね。このペットボトルは犯行のトリックに使用するため保さんが触る機会はなかった。保さんが飲んだはずのペットボトルに保さんの指紋が付いていないという状況を誤魔化す意味もありましたね。これは犯行を終えた犯人が最後に拭き取ったものだということに出来る。

 同時にあなたは、売店へ買い物に行く途中にでも、定規で走り書きして書いたメモをサイドテーブルの引き出しの奥に入れておきます。あなたの考案した屋上から病室へ侵入する経路では、窓に施錠がされておらず、保さんが眠っているという二つの条件をクリアする必要がある。それを可能にするためのメモです。あたかも保さん自身が犯人の侵入に協力したと思わせるためのニセの証拠。

 次にトイレに行く振りなどをして屋上へ上がります。病院では毎日大量のシーツを洗濯します。屋上で干されたシーツがあることは確信を持っていたのでしょう。もしなければ、その辺の洗濯籠から拝借すればいい。あなたはシーツ三枚の対角線同士を結びます。屋上から最上階の窓までの距離は大体の目安で測ったのでしょうか。この目測は的確でしたね。シーツの一端を屋上の手すりに一度結びつけることも忘れません。手すりの塗料が付着し、このニセの証拠品に信憑性を持たせます。そのシーツを手すりから解き、屋上の隅にあった段ボールの中へ隠します。段ボールがなくても、隅に丸めて置いておけばよかった。目立たないところに置いたので、翌日の昼まで誰かに発見される心配はないと考えていたのでしょう。しかし、あまりうまく隠してもいけない。保さんの死亡が確認されたあと、警察の捜査で早く発見してほしいからです。

 これで病院での工作は完了です。犯人の侵入経路、毒の混入経路をでっち上げました。ウーロン茶とそこに入れたシアン化カリウムの量はうまく考えましたね。三分の一の残った量に百ミリグラムの毒が混入されていたことから、保さんが三分の二、つまり致死量の下限二百ミリグラム飲んだところで死ぬという筋書きを作ると共に、もし誰かが冷蔵庫の中にあるそのウーロン茶に気付いても、中身が減ったそれは、誰かが飲みかけのものだろうと考え手を付けないことは明白だからです。しかし、万が一、誰かがそれを飲んだとしても、混入されている毒は致死量以下ですから死なずに済むというわけです。ターゲット以外は殺さない。まあ、もしも誰かがシアン化カリウム入りのウーロン茶を飲んで体調の異変を訴え、体内からシアン化カリウムが検出されでもしたら、その後の全ての計画が狂ってしまいます。恐らく保さんの病室にある、口に入れる可能性のあるもの全ての検査が行われたことでしょう。毒入りのカプセル薬も発見されてしまいます。そうなったら、また別の計画を練ればいい」

「……とっさに考えた計画にしては、なかなかだと思ってるけど」


 友美は不機嫌そうに言う。もう完全に自分が犯人だと認めるようなことを口にしている。


「そうですね。特に、あのメモは妙手でしたね。保さんが自分から犯人を招き入れたのかもしれない。つまり、犯人と保さんは顔見知りなのかもしれない。これは、大いに捜査陣と私を混乱させましたよ。さて、とにかく、これで準備は全て整いました。

 翌、日曜日、あなたは一緒に買い物に行く友達を拾うため車で関屋(せきや)へ向かう途中、万代(ばんだい)シティに立ち寄ります。伊勢丹前の電話ボックス、時間は午前十一時。指紋を残さないよう手袋をして、テレホンカードか硬貨を使ったのか分かりませんが、横手(よこて)病院にダイヤルします。声を変えるためヘリウムガスを吸ってから。電話に出た病院の事務員は、変声機を通したか、ヘリウムガスを吸ったような声と証言しましたが、あなたはヘリウムガスを使ったはずです。これは次に起こる誘拐事件で明らかになります。ともかく、万代シティで無差別殺人を行うかのような内容の電話を掛け、あなたの仕事はこれで終わり。予定通り関屋で友達を拾って長岡(ながおか)に向かいます。

 そんな電話をもらって、警察はもちろん放っておくわけにはいきません。万代シティに警官隊を動員します。一方横手病院、時間は午後十二時半。昼食を食べ終えた保さんは、いつもの通り食後の薬を服用します。決まった順番で薬を消費していった保さんがこのとき飲むのは、あなたが中身を入れ替えたカプセル薬です。シアン化カリウム特有の苦みも、カプセル薬で飲んでは全く気が付くはずはありません。食事を終えて薬を飲んだ保さんは、リクライニングさせていた背もたれにゆっくりと体を預け昼寝をしようとしていたのでしょうか。窓は開いたままです。そして、胃の中でカプセルは溶け、胃酸と結合したシアン化カリウムは有毒なシアン化水素を発生させ保さんは死に至ります。またしても遠隔殺人は成功。保さんの死亡時刻には、あなたは遠く離れた長岡でショッピング。ここでも鉄壁のアリバイを手にします。

 あとは、あなたが仕込んでいた数々のニセの手掛かり。メモ、屋上のシーツと、毒入りウーロン茶を発見した警察や私が、あなたのシナリオ通りの推理をしてくれることを期待するだけです。万代シティで陽動電話を掛けた犯人が、警備が手薄になった隙を突いて保さんの協力で屋上から病室へ侵入、何かしらの話し合いがこじれ、犯人は保さんが飲んでいたウーロン茶のペットボトルの中にシアン化カリウムを混入。それを飲んだ保さんが毒殺され、犯人はペットボトルの指紋を拭き取り冷蔵庫に戻し、病室を去る。というシナリオを」

「でも……それはうまくいかなかったのね」

「はい。保さんと犯人との繋がりがどうしても見えてこない。犯人がメモを持ち去らなかったのはなぜだろう。わざわざウーロン茶を冷蔵庫に戻したのはどうしてだろう。様々な疑問がありましたが、一番の問題は最後になって発覚しました。友美ちゃん、あなたはここで決定的なミスを犯してしまいました」

「……?」


 友美は怪訝な表情になって理真を見る。理真は、その視線に答えて、


「保さんは、ウーロン茶を飲まないんです」

「えっ……?」

「被害者が口にしないはずのものに毒物が混入されていたんです。保さんにウーロン茶を飲む習慣がない。私たちがこの情報を知ったのは最後の最後になってですが、それまでは正直、あなたのシナリオ通りの犯行が行われたのではないか。つまり、鉄壁のアリバイを持つ友美ちゃんが犯人ではないという可能性もあり得ると考えていました。考えていました……」


 今度は理真が目を逸らした。しかし、すぐにその目は友美を見据え直し、続ける。


「あるいは、友美ちゃんと藍子ちゃんの共犯なのではないかとも。日曜日の午前十一時に万代シティから病院へ電話を掛ける作業は藍子ちゃんにも可能でしたから。ですが、それも否定されます。藍子ちゃんは保さんがウーロン茶を飲まないことを知っています。二人が共犯であれば、この計画は使えない。毒を入れるニセの経路はウーロン茶以外を使うべきだと藍子ちゃんが言うはずだからです。

 ついでに言うと、藍子ちゃんの単独犯説も否定されます。第一の殺人では、藍子ちゃんが殺人装置を作ることも、食事中に久慈村さんの携帯電話を盗むことも不可能ではありません。保さん刺傷現場にも自転車で行ける距離です。しかし、この次に起こる誘拐事件では車の運転が不可欠のため、高校生で免許のない藍子ちゃんひとりでは実行不可能だからです。先ほど言ったのと同じように、保さん殺害のニセの手掛かりにウーロン茶を使うはずがないですし」

「そう……それを知っていたら。また別の飲み物を用意したのに……藍子ちゃん、保さんのこと全然話してくれないんだもの……続けて、次は誘拐事件でしょ」

「では」


 友美に促されて理真は口を開く。

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